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頑張ってね

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「では私の開会の挨拶の後、妃殿下には剣技会開始の御挨拶をいただきます。
表彰式では……」


 私は王室来賓として剣技会会場の控室に居た。
そして今、現生徒会長が剣技会についての私の役割について説明をしている所だ。
前もって段取りは伝えられているから軽い感じの最終確認である。

 現生徒会長・コンラートは私の後輩だ。
穏やかな性格の眼鏡男子で元々生徒会役員だった彼は順当に次期生徒会長になった。
他の役員達も見知った者達が多いので、すました顔でここに居る私自身が何か恥ずかしい。
私が知らないのは半年前に入学した今年度の一年生だけだ。


「……では以上で。と云っても昨年まで貴方がしていた事ですから今更説明は必要無かったですね」

「そうかもしれないけど、言われる方になると途端に緊張するわ」

「いずれ慣れるでしょう、先輩なら」

「だといいけど……」


 一国民の立場と王族の立場だとやはり違う。
元会長として人前では散々喋り慣れている筈なのに緊張する。
生まれついた時から人目に慣れている陛下やエルヴィンくらいに慣れなくてもヒルダ様やノーラ様ぐらいにいずれはなりたい。
あの方達も私から見たら王族としてのオーラが凄いから。


「妃殿下には彼女を傍にお付けしますので何かあればお申し付け下さい。」


 口調を再び改めたコンラートが紹介する女子生徒に目を移す。
そこにいたのは目元がぱっちりとして多少くりくりした癖っ毛を持つ愛らしい少女だった。


「アニエス妃殿下、お初にお目にかかります。ラウラ・フォン・レッシュと申します。今日一日、お供させていただきますのでどうぞ宜しくお願いいたします」

「こちらこそ。宜しくお願いします、ラウラ様」


 その家名で思い出した。
お茶会で話が出たエルヴィンの有力な婚約者候補だという事を。
私と違って幼少時に早々に婚約者を確定していないのはつまり侯爵家のそういう事情からだろう。

 剣技会が始まるまでの間、ラウラと私は色々雑談を交わした。
話し方や所作から育ちのいい貴族令嬢という品の良さを普通に感じる。
一年生で生徒会に居るという事は入学前の参考試験で上位5人以内に入った証拠だから優秀な筈でもある。


(エルヴィンと良くお似合いかも)


 私はほわっとした外見のこの少女に悪い印象を全く抱かなかった。
しかし、そう思いつつ値踏みしている自分に少しうんざりした。


(いけない、いけない。まるで姑みたいな視点だったわ……)


 そう思って私は別の事を考える。
今日を迎えるまでのエルヴィンの様子をだ。







「アニエス、少しの期間だけ君の『受け持ち時間』を削らせて欲しい」

「えっ……どういう事?」


 突然そう云われて驚く私の反応に今度はエルヴィンが慌てた風に言葉を補足した。


「いや、別に君だけじゃないんだ。剣技会までの期間は練習に充てたいので、他の講師方にも『受け持ち時間』の融通をしてもらう事にしたんだ」

「ああ、そうなの。……それは構わないけど、どうしたの?」

「何が?」

「ずいぶん入れ込んでいるなと思って」


 剣技会は王立学園の加算的総合成績の一つの指標に過ぎない。
剣技授業で収めた成績順に強制的に参加させられるのではあるが、どちらかと云うと剣などの戦闘力で社会に出たいという下級貴族や平民などが目の色を変える行事だ。
いい成績である事に越した事は無いが、王太子であるエルヴィンにはそういう意味合いはない。


「ん……」

「誰にも言わないから教えて?」


 もしかして巷によくある好きな女子に格好つけたいとかそういう事だろうか?
でも女性を忌避して来たエルヴィンだからそんな単純な訳がない。
そんな事だったらそもそも私がエルヴィンに接して来た理由もなくなるし。
いずれにしても野次馬的興味が湧いたので聞きたくなった。


「嫌な奴が居て、そいつに勝ちたくなったんだ」

「……意外。貴方がそんなにハッキリ言うなんて。」

「おかしいかな?」

「ううん、好き嫌いあるのは当然だから。表に出すか出さないかは大事だけど」


 年相応の少年らしいところが見えた感じがして、かえって親しみが湧いた。
公に取り繕った所じゃなく素の部分が見れるのも同じ家族(?)の証拠の気がする。


「そういう事なら頑張ってね。公な立場として表立って露骨に贔屓する事は出来ないけれど、心の中で応援しているから」

「ああ。特等席で見ててくれ」






 私にとって本日の山場の一つが終わった。
剣技会開始の挨拶を終えた私は貴賓席に腰を掛けて一息ついた。

 先程まで整列していた出場者達が、初めに戦う二人だけを残して去っていく。
その中にいるエルヴィンを確認した。


(怪我しない様に、頑張って)


 私は心の中でそう呟いた。
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