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光栄です

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 部屋に戻って来たお父様の横にはユリアが居た。
お父様は心なしか紅潮している。


(あら? 二人一緒に? もしかして……)





 そう思っていると、お父様が興奮した感じで口を開いた。


「凄いぞ、リーチェ! この子は天才か!?」

「お父様、ユリアのピアノを聴いて下さったのですね?」

「ああ! ……お前に教わっているので聴いて欲しいと云われてな。
 本当にお前が教えたのか?」

「そうですわ。喜んでもらえてよかったわね、ユリア」

「はい。侯爵様に聴いて頂けて嬉しいです」


 私はユリアに向けて微笑むとユリアも嬉しそうに返事を返す。
お父様と殿下を屋敷に招いた時私は真っ先にユリア、次にハンス達家人を紹介した。
殿下はともかくその時のお父様の反応は微妙だった事を思い出す。


『初めまして侯爵様。ユリアと申します』

『……』


 お父様はその時無言でユリアに頷くだけだった。
18の娘がアントンと愛人の子供を正式に引き取ったという事を疎ましく思っていたのかもしれない。
ユリアは夜の練習があるので夕食後は席を外してピアノ室に居た。
お父様のユリアに対する反応がずっと気になっていた私はまさにこの時にでもユリアのピアノを聴かせようと思っていたのだ。


『殿下、お父様、宜しければユリアのピアノをお聞きいただけませんか?』


 タイミングを見てさりげなく話題を振ろうとしていたのに殿下のとんでもない話で頭から抜けてしまっていた。
微かにでも聞こえていたかもしれないピアノの音にすら気が付かなかった。
殿下との会話に、思った以上に神経を使っていたのかもしれない。
しかし今の様子だとうまくお父様にユリアのピアノを聴かせることが出来たらしい。


(良かった。私が居なくても上手く云った様ね)


 後ろに控えているハンスとレーナが目が合った私に軽く頷いた。
二人がさりげなくお父様にユリアのピアノを聴く様に誘導してくれたらしい。
気が利く二人の存在は非常にありがたい。


「バルツァー卿、ユリア嬢の演奏はとても良かった様だね?」


 部屋に戻ってきてソファに腰掛けたお父様に殿下が問う。
ユリアは私の大きめのソファに一緒に座った。


「ええ。私はピアノという物には門外漢ですが、それでも衝撃を受けましたよ。
何というか、ユリアの演奏も美しい曲にも感動致しました」


(あら? この世界の曲でなく『私の前世の曲』も弾いたのかしら。
お父様はあまり音楽に詳しくないと思うから区別がつかないかもしれないけど)


 いずれにしろ、ユリアがお父様に認められるのはいい事だ。
この調子で二人には距離を詰めてもらいたい。
何といってもユリアは私の大事な義娘なのだから。


「ほう。ユリア嬢、良かったら後で私にも聞かせてくれるかな?」

「は、はいっ!」


 そう言って殿下は10歳の娘に王室スマイル攻撃を繰り出した。
云われたユリアを見ると顔が真っ赤だ。
恐らくこの世界にイケメンランキングがあったらベスト3には間違いなく入るに違いない殿下の笑顔はあどけないユリアにも有効らしかった。


(騙されちゃ駄目よ、ユリア。爽やかな見かけだけじゃない方よ)


 そう思ったものの無論私の内心での事なので伝わってはいない。
恋に年齢は関係ない。
どうやら間近でみる殿下の笑顔はユリアの心にしっかり刻まれた様だ。


(まあアイドルに憧れる女の子の様なものでしょうね)


 当たり前だがこの世界はとにかく娯楽が少ない。
テレビなんて物も無いから庶民は本物の王太子殿下の顔など見る事はない。
王都で何かの機会に王族が人前に出てきた時に遠目に見るしかできない訳だ。
そういう意味では辺境の田舎貴族の子女も似た様なものである。

 もちろん庶民向けに王室の人物絵も売られている。
私も見た事はあるが、王太子殿下に関しては全く盛られていないのを断言できる。
エゴン殿下の絵に関しては少し盛られていると感じるのは私の勝手な印象だ。
それはともかく。


「殿下、ピアノなら宜しければ今お聞かせ致しますわ」

「え?」

「また、ピアノ室に行って弾くか? 今度はお前も弾いてくれるのかな?」

「いえ、この場でお聞かせ致します」

 
 お父様の質問に私はそう返答した。
この部屋にピアノは無いだろう。云ってる意味が分からない。
そんな感じでお父様と殿下が私に注目する。

 
「お二人にお見せ……いえ、お聴かせしたい物があるのです」


 私はそう云うとレーナとハンスに合図した。
コの字状に座っている私達の誰もいない側、つまり殿下の真正面にあたる方向に小型で高めのテーブルをハンスが用意する。
そしてすかさずレーナがある物を持って来てその上にセットした。
カルラが完成させた蓄音石である。


「?」

「何だ、それは」


 不思議な顔をしている二人に私は説明を始める。


「これは、蓄音石という物です」

「ちくおんせき?」

「装飾された石の様だが、これがどうしたと云うのだ」

「それこそ聴いて頂ければわかりますわ。レーナ、お願い」


 私の指示に頷くとレーナは蓄音石に魔力を注ぎ始めた。
神聖魔法や身体強化魔法といった指向性が無い只の魔力ならば平民でも持っている。
魔石を使ったランプなどにしか使えない生活魔法という物だ。
今の私にはそれすらも無いけれど。

 レーナの魔力を注がれた蓄音石がピアノの音を奏で始める。
二人の顔が驚愕に固まるのを見た。 

  
「!!!」

「な、何だ……これは……」


 蓄音石は事前に記録しているピアノの曲を次々と流し続ける。
今私達がいるこの部屋は事前にささやかに防音処理をしている。
といっても、窓を2重硝子にしてドアの下などや幅木・廻り縁などの隙間をできる限り塞いでいるだけだが。

 隙間が無くなれば蓄音石の音の響きも変わって来る。
その効果があったから先程ユリアが別の部屋で弾いた音が聞こえにくくなったのかもしれない。

 10曲流れた所で蓄音石は止まった。
殿下もお父様も動かない。少し経ってから殿下が沈黙を破った。


「……リーチェ嬢、こんな物を一体何処から手に入れたんだい?」

「……信じられん。石が音楽を奏でるなどと。リーチェ、説明しなさい」

「はい。これは先に言った通り蓄音石と名付けた音楽を奏でる魔石です。
とある技術を応用して魔石に音を封じた物です。
我がダルセン領の技術者が開発した物ですわ」


 ハイエルフとかの存在はここでまだ話す必要は無いだろう。
今後の状況次第だけれど。


「魔石? あの、魔力を溜める魔石か?」

「はい、そうです」


 殿下は何時になく深刻な顔をしていた。
歓喜というより深刻だ。
その殿下の顔を見た時に私の心にほんの少しだけ不安な気持ちが沸き上がって来る。


「リーチェ嬢」

「はい、殿下」

「君もわかるだろうが、これは凄い物だよ? 計り知れない価値がある」

「過分なるご評価を戴き光栄です、殿下」


(大げさなおっしゃりようだけど、ありがたい評価だわ)

 そう思っている私に殿下が言葉を続ける。


「全然過分じゃない。どう造った物かは知らないが革命級の代物だ」

「ありがとうございます。
私はこの蓄音石をダルセンの重要な産業と位置付けて売りだす事を考えております」


 そう云うと二人はまた驚愕する。


「リーチェ、これは大量に生産できる物なのか?」

「ええ、いずれは。今はまだそんな一度に大量には無理ですが」

「そうか……しかし……」


 そう言って何か考え込むお父様の代わりに殿下が口を開いた。


「いや、このまま売り出すのは無理だ」

「え?」


 殿下のその一言に今度は私が驚いて固まる番だった。
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