聖女候補の転生令嬢(18)は子持ちの未亡人になりました

富士山のぼり

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聖女の目覚め

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 望まぬユリアの変化によって私の生活も一変した。
領主としての仕事以外、私はユリアの寝室で一緒に時間をつぶす事が多い。
もっぱら反応のないユリアに対して今日起こった出来事を話す毎日になった。

 無論、このままでいい訳はない。かと言って手段がない。
クラウス殿下が言っていた切っ掛けというものが何であるのか。
それを考えつつ私はユリアが目覚めるのをひたすら待ち続けていた。

 ピアノを弾く気にはなれなかった。
ハイエルフ達には申し訳ないと思うけどその気になれない。


(元々、ユリアが居なければピアノをこんなに弾く事はしなかった筈だもの……)


 仕事に没頭しているとつらい事も一時的に忘れる事が出来た。
アーサーは私の秘書官と家令であるハンスの補佐役として働いてもらっていた。
執事を兼ねているハンスに余裕が出来るのは非常にありがたい。
会社組織で無いので私のコネによる就職ではあるがその実力を疑う者は最早いない。
あのハッキリ物を言うカルラも認めていた。


「あの坊やは中々鋭い事を言うな」

「カルラ、坊やは止めてあげて。私と一つしか違わないんだから」

「リーチェもあたしから見ればお嬢ちゃんだよ」

 
 アーサーは私の気付かない視点から色々改善点の指摘をしてくれる。
この2カ月でアーサーはダルセンにとって無くてはならない人材になっていた。
そして蓄音石事業の製作元であるカルラの工房に私達は頻繁に行き来していた。

 今日も領都に帰ってきた私達の馬車は大通りを通っていた。
大通り沿いの屋敷につく前に教会の前も通る。
すると私はそこでユリアとの思い出の一つを思い出した。


(そうだ……今日はあの日だったわ)


 私は慌てて御者をに声をかけて馬車を止めさせた。


「リーチェ? 教会に何か用なのかい?」

「ええ。ちょっと思い出したことがあったから。
アーサー、先に屋敷に戻っていてくれる?」

「え? いや、私も行くよ」


 ここの教会は礼拝以外の時も大抵の時間は一般に開放されている。
たまたま今は時間的に中途半端な事もあって教会には人はいなかった。
でも、その方が思い出に浸れてありがたい。
私は奥に歩いていき古ぼけたピアノに手を置いた。

 ここでピアノを弾いた事が私の人生のもう一つの転換期だった。
一年前のこの日、私はこのピアノを弾いてユリアと共にアントン達の葬送を行ったのだ。
振り返るとあの日は私とユリア、ユリアとピアノを結び付けた重要な一日だった。


(またこのピアノを弾く気になる時は来るのかしら……)


 結局、それは私自身にもわからない事だった。
ピアノを弾く代わりに最前列の席に座って祈りを捧げる事にする。

 長椅子に座った私達の目の前にこの世界の神を象った大きな像があった。
この世界では二人の神が祭られている。
逞しい男性の神と慈愛に満ちた感じの若い女性の神の像だ。


(『創世の二神』……)


 前世の私は無宗教なので思い浮かべる神といっても特になかった。
神様のイメージといっても思い浮かぶのはせいぜいイエス・キリストくらいだ。
しかし頭の中身はともかく今のこの体は別だ。
染みついたこの世界の作法で創世の二神に対して祈りを捧げる。

 ユリア自身に目覚めを望む祈りとは違う。
これもユリアが倒れてから何百回もしてきた漠然とした神頼みと変わらないだろうが結局このくらいしか私に出来る事はない。
無力感を感じつつ助けて欲しいと心から祈る。


(この世界の神様……『創世の二神』様、心から祈ります)


(お願いします。どうかあの子を……ユリアを私の元に戻してください)


(あの子が元に戻るのなら私の全てを差し上げてもいいから……お願いです……)



 どれくらい時間がたったのかもわからない。 
延々と祈り続けて雑念が無くなったその時、私の中で私にだけが分かる何かの変化が起きた。


「!」


 体の中を電気が走り抜けたような衝撃を受ける。
今、私は何をしたのか。
その意味を悟って私は屋敷に急いで戻る事にした。

 祈りを解き、『創世の二神』に深々と頭を下げる。
そして横に居るアーサーをせかして教会を飛び出した。
ここに居たのは1時間も経っていないと思うけれど日は既に傾きかけている。
馬車に飛び乗った私は御者に至急屋敷に帰る様にお願いした。
短い距離だから駆けて行こうと思ったくらいだ。


「リーチェ、一体どうしたんだ?」

「アーサー……出来るかもしれない私」

「えっ?」


 詳しく説明するのももどかしい。
屋敷に着くなり馬車を降りて速足で屋敷に入る。


「奥様、お帰りなさいませ……」

「ただいま、ハンス」


 帰りの挨拶もそこそこに階段を上がりユリアの寝室へ向かう。
部屋に入ると丁度レーナとマーサがユリアの世話をしていた所だった。
マーサがユリアの顔を拭っている。


「ごめんなさい、変わってマーサ」

「は、はい」

「奥様? どうされたのですか?」


 いきなり部屋に来てそう言う私に戸惑いながらもマーサは場所を譲った。
そして私はマーサに代わってユリアの枕元に立つ。
レーナは私の様子が普段と違う事に気が付いた様だった。

 私はユリアの胸に手を置いて息を整える。
意識の中で体の奥底を探ると枯れていた筈の魔力の泉が満たされているのを感じた。
間違いない。
私の神聖魔力が蘇っていた。

 ユリアの体に置いた私の手からアンナよりも大きい光が溢れ出る。


「リーチェ、君は……」

「奥様……」


 私の後について来たアーサーの驚く声が聞こえた。
マーサが慌てて家人を呼びに行く音も聞こえるが私はユリアに神聖魔力を注ぐ事に手中する。

 ようやくわかった。
私が神聖魔力を使えなくなった訳。そして聖女の力を失っていた訳も。

 前世の記憶に目覚めた私が失ったもの。現代日本人の私の人格が失わせたもの。
それは、神聖魔力ではない。
もっと根源にあるもの。心から神を信じる力、


 つまり『神に対する信仰心』だ。

 
 前世の記憶が蘇って以来、私はこの世界の神よりも現代日本の知識や科学の方を重んじていた。
神が存在しない世界に生きていた無宗教の私。それが落とし穴だった。
今現在、私が存在しているこの世界は神のおわす異世界なのだ。
前世の考えに縛られた私にこの世界の神が奇跡の力をもたらす訳がない。


(聖女の力を封印していたのは神を信じない前世の私自身の記憶だったのだわ)


 今の私は地球人ではない。
この世界に生きる人間、リーチェ・フォン・ダルセンなのだから。
前世の世界でなくこの世界に私は生きているのだ。


(私が本当に聖女なら)


 ユリアの回復を神に祈りつつ私は神聖魔力をつぎ込み続ける。
再び魔力を失っても構わない。


(せめて一人くらい……私の娘くらい救って見せて!)


 そう思った瞬間、私の中の大きなな何かがユリアの中に移ってゆくの感じた。
本能的にその意味を察したけど私に後悔はない。ユリアが戻ってきてくれるのなら。
私の手元の輝きはいつしか消えていた。


「……ユリア?」

「……」

「ユリア!」

「……っ」

「!」


 思わず息を止めた私の目の前でユリアの可愛い瞼が動きだす。
ゆっくり、その小さな瞳がゆっくりと開いて私を見つめた


「……お義母様……」

「ああ……ユリアっ!」


 涙で潤む私の目にユリアの穏やかな笑顔が映る。
私は自分の可愛い天使を思い切り抱きしめた。
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