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気に留めておきます
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「おお……」
「お久しぶりです、お父様」
「御多忙の所ご足労戴きまして恐縮です、妃殿下。御無沙汰しておりました」
王都の伯爵邸に到着した私を迎えた者は父とシーズンオフの間だけ屋敷を維持管理する少数の使用人だった。
お母様はいないという事はお父様だけで王都に来たらしい。
とにかく私はついて来たお供に席を外してもらってお父様と書斎で二人になった。
「お変わり無い様で安堵しております」
「お父様、二人きりなんだからそういう言い方はやめてください」
「……そうか? わかった」
そう云って笑顔になったお父様と私は抱き着って再会を喜び合った。
そして父と私は接客用のソファーに向かい合って座る。
呼ばれた使用人はお茶を入れると素早く再び室外に席を外した。
「早速なんだが、スヴェンの件だ」
「はい……伯爵領の実家に顔を出したとか」
「うむ。何の前触れもなくいきなり来た。以前それなりの縁があったから無碍に追い返す訳にもいかなくてな」
そう前置きして父は語り出した。
それは私達の立場からしたら呆れて絶句する様な話だった。
スヴェンは私と別れた後「真に愛する人」と結婚して海外に移り住んだ。
その相手とは国外のとある貴族の娘だった。そこの貴族に婿入りしたのだ。
そしてその貴族はやり手と謳われるそれなりに評判の商売人でもあったらしい。
結婚生活は幸せに過ぎていた。
しかし、しばらくしてスヴェンが妙な事に気付いた。
実家の公爵家から結婚相手の有する商会に自分名義で手配された使途不明金が流れていた事が判明したのだ。
調べた結果、自分の筆跡を真似て偽造した融資申請書類などが見つかった。
次男とはいえスヴェンは財政豊かなこの国の公爵家の子息である。
そして息子に甘い公爵は実家の金をある程度融通を効かせる事を許可していた。
私との婚約を破棄した際に違約金を私の実家にすぐに出させる程度には……。
家を出た今、最早そういう事は終わらせるべきだったが無論スヴェンの方からそんな事は言いだしていない。
何時か融通利かせて貰う時も来るかもしれないという甘い気持ちだろう。
実際、ちょくちょくと使い勝手のいい金を実家から融通してもらっていた様だ。
要するにスヴェンはその商会に金づるとして利用されたらしかった。
公爵家は勿論、その結婚相手の実家を訴えた。しかし騙したという証拠がない。
本来証拠となる筈の書類自体が偽造と証明する事が出来なかったのだ。
スヴェンは次男だから財産は継げなくとも公爵家出身の証である徽章を持っていた。
我が国の徽章は書類証明の手段としての印としても使う事が出来る。
今回それが書類に捺印されていた。公的に書類は正式な物だ。
いま思えば初めから結婚そのものが資金繰りの目的だったらしいとスヴェンは父に言ったそうだ。
貴族とはいえ文字通りの貴族商売。
手を広げすぎでもして実は資金繰りで苦しくなっていたのかもしれない。
身から離していたスヴェンの徽章印は書類偽造の捺印の時だけこっそり使われて戻されたので気が付かなかったらしい。
愚かな息子を通じて家が傾くほどでは無いものの公爵家は都合よく利用された。
その結果少なからず損失を抱えた。
可愛い次男坊ではあるが今回の出来事を受けて流石に公爵は腹に据えかねた。
結婚相手の実家を追い出されたスヴェンを自らも勘当して縁を切ったのだ。
行く当てのないスヴェンは結婚するまで一番縁の深かった元婚約者家に泣きついて来たという訳だった。
「何と言うか……本当に何と言っていいか、驚きましたわ。
スヴェンがそんな事になっていたなんて」
「ああ、今となっては寧ろあの婚約破棄は我が家にとって良かったかもしれん……。
いや、お前の前で云う事では無いが」
「……いえ、その通りですわ。お父様」
お人よしな感じのスヴェンの顔が脳裏に浮かぶ。
甘やかされた次男坊という気質はあったけれど一人前の大人なのだ。
冷たい言い方になってしまうけど自業自得と云えるのかもしれない。
騙した結婚相手の実家が悪いのは当然だ。
でも、女性に傾倒しすぎて全く気付く事なく頭から信用してしまっていたスヴェンも悪い。
大事な徽章の保管が甘かった事も。
そして恐らく息子を信じておざなりな表面上だけの結婚前調査で済ませた公爵家も。
(人の運命って、一歩先はつくづくわからないものね)
私は婚約破棄の結果、名誉を棄損された。
しかし国王陛下のおかげで側妃となってなぜか今は敬われる立場である。
そして伯爵家には多額の違約金が振り込まれた。
別にありがたくないお金だけれども。
ホッとしたというより人生と巡り合わせの怖さと皮肉さを感じてしまう。
「とにかく、そういう事があったとお前に伝えておかねばならないと思ってな。
急いで王都にやって来たという訳だ。
今や側妃であるお前にスヴェンが気軽に会いに来るとも思えんが……」
「ありがとうございます、お父様。気に留めておきます」
私はそう言って父にお礼を言った。
「お久しぶりです、お父様」
「御多忙の所ご足労戴きまして恐縮です、妃殿下。御無沙汰しておりました」
王都の伯爵邸に到着した私を迎えた者は父とシーズンオフの間だけ屋敷を維持管理する少数の使用人だった。
お母様はいないという事はお父様だけで王都に来たらしい。
とにかく私はついて来たお供に席を外してもらってお父様と書斎で二人になった。
「お変わり無い様で安堵しております」
「お父様、二人きりなんだからそういう言い方はやめてください」
「……そうか? わかった」
そう云って笑顔になったお父様と私は抱き着って再会を喜び合った。
そして父と私は接客用のソファーに向かい合って座る。
呼ばれた使用人はお茶を入れると素早く再び室外に席を外した。
「早速なんだが、スヴェンの件だ」
「はい……伯爵領の実家に顔を出したとか」
「うむ。何の前触れもなくいきなり来た。以前それなりの縁があったから無碍に追い返す訳にもいかなくてな」
そう前置きして父は語り出した。
それは私達の立場からしたら呆れて絶句する様な話だった。
スヴェンは私と別れた後「真に愛する人」と結婚して海外に移り住んだ。
その相手とは国外のとある貴族の娘だった。そこの貴族に婿入りしたのだ。
そしてその貴族はやり手と謳われるそれなりに評判の商売人でもあったらしい。
結婚生活は幸せに過ぎていた。
しかし、しばらくしてスヴェンが妙な事に気付いた。
実家の公爵家から結婚相手の有する商会に自分名義で手配された使途不明金が流れていた事が判明したのだ。
調べた結果、自分の筆跡を真似て偽造した融資申請書類などが見つかった。
次男とはいえスヴェンは財政豊かなこの国の公爵家の子息である。
そして息子に甘い公爵は実家の金をある程度融通を効かせる事を許可していた。
私との婚約を破棄した際に違約金を私の実家にすぐに出させる程度には……。
家を出た今、最早そういう事は終わらせるべきだったが無論スヴェンの方からそんな事は言いだしていない。
何時か融通利かせて貰う時も来るかもしれないという甘い気持ちだろう。
実際、ちょくちょくと使い勝手のいい金を実家から融通してもらっていた様だ。
要するにスヴェンはその商会に金づるとして利用されたらしかった。
公爵家は勿論、その結婚相手の実家を訴えた。しかし騙したという証拠がない。
本来証拠となる筈の書類自体が偽造と証明する事が出来なかったのだ。
スヴェンは次男だから財産は継げなくとも公爵家出身の証である徽章を持っていた。
我が国の徽章は書類証明の手段としての印としても使う事が出来る。
今回それが書類に捺印されていた。公的に書類は正式な物だ。
いま思えば初めから結婚そのものが資金繰りの目的だったらしいとスヴェンは父に言ったそうだ。
貴族とはいえ文字通りの貴族商売。
手を広げすぎでもして実は資金繰りで苦しくなっていたのかもしれない。
身から離していたスヴェンの徽章印は書類偽造の捺印の時だけこっそり使われて戻されたので気が付かなかったらしい。
愚かな息子を通じて家が傾くほどでは無いものの公爵家は都合よく利用された。
その結果少なからず損失を抱えた。
可愛い次男坊ではあるが今回の出来事を受けて流石に公爵は腹に据えかねた。
結婚相手の実家を追い出されたスヴェンを自らも勘当して縁を切ったのだ。
行く当てのないスヴェンは結婚するまで一番縁の深かった元婚約者家に泣きついて来たという訳だった。
「何と言うか……本当に何と言っていいか、驚きましたわ。
スヴェンがそんな事になっていたなんて」
「ああ、今となっては寧ろあの婚約破棄は我が家にとって良かったかもしれん……。
いや、お前の前で云う事では無いが」
「……いえ、その通りですわ。お父様」
お人よしな感じのスヴェンの顔が脳裏に浮かぶ。
甘やかされた次男坊という気質はあったけれど一人前の大人なのだ。
冷たい言い方になってしまうけど自業自得と云えるのかもしれない。
騙した結婚相手の実家が悪いのは当然だ。
でも、女性に傾倒しすぎて全く気付く事なく頭から信用してしまっていたスヴェンも悪い。
大事な徽章の保管が甘かった事も。
そして恐らく息子を信じておざなりな表面上だけの結婚前調査で済ませた公爵家も。
(人の運命って、一歩先はつくづくわからないものね)
私は婚約破棄の結果、名誉を棄損された。
しかし国王陛下のおかげで側妃となってなぜか今は敬われる立場である。
そして伯爵家には多額の違約金が振り込まれた。
別にありがたくないお金だけれども。
ホッとしたというより人生と巡り合わせの怖さと皮肉さを感じてしまう。
「とにかく、そういう事があったとお前に伝えておかねばならないと思ってな。
急いで王都にやって来たという訳だ。
今や側妃であるお前にスヴェンが気軽に会いに来るとも思えんが……」
「ありがとうございます、お父様。気に留めておきます」
私はそう言って父にお礼を言った。
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