第三側妃の私の仕事は拗らせた王太子の世話をする事です

富士山のぼり

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微妙な変化

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 『どういう顔で会えばいいのか』

 模擬戦の後でそんな事を思っていた私だけれど、その心配はいい意味で杞憂に終わった。
その理由はお互いに若干、気持ちのの微妙な変化があったからだと思う。
私の「割り当て時間」は修練場での事から3日後の今日の夕食後であった。
若干息を整えてからエルヴィンの執務室(勉強部屋)に赴いた私に彼はいきなり謝罪をしてきた。


「アニエス。大勢の前で君に恥をかかせてしまった。申し訳ない」


 私に対するエルヴィンの口調が若干改まっていた。
そんな風に気を使っているという事はそれほど気になっていたという事なのだろう。
でも、あの件に関してはそもそも私が模擬戦の事を言い出さなければ無かった事だ。
だから私も素直に謝罪を受け入れた。


「気にしないで、エルヴィン。私自身も考えが足りなかったのよ。」

「……すまなかった」

「だからいいの。あれはわざとじゃないし貴方自身にも余計な恥をかかせたようなものだから。あの件に関してはもうこれで終わり」


 王宮の外に変な噂が伝わる事も無いだろうが、口止めした騎士達の間だけでは密かに笑い話として残るだろう。


(お互いにとって碌でもない結果になったわね)


 そう思っていたけど、いい面もあった。
今日の時間は今までの中では結果的に一番穏やかに過ぎたからだ。

 私自身の気持ちも若干変化していた。
2年前に嫌な経験をしてしまったエルヴィンへの同情の気持ちが生まれたからだ。

 いとこの死を経てから内面が変化したと知って今までを思い返すと改めて分かる。
彼は身内の女性にはきつくない。というか、ロッテに関してなどはむしろ甘い。
陛下の言った通り血の繋がった家族に関しては警戒心が自然に解けるのだろう。

 勿論、身内同士の葛藤がある王族も存在するだろうがこの国の王室にはそういったものが無い。
ヒルダ様とノーラ様が作り上げてきたこの王宮独自のいい関係があると思う。

 彼が私に対してきつかったのはやはり私が「外部から来た」女性だからだ。
でも、今日感じたエルヴィンの態度からはそういう事に対する警戒感がなぜか薄れてきた様に感じる。
私に対する罪悪感だからか気持ちが若干軟化したのではないかと思う。
どんなことがきっかけでもいい。
関係が改善するなら恥をかいたかいがあったというものだ。


(私の事を王家の一員として自然に受け入れてくれる様になるならそれはいい変化だけど……)

 外部の女性に対しても不要な忌避感を持たなくなる事が大事なのだ。
王太子に近づく女性が居るとしたら学園とか王城の中とか限られた環境が多い。
つまり状況的に身分が知れている者達が多いので自然に人物調査は済んでいる様なものだ。
無制限に警戒を解くのは論外だけど必要以上に警戒するのは考え物だ。
友人関係すらあまり広がらなくなる。


(エルヴィンの婚約者候補に挙がっている令嬢とかについて今度ヒルダ様とノーラ様に聞いてみよう。お二人共、とても情報通だから)


 そんな考え事をしていると今日取り組んでいる課題についてエルヴィンが質問をしてきた。素直に私に質問してくれる事が嬉しい。
今日の私の「割り当て時間」はあっと云う間に過ぎた。
そして、終わった後も少しの間エルヴィンと雑談をする。いい変化だ。


「アニエスに教えられたよ」

「何を?」

「私は剣は同年代ではまず引けを取る事はないと思っていた。
でも君と模擬戦をして私はまだまだだと思った」

「そうなの?」

「うん。毎日決まった時間を強制的に割り当てられているし最高の騎士達に教えられているんだ。女性よりは強くないと」

「うーん、変に女性に張り合うみたいな気持ちは持たないでいいと思うけど……」


 確かに王族は国民の指導者で理想とする存在であるというイメージを求められる。
男性として、王子として弱すぎては駄目だろう。
でも、女性だろうが男性だろうが何かと張り合う気持ちばかり強いのも人として駄目な様な気がする。
堅実に努力してその結果優れている、という事が重要なのだと思う。
優秀な臣下も居るし、国民が未来の国王に求めているのは何でもかんでも一番という事じゃない。
私の勝手な考えだけど。


「そうかな」

「そうよ。それに、同年代では十分あなたは強いと思ったわ。正直私もあなたを侮っていたの。細身だし、体格は今の時点で私とさほど変わらないしね」

「そうか……じゃあ、それを近々証明したいな」

「?」

「来月に剣技会があるからね」

「ああ、そういえば。もうそんな時期なのね」


 王立学園の行事は剣技会・音楽会・学園祭など、その他にも様々ある。
色々と差配していた元生徒会長としていつ何の行事があるのかはよく知っている。


(そう云えば優勝者には陛下から褒賞を賜るのよね)


 たった一年前の事なのに、私は懐かしいという気分になった。 
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