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お茶会翌々日
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翌日、私は学園を休んでしまいました。
一日経てばある程度気持ちも持ち直すので精神的な事だけが原因ではありません。
体の事が原因です。
昨日はさほど気にならなかったですが何らかの飢餓感を感じる気がするのです。
気のせいか精神的に不安定で浮き沈みが激しくなってきた感じです。
そんな事もあったので何となく今日は王立学園を休んでしまいました。
普段成績をそれなりに維持していれば親からのお小言もありません。
リビングで紅茶を飲みながらぼーっとしているとカテジナがやってきて私に告げました。
「お嬢様、先ぶれが来ました。アルベルト様がお嬢様にお会い来られるそうです」
「……えっ?」
何で?
頭にいきなりその一言が浮かび上がりました。
特に親しい訳でもない私の所にアルベルト様が何の用事で来るのでしょうか。
そんな疑問はあるもののなぜか少し心が弾んでしまいました。
「やあ、いきなり来て済まない。体調はどうかな」
「アルベルト様……」
「今日学園に来なかったと聞いてね。私は昨日休んでしまったから入れ違いだね」
「わざわざご足労頂いて恐縮です。どの様な事でしょう……?」
「どうもこうも……今日登校したら会長からさり気なく云われたんだ。
君がお茶会の時の事を気にしていた様だから、と。気になってしまって」
「そ、そうですか。ご心配をおかけいたしました」
アルベルト様は会長が今日の朝礼で生徒達に風紀上の事として注意喚起してくれた事を報告してくれました。
風紀上の注意の中で憶測で個人を中傷する様な流言はしない様にと。
お茶会での私の事と具体的に言わなかったのは寧ろ噂を大きくしてしまうからです。
「私のおかしな振る舞いでアルベルト様初め皆様に余計な気を使わせてしまい申し訳ありません」
「いや、実際大した事ではないからね。
もしそれが休んだ理由なら気にしないで欲しい。」
「はい……明日は普通に登校します。少し体調を崩しただけですので」
「そうか、良かった」
その後、アルベルト様と私は当たり障りのない話を始めました。
お茶会の楽しかった会話の続きの様で気分も立ち直ってきます。
ぐずぐず考えている事が非常に小さく感じてきました。
我ながら現金なものです。
「……ところで実は私がここに来たのは別の用事もあったんだ」
「別の用事、ですか?」
「うん。個人的に聞きたい事があってね」
「何でしょうか」
「お茶会の時、私の指を咥えた事について聞きたい」
「……」
ときめいていた私の心は一瞬に冷めました。
気にするな、と言っておいて何でまた話題に出すのでしょうか。
心なしか身構えた気持ちになって言葉を待ちます。
「良ければ、君があの時どういう気持ちだったのか教えてくれないか?」
「それは……」
「あの時君は私の傷を心配してくれたんだよね?」
「……そうです」
「突然変な事を言って済まないが、血が欲しかった訳ではないよね」
「違います!」
思わず大声を出してしまいました。
アルベルト様が驚いた顔で私を見ています。
「あ、あの、そんな事、ある訳ないじゃありませんか。吸血鬼でもあるまいし。
それは私の行動はいきなりだったですけれど……」
「そうだね。すまない」
我に返った私は慌てて取り繕うのに必死でした。
同時に余計な事まで言って後悔しました。自分から言ってしまったから。
「もしかして、なんだけど……君のご先祖の話で何か特殊な事を聞いた事は無いかな」
「特殊な事とは……」
「うん。例えば先祖がそういう血を引いているとか」
「そ、そんな事は」
「もしそうなら隠さないでいい。教えてくれないかな?」
冗談じゃありません。
アルベルト様のご一族は元々私の先祖を狩っていた一族の末裔の筈です。
ですが今は同じ王国の貴族同士。
まさかこの現代で同じ事が繰り返される事も無いでしょうが認める訳にはいきません。
「そんな事、聞いた事もありません。
確かに私が貴方にしたのはいきなりだし大変はしたない事でしたが、それだけの事で……」
「違うのかい?」
「勿論です」
「そうか……違うのか。」
そう言うとアルベルト様は少し俯いて向こう側の手で何かをしました。
私の側からは分かりません。
「本当に?」
「はい」
私が云い切った次の瞬間、アルベルト様の指が眼の前にありました。
先日私が舐めてしまった指です。先日と同じくうっすらと血がにじんでいました。
どうやら先程の行為はせっかく治りかけていた指の傷を再び傷つけて血を出す為だった様です。
「!」
一瞬頭が真っ白になります。
何でこの方の血は今までにないくらい私の気持ちを揺さぶるのでしょう。
しかし、私は耐えました。先日の失態を繰り返すわけにはいきません。
何より今回は私の秘密を正確に言い当てられてからの事ですから。
アルベルト様は私の表情をじっと見つめていました。私の変化を確認する為でしょう。
意地でも口にしてしまう訳にはいきません。平静を装います。
「……こちらの方が良かったのかな。言い伝えでの吸血族といえばこちらだから」
「!!」
何とか耐えたつもりでしたがどうやら顔に出ていたみたいです。
後で思い返すと「待て」されている犬の様だったのかもしれません。
アルベルト様が指を見せた次にした事は首筋を私に晒す事でした。
襟元を下に引き下ろして男性のものにしては白く美しい首筋とうなじを私の眼前に見せつけます。
血は出ていないけど白い肌にうっすら青く走る血管。
何という……何という、蠱惑的な光景でしょうか。
もう何も考えられません……。
「ほら、どうぞ」
(あ、もうダメ……)
あっさり私の自制心は崩壊しました。
脳と行動が完全に不一致になってふらふら手を伸ばしてしまいます。
「で、では、お言葉に甘えて……(あぁあああぁ! 何言ってるの、私!!)」
私はおずおずと、しかし、しっかりと自分の八重歯をアルベルト様の首筋に立てていました。
首筋に噛みつくのは私の人生初めての事です。
でも自分でも驚くほど自然な動作でした。本能のなせる業でしょうか。
実際行動してみると全く違和感を感じません。
牙とは言えない私の歯で血を吸うなら首筋をかみ切らなければならないのでは?
以前そんな事を思った事がありましたけど杞憂でした。
私の歯が首には大して食い込まない内にある種のエネルギーが体内に流れ込むのを感じます。
その美味しさと恍惚感と言ったら!
恥ずかしながらあえて言語化するとこんな感じです。
(あぁあん! しゅごいぃっ! 極上の味ぃいっ!)
でも、そんな状態もほんの少しの間でした。
体感はともかく実際は三秒も無かったかもしれません。
満足感で真っ白だった私の頭の中が急に冷めてしまったのです。
つい先ほどまであれほどおいしいと思った血の味が急激に生臭く感じたからです。
いくら私にとって極上の血だとしてもこれが許容量なのでしょう。
何代も人として世代交代を重ねて薄まった私の『特性』の許容限界値はかなり低い様です。
頭が冷静に戻ると満足感と後悔が同時に押し寄せてきました。
おずおずとアルベルト様の首から口を離したら小さく赤い点が二つ付いています。
恐らくこれくらいならすぐに消えてしまうでしょう。
「……もう終わりかい?」
「え、ええ、はい。そうです。大変……」
美味しゅうございました、と言いかけて慌てて止めます。
どう考えても口にすべき言葉ではないですから。
そして今、わかりました。
私の変調は先日この血を中途半端に飲んでしまった事から来る飢餓感だと。
「これが血を吸われるという事なのか。全然吸われた感じがしないな。
君の吸血は蚊と同じで痛みを麻痺させる効果でもあるのかもね」
「蚊……?」
忌むべき恐ろしい私の所業をアルベルト様はあっさり一言で片づけました。
そして先日見せた涼しい顔で私を見据えました。
服装を正して私に向き直ります。
「さて、事ここに至って今更隠し事も無いだろう? 説明してくれるね?」
「それは……」
最早言い訳はできません。
(お父様、お母様、ごめんなさい)
私は少し逡巡して決心しました。
お家存続にかかわるかもしれない秘密を離す事を。
ノイマン家の祖先と自分の体質を。
他者の血を舐めた後での身体的変化の事。
私が血を欲する頻度はひと月に一度くらいで、一滴舐める程度で満足する事。
そして、何故かアルベルト様に関してだけは自制が初めて効かなくなった事を。
アルベルト様はじっと私を見つめて黙って聞いています。
そして、私が語り終えるとどこか満足した様に言いました。
「なるほど……やはりそうか。そういう事だったのか。
君に惹かれる理由が又一つ分かった」
「えっ!?」
「これが本能から来るものか愛情なのかそれとも両方なのかまぁどうでもいいが……」
「え? え? え?」
「今日ここへ伺ったのは君のお見舞いと提案、というかお願いがあったんだ
聞いてもらえると嬉しい」
その後のアルベルト様のお話した内容に私は驚きました。
一日経てばある程度気持ちも持ち直すので精神的な事だけが原因ではありません。
体の事が原因です。
昨日はさほど気にならなかったですが何らかの飢餓感を感じる気がするのです。
気のせいか精神的に不安定で浮き沈みが激しくなってきた感じです。
そんな事もあったので何となく今日は王立学園を休んでしまいました。
普段成績をそれなりに維持していれば親からのお小言もありません。
リビングで紅茶を飲みながらぼーっとしているとカテジナがやってきて私に告げました。
「お嬢様、先ぶれが来ました。アルベルト様がお嬢様にお会い来られるそうです」
「……えっ?」
何で?
頭にいきなりその一言が浮かび上がりました。
特に親しい訳でもない私の所にアルベルト様が何の用事で来るのでしょうか。
そんな疑問はあるもののなぜか少し心が弾んでしまいました。
「やあ、いきなり来て済まない。体調はどうかな」
「アルベルト様……」
「今日学園に来なかったと聞いてね。私は昨日休んでしまったから入れ違いだね」
「わざわざご足労頂いて恐縮です。どの様な事でしょう……?」
「どうもこうも……今日登校したら会長からさり気なく云われたんだ。
君がお茶会の時の事を気にしていた様だから、と。気になってしまって」
「そ、そうですか。ご心配をおかけいたしました」
アルベルト様は会長が今日の朝礼で生徒達に風紀上の事として注意喚起してくれた事を報告してくれました。
風紀上の注意の中で憶測で個人を中傷する様な流言はしない様にと。
お茶会での私の事と具体的に言わなかったのは寧ろ噂を大きくしてしまうからです。
「私のおかしな振る舞いでアルベルト様初め皆様に余計な気を使わせてしまい申し訳ありません」
「いや、実際大した事ではないからね。
もしそれが休んだ理由なら気にしないで欲しい。」
「はい……明日は普通に登校します。少し体調を崩しただけですので」
「そうか、良かった」
その後、アルベルト様と私は当たり障りのない話を始めました。
お茶会の楽しかった会話の続きの様で気分も立ち直ってきます。
ぐずぐず考えている事が非常に小さく感じてきました。
我ながら現金なものです。
「……ところで実は私がここに来たのは別の用事もあったんだ」
「別の用事、ですか?」
「うん。個人的に聞きたい事があってね」
「何でしょうか」
「お茶会の時、私の指を咥えた事について聞きたい」
「……」
ときめいていた私の心は一瞬に冷めました。
気にするな、と言っておいて何でまた話題に出すのでしょうか。
心なしか身構えた気持ちになって言葉を待ちます。
「良ければ、君があの時どういう気持ちだったのか教えてくれないか?」
「それは……」
「あの時君は私の傷を心配してくれたんだよね?」
「……そうです」
「突然変な事を言って済まないが、血が欲しかった訳ではないよね」
「違います!」
思わず大声を出してしまいました。
アルベルト様が驚いた顔で私を見ています。
「あ、あの、そんな事、ある訳ないじゃありませんか。吸血鬼でもあるまいし。
それは私の行動はいきなりだったですけれど……」
「そうだね。すまない」
我に返った私は慌てて取り繕うのに必死でした。
同時に余計な事まで言って後悔しました。自分から言ってしまったから。
「もしかして、なんだけど……君のご先祖の話で何か特殊な事を聞いた事は無いかな」
「特殊な事とは……」
「うん。例えば先祖がそういう血を引いているとか」
「そ、そんな事は」
「もしそうなら隠さないでいい。教えてくれないかな?」
冗談じゃありません。
アルベルト様のご一族は元々私の先祖を狩っていた一族の末裔の筈です。
ですが今は同じ王国の貴族同士。
まさかこの現代で同じ事が繰り返される事も無いでしょうが認める訳にはいきません。
「そんな事、聞いた事もありません。
確かに私が貴方にしたのはいきなりだし大変はしたない事でしたが、それだけの事で……」
「違うのかい?」
「勿論です」
「そうか……違うのか。」
そう言うとアルベルト様は少し俯いて向こう側の手で何かをしました。
私の側からは分かりません。
「本当に?」
「はい」
私が云い切った次の瞬間、アルベルト様の指が眼の前にありました。
先日私が舐めてしまった指です。先日と同じくうっすらと血がにじんでいました。
どうやら先程の行為はせっかく治りかけていた指の傷を再び傷つけて血を出す為だった様です。
「!」
一瞬頭が真っ白になります。
何でこの方の血は今までにないくらい私の気持ちを揺さぶるのでしょう。
しかし、私は耐えました。先日の失態を繰り返すわけにはいきません。
何より今回は私の秘密を正確に言い当てられてからの事ですから。
アルベルト様は私の表情をじっと見つめていました。私の変化を確認する為でしょう。
意地でも口にしてしまう訳にはいきません。平静を装います。
「……こちらの方が良かったのかな。言い伝えでの吸血族といえばこちらだから」
「!!」
何とか耐えたつもりでしたがどうやら顔に出ていたみたいです。
後で思い返すと「待て」されている犬の様だったのかもしれません。
アルベルト様が指を見せた次にした事は首筋を私に晒す事でした。
襟元を下に引き下ろして男性のものにしては白く美しい首筋とうなじを私の眼前に見せつけます。
血は出ていないけど白い肌にうっすら青く走る血管。
何という……何という、蠱惑的な光景でしょうか。
もう何も考えられません……。
「ほら、どうぞ」
(あ、もうダメ……)
あっさり私の自制心は崩壊しました。
脳と行動が完全に不一致になってふらふら手を伸ばしてしまいます。
「で、では、お言葉に甘えて……(あぁあああぁ! 何言ってるの、私!!)」
私はおずおずと、しかし、しっかりと自分の八重歯をアルベルト様の首筋に立てていました。
首筋に噛みつくのは私の人生初めての事です。
でも自分でも驚くほど自然な動作でした。本能のなせる業でしょうか。
実際行動してみると全く違和感を感じません。
牙とは言えない私の歯で血を吸うなら首筋をかみ切らなければならないのでは?
以前そんな事を思った事がありましたけど杞憂でした。
私の歯が首には大して食い込まない内にある種のエネルギーが体内に流れ込むのを感じます。
その美味しさと恍惚感と言ったら!
恥ずかしながらあえて言語化するとこんな感じです。
(あぁあん! しゅごいぃっ! 極上の味ぃいっ!)
でも、そんな状態もほんの少しの間でした。
体感はともかく実際は三秒も無かったかもしれません。
満足感で真っ白だった私の頭の中が急に冷めてしまったのです。
つい先ほどまであれほどおいしいと思った血の味が急激に生臭く感じたからです。
いくら私にとって極上の血だとしてもこれが許容量なのでしょう。
何代も人として世代交代を重ねて薄まった私の『特性』の許容限界値はかなり低い様です。
頭が冷静に戻ると満足感と後悔が同時に押し寄せてきました。
おずおずとアルベルト様の首から口を離したら小さく赤い点が二つ付いています。
恐らくこれくらいならすぐに消えてしまうでしょう。
「……もう終わりかい?」
「え、ええ、はい。そうです。大変……」
美味しゅうございました、と言いかけて慌てて止めます。
どう考えても口にすべき言葉ではないですから。
そして今、わかりました。
私の変調は先日この血を中途半端に飲んでしまった事から来る飢餓感だと。
「これが血を吸われるという事なのか。全然吸われた感じがしないな。
君の吸血は蚊と同じで痛みを麻痺させる効果でもあるのかもね」
「蚊……?」
忌むべき恐ろしい私の所業をアルベルト様はあっさり一言で片づけました。
そして先日見せた涼しい顔で私を見据えました。
服装を正して私に向き直ります。
「さて、事ここに至って今更隠し事も無いだろう? 説明してくれるね?」
「それは……」
最早言い訳はできません。
(お父様、お母様、ごめんなさい)
私は少し逡巡して決心しました。
お家存続にかかわるかもしれない秘密を離す事を。
ノイマン家の祖先と自分の体質を。
他者の血を舐めた後での身体的変化の事。
私が血を欲する頻度はひと月に一度くらいで、一滴舐める程度で満足する事。
そして、何故かアルベルト様に関してだけは自制が初めて効かなくなった事を。
アルベルト様はじっと私を見つめて黙って聞いています。
そして、私が語り終えるとどこか満足した様に言いました。
「なるほど……やはりそうか。そういう事だったのか。
君に惹かれる理由が又一つ分かった」
「えっ!?」
「これが本能から来るものか愛情なのかそれとも両方なのかまぁどうでもいいが……」
「え? え? え?」
「今日ここへ伺ったのは君のお見舞いと提案、というかお願いがあったんだ
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