79 / 93
77話 エンシェントドラゴン
しおりを挟む
「ありがとうございます、メルヴィン様」
「あっ! ヒュースさん!」
メルヴィンはぱあっと目を輝かせる。
ここは、ヒュースウェル学園の地下シェルターにある制御室。
「兄さんや学園長が放置してるって聞いた時は焦ったけど、間に合って良かったぁ~~!!」
ヒュースは彼が来てからすぐサイコメトリーの完成した後に学園の防衛システムについて話した。長年放置されていて一部機能は駄目になっているが、初代が心血注いだ防御結界はまだ生きている。早急な調整依頼、そして都民を学園内へと避難させるためにヒュースが事前に王都へ戻るようお願いしていた。
追い込まれれば、エミリーは必ずドラゴンを描くと思っていた。彼女は風景画や静物画よりも、ドラゴンのような見た目の格好良いモンスターを描くのが好きだったから。
それを見越して、キングストン家使用人とキングズリー家にも手を貸してもらい、すでに都民を学園内へと避難させている。ドラゴンが王都に迫っているとしか言えなかったが、渋った学園長は強制解雇、理事を勤めていたキングスカラー家の長男もメルヴィンの独断で寮の一角に軟禁させた。
邪魔者はもういない。逃げずに残った学生達も協力して事に当たってくれている。
「収容率はいかほどでしょう」
「約六割。平民は炊き出しもあるって言ったら話を聞いてくれたけど、スラムの人達はやっぱり信用してくれなくてね――貴族連中は子供連れてとっとと逃げたよ。門番達から出て行った貴族達の名前を控えさせてある」
「さすがは、お手が早い」
後は城が破壊されるという視覚的な効果――城という建物が崩れ去る恐怖を与えるしかない。
民を守るのが何よりの優先だとフィーも承諾した。
城の崩壊――それは、悪政を強いてきた国の終焉を告げ、フェオルディーノ王城跡地こそ、国を再生するための象徴となる。
これこそ、エミリー・アマンダの妄執が勝ち取った勝利。
しばらくして城を映していた画面に映り込む。内側から城を崩しながら、白いドラゴンが現れた。この場には聞こえなくても、城を破壊する大きな音がヒュースには聞こえている。
――エンシェントドラゴン。幾万年の時を生きる、全知全能と謳われるドラゴン界最上位種族。
「……出ましたね、ドラゴン」
「行って参ります」
ヒュースは入り口へ向かう。これから逃げてくるはずの都民を避難場所へ移動させるために。
◇◇◇
壊された城の瓦礫が雨のように降ってくる。
落下する度に地面が揺れる。
ドラゴンが巨大な翼を広げ、天へと咆哮を放てばビリビリと空気を震わせ聴力の一切が潰された。
その咆哮が、孤独を嘆いているようにしか聞こえなかった。
城を破壊したドラゴンが絵画の向こうにいるような、そんな感覚で見えた。まるで非現実的な光景だった。
たった今フェオルディーノ城が壊されたのに、崩れる瓦礫を振り払うドラゴンの様子を見るとまるで彼女は悟っていたように――いや、この形で壊されるのがフィーの中で予定調和だったような気がしてしまう。
「神子様!」
ラセツに抱き上げられて降ってくる瓦礫から逃れる。その状態のまま見上げていれば、ドラゴンの口元に光る模様が浮かんだ。
しかし、それを打たせまいと飛び掛かる人影が一つ――マサシゲだ。躊躇わず魔法陣らしいそれを叩き切ると、ドラゴンは小バエを払い落とされてしまった。
次いで王城全域に光が舞い上がる。みるみるうちに武器や防具の亀裂が瞬時に消えた。その柔らかい光の中にマサシゲが落ち、地面へと激突する。どうっ! と砂埃が間欠泉のように噴き上がった。
刀を突き立てて「くそっ!」とマサシゲは立ち上がった。その刀身はぞっとするほど美しいまま、体のヒビ割れも消えてなくなっている。
「助かった、アスクレピオス!」
広範囲の浄化魔法を敷いた彼女がさらに力を込める。ドラゴンの足がうっすらと半透明になるが、すぐに足は色を取り戻す。常時塗り込むこともできるようだ。しかし、この状態で大きくは動けないはず――。
その頭上でまるで空に塗りたくるように飛竜の群れが現れた。おおよそ二十体もの飛竜は今度、一斉にその口元に炎を蓄える。
「飛竜の攻撃は一般的な魔法攻撃です!! 浄化魔法で攻撃は消えません!」
ピアの声が甲高く警告する。
エクスが彼女の前へと踊り出ると、撃ち出された炎弾のうち彼女を狙った炎を切り払う。ケイオンもピアに浄化魔法に専念するよう言って、光線の魔法で打ち落とし、出来るだけ彼女に負担を掛けないように近場の炎弾を光線で消してしまう。
その他で地面へと直撃した炎弾は小さいながらも爆発する。
どかん、どかん、とあちこちで瓦礫を粉砕しながら飛び散らせ、人を吹き飛ばし、置かれていた物達から火の手が上がった。
《クロード様、本体は?!》
《実は、数刻前には既にデスク様と共にハッテルミー様の絨毯に乗せられ王都から遠ざけられております》
《フィー様からそのことを黙っているよう言われていましたね?》
《その通りでございます》
どういうことだとマサシゲの怒鳴り声が念話に響く。
しかし、そんなことに答えている時間はない。再びドラゴンの口元に魔法陣が浮かぶ。今までよりも圧倒的な展開スピードで、かっ! と眩い光が放つ魔法陣から閃光が吐き出される。ひゅっと世界の音を掻き消し、一直線に城下町へと光の速さで伸びていった。
「あっ! ヒュースさん!」
メルヴィンはぱあっと目を輝かせる。
ここは、ヒュースウェル学園の地下シェルターにある制御室。
「兄さんや学園長が放置してるって聞いた時は焦ったけど、間に合って良かったぁ~~!!」
ヒュースは彼が来てからすぐサイコメトリーの完成した後に学園の防衛システムについて話した。長年放置されていて一部機能は駄目になっているが、初代が心血注いだ防御結界はまだ生きている。早急な調整依頼、そして都民を学園内へと避難させるためにヒュースが事前に王都へ戻るようお願いしていた。
追い込まれれば、エミリーは必ずドラゴンを描くと思っていた。彼女は風景画や静物画よりも、ドラゴンのような見た目の格好良いモンスターを描くのが好きだったから。
それを見越して、キングストン家使用人とキングズリー家にも手を貸してもらい、すでに都民を学園内へと避難させている。ドラゴンが王都に迫っているとしか言えなかったが、渋った学園長は強制解雇、理事を勤めていたキングスカラー家の長男もメルヴィンの独断で寮の一角に軟禁させた。
邪魔者はもういない。逃げずに残った学生達も協力して事に当たってくれている。
「収容率はいかほどでしょう」
「約六割。平民は炊き出しもあるって言ったら話を聞いてくれたけど、スラムの人達はやっぱり信用してくれなくてね――貴族連中は子供連れてとっとと逃げたよ。門番達から出て行った貴族達の名前を控えさせてある」
「さすがは、お手が早い」
後は城が破壊されるという視覚的な効果――城という建物が崩れ去る恐怖を与えるしかない。
民を守るのが何よりの優先だとフィーも承諾した。
城の崩壊――それは、悪政を強いてきた国の終焉を告げ、フェオルディーノ王城跡地こそ、国を再生するための象徴となる。
これこそ、エミリー・アマンダの妄執が勝ち取った勝利。
しばらくして城を映していた画面に映り込む。内側から城を崩しながら、白いドラゴンが現れた。この場には聞こえなくても、城を破壊する大きな音がヒュースには聞こえている。
――エンシェントドラゴン。幾万年の時を生きる、全知全能と謳われるドラゴン界最上位種族。
「……出ましたね、ドラゴン」
「行って参ります」
ヒュースは入り口へ向かう。これから逃げてくるはずの都民を避難場所へ移動させるために。
◇◇◇
壊された城の瓦礫が雨のように降ってくる。
落下する度に地面が揺れる。
ドラゴンが巨大な翼を広げ、天へと咆哮を放てばビリビリと空気を震わせ聴力の一切が潰された。
その咆哮が、孤独を嘆いているようにしか聞こえなかった。
城を破壊したドラゴンが絵画の向こうにいるような、そんな感覚で見えた。まるで非現実的な光景だった。
たった今フェオルディーノ城が壊されたのに、崩れる瓦礫を振り払うドラゴンの様子を見るとまるで彼女は悟っていたように――いや、この形で壊されるのがフィーの中で予定調和だったような気がしてしまう。
「神子様!」
ラセツに抱き上げられて降ってくる瓦礫から逃れる。その状態のまま見上げていれば、ドラゴンの口元に光る模様が浮かんだ。
しかし、それを打たせまいと飛び掛かる人影が一つ――マサシゲだ。躊躇わず魔法陣らしいそれを叩き切ると、ドラゴンは小バエを払い落とされてしまった。
次いで王城全域に光が舞い上がる。みるみるうちに武器や防具の亀裂が瞬時に消えた。その柔らかい光の中にマサシゲが落ち、地面へと激突する。どうっ! と砂埃が間欠泉のように噴き上がった。
刀を突き立てて「くそっ!」とマサシゲは立ち上がった。その刀身はぞっとするほど美しいまま、体のヒビ割れも消えてなくなっている。
「助かった、アスクレピオス!」
広範囲の浄化魔法を敷いた彼女がさらに力を込める。ドラゴンの足がうっすらと半透明になるが、すぐに足は色を取り戻す。常時塗り込むこともできるようだ。しかし、この状態で大きくは動けないはず――。
その頭上でまるで空に塗りたくるように飛竜の群れが現れた。おおよそ二十体もの飛竜は今度、一斉にその口元に炎を蓄える。
「飛竜の攻撃は一般的な魔法攻撃です!! 浄化魔法で攻撃は消えません!」
ピアの声が甲高く警告する。
エクスが彼女の前へと踊り出ると、撃ち出された炎弾のうち彼女を狙った炎を切り払う。ケイオンもピアに浄化魔法に専念するよう言って、光線の魔法で打ち落とし、出来るだけ彼女に負担を掛けないように近場の炎弾を光線で消してしまう。
その他で地面へと直撃した炎弾は小さいながらも爆発する。
どかん、どかん、とあちこちで瓦礫を粉砕しながら飛び散らせ、人を吹き飛ばし、置かれていた物達から火の手が上がった。
《クロード様、本体は?!》
《実は、数刻前には既にデスク様と共にハッテルミー様の絨毯に乗せられ王都から遠ざけられております》
《フィー様からそのことを黙っているよう言われていましたね?》
《その通りでございます》
どういうことだとマサシゲの怒鳴り声が念話に響く。
しかし、そんなことに答えている時間はない。再びドラゴンの口元に魔法陣が浮かぶ。今までよりも圧倒的な展開スピードで、かっ! と眩い光が放つ魔法陣から閃光が吐き出される。ひゅっと世界の音を掻き消し、一直線に城下町へと光の速さで伸びていった。
10
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~
名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

追放された回復術師は、なんでも『回復』できて万能でした
新緑あらた
ファンタジー
死闘の末、強敵の討伐クエストを達成した回復術師ヨシュアを待っていたのは、称賛の言葉ではなく、解雇通告だった。
「ヨシュア……てめえはクビだ」
ポーションを湯水のように使える最高位冒険者になった彼らは、今まで散々ポーションの代用品としてヨシュアを利用してきたのに、回復術師は不要だと考えて切り捨てることにしたのだ。
「ポーションの下位互換」とまで罵られて気落ちしていたヨシュアだったが、ブラックな労働をしいるあのパーティーから解放されて喜んでいる自分に気づく。
危機から救った辺境の地方領主の娘との出会いをきっかけに、彼の世界はどんどん広がっていく……。
一方、Sランク冒険者パーティーはクエストの未達成でどんどんランクを落としていく。
彼らは知らなかったのだ、ヨシュアが彼らの傷だけでなく、状態異常や武器の破損など、なんでも『回復』していたことを……。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる