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90話 マサシゲからのお願い
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ライネスト教は教会本部をフェオルディーノ聖王国へと戻し、ライネスト神と共に祀っている。
今までライネスト教会が一方的な言い分で敵対していたヒーリア神を共に祀るのは簡単にはいかないが、うがい手洗いの呼び掛けや予防対策の準備を始めてくれた。
ピアも教会を手伝ったり、いずれは治癒師のギルドを作ろうとアクティブに活動してくれている。
そして、問題が浮上したマサシゲ。
「顕現を解いていただけないでしょうか」
「? どうしたんですか?」
「ステータス記載はありませんが……『妖刀』という、曰く付きの代物でした」
改まった態度で、マサシゲは滔々と語る。
戦闘中は気にならないが、いざ何もしないでいると怪我をしている訳でもない人間から血の匂いが漂ってくる。それを嗅ぐと異常に喉が渇く――斬ってみたい、そう思うことが徐々に増えてきた。
最近は、マサシゲ自身の自我が塗り潰される時間もあるらしい。単身でダンジョンに潜っている時、知らない階層を歩いていることも。
そういう時は決まってユウの所に来ていた。
どうやらユウには緩衝材の役目もあるようで、それらがふっと消えたそうだ。
「いつか、意味もなく、人を斬り始める……――そんな気がしているのです」
「オープンな辻斬りですね」
「冗談ではなく、本当にやりますよ」
冗談めかして言う彼の表情だが、意志は堅いようだ……――。
「それならば、ユウ様に本体をお持ちいただけばよろしいでしょう」
そんな提案を暁がするまでは。
お貴族様の家宝が軽々しくパンピー神子へと投げて寄越された。
「頼むわ」
「切り替えはっや!」
◇◇◇
二年後……――アジュール。
「ご予約の方! 『聖王国建国記』ご予約の方はこちらにお並び下さい! ご協力お願いします!!」
店員の必死の呼び掛けが店の一角で飛び出す。ようやく活版印刷機が稼働し、初めての単行本が三巻分セットで発売となった本日、小さな書店には長蛇の列ができていた。最後尾の看板持ちの位置が着々と後ろ後ろへずれていく。
平和になったものである。
つい二年前はやれ戦争だ財政破綻しているだのと国の存亡すら懸かっていた弱小国が、国政が怒涛の勢いで様変わりし、食や文化が飛ぶ鳥を落とさん勢いで急速な発展を遂げた。
そんな光景を遠巻きに見ながら、ユウは長く伸びた黒髪をくるくるする。
「印税たんまりですねぇ……」
「それは良かったじゃねぇか」
「分かってるんですよ! でもですね、僕はエミリーさんを養う気満々で漫画を描いてもらっていたんですよ!」
漫画の本格的普及はもっと時間が掛かると思っていた。日本も昔、漫画は馬鹿が読むものという認識だったからだ。
だが、話が進んできた頃にようやく文字が読めるようになってきた人が面白いと一話分から新たに買い始めるというサイクルが始まり、漫画の発行一話目から買い込むヒュースが教員として稼いだお金を突っ込んでは孤児院に配布という名の布教をしており、教会の寺子屋普及も相まって子供達の間では早い段階から読まれていた。
記憶力に定着しやすいという点に着目したルーファスがエミリーへガンブルグの歴史の漫画化を依頼。そして、実験結果をマジで出してきた。お陰で、ガンブルグでは漫画家を増やそうと技術、エミリーを講師として依頼していたり、ユウにもご協力願われている。
そして、冒険者ギルドも着実に存在感を示している。
今までは人手が足りなければ村中総出でやっていた。それでも足りない所に、応援がやってくる。
各地の人手不足を完全に解消できる訳ではないが、それでも助けが必要な人の所に届くようになった。
それは冒険者自身も。
助けたいと思いながらも、あと一歩を踏み出せずに手をこまねいていた彼らが、『冒険者』という職に就いてから踏み越えられるようになった。
パーティー制度も一役買っている。仲間といるから『一人じゃない』と、手を伸ばせるようになってきたそうだ。
フェオルディーノというお国柄は元から、おおらかでお人好しな人が多い国なのだろう。
「ギルマス、テオ様が依頼受けに来ましたよ」
そう言いながら入ってきたのはレイナード。
騎士に復帰したダレットからの推薦状、ヒュースから正確な成績表と推薦状をもらった優秀なレイナードが冒険者志願者だったのには驚いたが、ならばと職員に引きずり込んだのである。
「政治の勉強やってる? ダメ親二世にならない??」
「ギルマスがエミリーさんのスキル使って陛下を城下町に放逐してた影響じゃないですかね?」とレイナード。
政務がギリ落ち着いてきた頃、ケツを蹴り上げて城下町の様子を見に行くように言ったのだ。馬鹿が椅子に座ってて何も分かる訳ないだろと、エミリーにスキルを使ってもらった。
最初、嫌がらせに顔の造形を不細工に変えたりしていたが、メイクが終われば後は城の秘密通路から城下町へお忍びを強行させた。
第二王子のセオドアは母のリナリーが救助されてから、長期間休みに入ると帰ってくるようになり、ヴィンセントの親戚に見えるよう、髪を赤色に変える魔法を使って変装。冒険者として国内を巡るようになったのだ。
よろしく頼むとナイジェルから一筆寄越された時はぶん殴りに行った。
彼曰く、各地の様子を見るなら冒険者ギルドが良いとか。
ヴィンセントは元々冒険者ギルド創業時から騎士の仕事と同時に冒険者業もこなしていたこともあり、彼が付き添うことになった。いつかヴィンセントが過労で死ぬのではないか? そんな不安が過る。
今までライネスト教会が一方的な言い分で敵対していたヒーリア神を共に祀るのは簡単にはいかないが、うがい手洗いの呼び掛けや予防対策の準備を始めてくれた。
ピアも教会を手伝ったり、いずれは治癒師のギルドを作ろうとアクティブに活動してくれている。
そして、問題が浮上したマサシゲ。
「顕現を解いていただけないでしょうか」
「? どうしたんですか?」
「ステータス記載はありませんが……『妖刀』という、曰く付きの代物でした」
改まった態度で、マサシゲは滔々と語る。
戦闘中は気にならないが、いざ何もしないでいると怪我をしている訳でもない人間から血の匂いが漂ってくる。それを嗅ぐと異常に喉が渇く――斬ってみたい、そう思うことが徐々に増えてきた。
最近は、マサシゲ自身の自我が塗り潰される時間もあるらしい。単身でダンジョンに潜っている時、知らない階層を歩いていることも。
そういう時は決まってユウの所に来ていた。
どうやらユウには緩衝材の役目もあるようで、それらがふっと消えたそうだ。
「いつか、意味もなく、人を斬り始める……――そんな気がしているのです」
「オープンな辻斬りですね」
「冗談ではなく、本当にやりますよ」
冗談めかして言う彼の表情だが、意志は堅いようだ……――。
「それならば、ユウ様に本体をお持ちいただけばよろしいでしょう」
そんな提案を暁がするまでは。
お貴族様の家宝が軽々しくパンピー神子へと投げて寄越された。
「頼むわ」
「切り替えはっや!」
◇◇◇
二年後……――アジュール。
「ご予約の方! 『聖王国建国記』ご予約の方はこちらにお並び下さい! ご協力お願いします!!」
店員の必死の呼び掛けが店の一角で飛び出す。ようやく活版印刷機が稼働し、初めての単行本が三巻分セットで発売となった本日、小さな書店には長蛇の列ができていた。最後尾の看板持ちの位置が着々と後ろ後ろへずれていく。
平和になったものである。
つい二年前はやれ戦争だ財政破綻しているだのと国の存亡すら懸かっていた弱小国が、国政が怒涛の勢いで様変わりし、食や文化が飛ぶ鳥を落とさん勢いで急速な発展を遂げた。
そんな光景を遠巻きに見ながら、ユウは長く伸びた黒髪をくるくるする。
「印税たんまりですねぇ……」
「それは良かったじゃねぇか」
「分かってるんですよ! でもですね、僕はエミリーさんを養う気満々で漫画を描いてもらっていたんですよ!」
漫画の本格的普及はもっと時間が掛かると思っていた。日本も昔、漫画は馬鹿が読むものという認識だったからだ。
だが、話が進んできた頃にようやく文字が読めるようになってきた人が面白いと一話分から新たに買い始めるというサイクルが始まり、漫画の発行一話目から買い込むヒュースが教員として稼いだお金を突っ込んでは孤児院に配布という名の布教をしており、教会の寺子屋普及も相まって子供達の間では早い段階から読まれていた。
記憶力に定着しやすいという点に着目したルーファスがエミリーへガンブルグの歴史の漫画化を依頼。そして、実験結果をマジで出してきた。お陰で、ガンブルグでは漫画家を増やそうと技術、エミリーを講師として依頼していたり、ユウにもご協力願われている。
そして、冒険者ギルドも着実に存在感を示している。
今までは人手が足りなければ村中総出でやっていた。それでも足りない所に、応援がやってくる。
各地の人手不足を完全に解消できる訳ではないが、それでも助けが必要な人の所に届くようになった。
それは冒険者自身も。
助けたいと思いながらも、あと一歩を踏み出せずに手をこまねいていた彼らが、『冒険者』という職に就いてから踏み越えられるようになった。
パーティー制度も一役買っている。仲間といるから『一人じゃない』と、手を伸ばせるようになってきたそうだ。
フェオルディーノというお国柄は元から、おおらかでお人好しな人が多い国なのだろう。
「ギルマス、テオ様が依頼受けに来ましたよ」
そう言いながら入ってきたのはレイナード。
騎士に復帰したダレットからの推薦状、ヒュースから正確な成績表と推薦状をもらった優秀なレイナードが冒険者志願者だったのには驚いたが、ならばと職員に引きずり込んだのである。
「政治の勉強やってる? ダメ親二世にならない??」
「ギルマスがエミリーさんのスキル使って陛下を城下町に放逐してた影響じゃないですかね?」とレイナード。
政務がギリ落ち着いてきた頃、ケツを蹴り上げて城下町の様子を見に行くように言ったのだ。馬鹿が椅子に座ってて何も分かる訳ないだろと、エミリーにスキルを使ってもらった。
最初、嫌がらせに顔の造形を不細工に変えたりしていたが、メイクが終われば後は城の秘密通路から城下町へお忍びを強行させた。
第二王子のセオドアは母のリナリーが救助されてから、長期間休みに入ると帰ってくるようになり、ヴィンセントの親戚に見えるよう、髪を赤色に変える魔法を使って変装。冒険者として国内を巡るようになったのだ。
よろしく頼むとナイジェルから一筆寄越された時はぶん殴りに行った。
彼曰く、各地の様子を見るなら冒険者ギルドが良いとか。
ヴィンセントは元々冒険者ギルド創業時から騎士の仕事と同時に冒険者業もこなしていたこともあり、彼が付き添うことになった。いつかヴィンセントが過労で死ぬのではないか? そんな不安が過る。
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