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74話 『お絵描き』スキル
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「もし君が良ければ、またヒュースウェル学園に通ってほしいんだ。学園の生徒の姿を借りてではなく、エミリー・アマンダとして」
最後の最後まで通常運転を通すヒュースに、彼女は感情の削げ落ちた表情で筆を横に凪いだ。
目の前に、大きな刷毛が何度も行き来するようにして姿が浮かび上がる。それが黒い甲冑を纏う騎士のようだった。彼らが描き終わると、握っていた槍を同時に構えた。その人数、おおよそ八十の小規模な編成だ。
「一生お断りよ、あんなゴミ溜め場」
「改めてそう言われると、やはりショックだな」
シュンとしたヒュースだが、眉尻を下げて。
「神子様、エミリーとリアムをよろしくお願いします。私はやることがあるので」
「分かりました!」
「その前に、一つ言い忘れていたことが。彼女の得意な絵はドラゴンなんですよ。額縁いっぱいの巨大なドラゴンの絵は、それは圧巻なのです」
「ん? うん、分かった?」
黒い鎧の騎士達が一斉に駆け足で動き出していて生返事だったが、では、とヒュースは頭を下げて、その場所から姿が消えた。
ユウは衝突する前に浄化の二文字を使って数を削る。
案の定、血涙石の姿を変えていた彼女のスキルであれば浄化で擬態が解けたように騎士達の姿が霧散した。
知能はなさそうだと思った矢先、エクスとマサシゲが戦闘を開始したが、余っていた分の騎士が明らかにユウを標的と見なして駆けて来た。
ある程度知能を有しているのか、それとも無言のエミリーが意図的にユウを優先的に排除すべきと判断したのか。
守るためにこちらへ来ようとするマサシゲやエクスは目の前の敵に集中するよう言って、ユウは『浄化弾』と書いた魔法陣をぶっぱなす。
その白い弾は黒い騎士に掠っただけでも効果を発揮し、瞬く間に彼らを雲散霧消させる。
次段と言わんばかりにサラの筆は煌めく。
明らかに質の違う生き物――リザードマンの軍勢だ。黒い肌にドラゴンらしい容姿の彼らもまた黒っぽいが、どこかロボットのよう動く黒騎士とは違う。
ユウに向かってくる彼らに浄化弾を放つも、的確にかわして持ち前のスピードで瞬く間に距離が縮まっていく。
黒騎士の掃除を終えたエクスが横から容赦なく光の斬撃が側方から飛んできて、体をすぱっと切り裂いてしまう。そうすれば、切断されたリザードマン達は瞬く間に消えていった。
なおもスピードの衰えない光の一閃は次にマサシゲの戦線にもおよび、攻撃を一旦中断して飛び退くようにかわせば黒騎士達も二つに分けて霧散させる。最後壁を抉るように刻み付けてようやく消えた。
彼女が描くは、空を舞う飛龍。それが、二匹、三匹と、それぞれ狙いを定めて滑空し、赤い炎の魔法を大きく開いた口に集めて砲撃を狙う。
加勢に入ろうとするリアムをフィーが止める。
「離してください! エミリーを止めないと……!」
「リアム、魂が剥き出しの状態のお主が今のエミリーを止めに行くのは危険じゃ」
「危険でも、父の私が何もしないでいるなどできません!!」
「主のやるべきことは、憂いを絶って天へ還ることじゃ」
身体を擬似的に得たからと言って、魂を懸けてエミリーを止める必要はない。フィーは言う。エミリーの意見に賛同していないが、この国は滅んで然るべきだ。
国民の力が弱くなり、ラルフフローがいなくては首が回らなくなっている時点でこの国は終わっているも同然。終焉が早いか遅いか程度の差だ。
「例えエミリーがこの世界を嫌っても、お主まで嫌っている訳ではない。エミリーのことは神子様に任せておくが良い」
◇◇◇
ついに玉間へ騎士団員や他、残り少ない魔法師達も駆け付けた。
動く駒を増やしても増やしても、神子とエクスがいるだけでほぼ消えてしまう。これでは埒が明かない。
「こんなところで、負けられない……負けられないの……!」
サラの筆が苛烈に煌めく。
その次の瞬間、ばきんっ! と大きな破壊音と共に、彼らの鎧に大きな亀裂が突然走った。さらに、他の兵士達の鎧にも、同様に亀裂が生まれる。
◇◇◇
ビキン、と一際甲高い音を響かせてマサシゲとエクスの身体に亀裂が生じた。エクスは小さくヒビが入った程度だが、マサシゲの亀裂が大きい。マサシゲの身体がまるで陶器でできているように、片目がバックリ陥没している。ゆったりとした着物にも、腹部から大きなヒビが走っていた。
激しく咳き込み、刀を握ったままマサシゲがふらついた。
「大丈夫ですか?!」
「ははっ! してやられた気分だ」
刀を振るってマサシゲは歯を見せて笑う。
「次の一発で折れんなぁ、これ! 面白れぇ!」
「笑い事じゃないんですよ!」
「浄化で直っても、また付けられたら結局結果は同じだ。それより前を見ろ、来るぜ!」
次に描かれたのは、玉間の天井高さギリギリの巨大さを誇る一つ目の巨人・サイクロプスと、筋骨隆々とした鬼のモンスター・オーガだ。それも全て黒い。
再び、ぱきんっと甲高い音があちこちで響く。次は騎士達の握っていた剣や槍にヒビが入ったのだ。
ならばと脇をすり抜けてラセツが遠方から札を無数に飛ばした。
それが、サラの一凪ぎで全て空気の中にすっと消えてしまった。
ならばと遠隔攻撃の魔法陣を敷いた魔法師たちの魔法陣がきらきらと力強い光を放った。しかし、ふいに輝きが不自然に消える。彼等の行使しようとしていた魔法陣が、何故かみるみるうちに消えていくのだ。
「エミリーの奴、壊す気満々だな」
「そうですよ! マサシゲ様、壊れますよ?!」
「なら、ヒビなんざ入れてねぇでとっとと壊しゃあ良いのに、何でわざわざ外部圧力が必要になるんだよ」
「?」
最後の最後まで通常運転を通すヒュースに、彼女は感情の削げ落ちた表情で筆を横に凪いだ。
目の前に、大きな刷毛が何度も行き来するようにして姿が浮かび上がる。それが黒い甲冑を纏う騎士のようだった。彼らが描き終わると、握っていた槍を同時に構えた。その人数、おおよそ八十の小規模な編成だ。
「一生お断りよ、あんなゴミ溜め場」
「改めてそう言われると、やはりショックだな」
シュンとしたヒュースだが、眉尻を下げて。
「神子様、エミリーとリアムをよろしくお願いします。私はやることがあるので」
「分かりました!」
「その前に、一つ言い忘れていたことが。彼女の得意な絵はドラゴンなんですよ。額縁いっぱいの巨大なドラゴンの絵は、それは圧巻なのです」
「ん? うん、分かった?」
黒い鎧の騎士達が一斉に駆け足で動き出していて生返事だったが、では、とヒュースは頭を下げて、その場所から姿が消えた。
ユウは衝突する前に浄化の二文字を使って数を削る。
案の定、血涙石の姿を変えていた彼女のスキルであれば浄化で擬態が解けたように騎士達の姿が霧散した。
知能はなさそうだと思った矢先、エクスとマサシゲが戦闘を開始したが、余っていた分の騎士が明らかにユウを標的と見なして駆けて来た。
ある程度知能を有しているのか、それとも無言のエミリーが意図的にユウを優先的に排除すべきと判断したのか。
守るためにこちらへ来ようとするマサシゲやエクスは目の前の敵に集中するよう言って、ユウは『浄化弾』と書いた魔法陣をぶっぱなす。
その白い弾は黒い騎士に掠っただけでも効果を発揮し、瞬く間に彼らを雲散霧消させる。
次段と言わんばかりにサラの筆は煌めく。
明らかに質の違う生き物――リザードマンの軍勢だ。黒い肌にドラゴンらしい容姿の彼らもまた黒っぽいが、どこかロボットのよう動く黒騎士とは違う。
ユウに向かってくる彼らに浄化弾を放つも、的確にかわして持ち前のスピードで瞬く間に距離が縮まっていく。
黒騎士の掃除を終えたエクスが横から容赦なく光の斬撃が側方から飛んできて、体をすぱっと切り裂いてしまう。そうすれば、切断されたリザードマン達は瞬く間に消えていった。
なおもスピードの衰えない光の一閃は次にマサシゲの戦線にもおよび、攻撃を一旦中断して飛び退くようにかわせば黒騎士達も二つに分けて霧散させる。最後壁を抉るように刻み付けてようやく消えた。
彼女が描くは、空を舞う飛龍。それが、二匹、三匹と、それぞれ狙いを定めて滑空し、赤い炎の魔法を大きく開いた口に集めて砲撃を狙う。
加勢に入ろうとするリアムをフィーが止める。
「離してください! エミリーを止めないと……!」
「リアム、魂が剥き出しの状態のお主が今のエミリーを止めに行くのは危険じゃ」
「危険でも、父の私が何もしないでいるなどできません!!」
「主のやるべきことは、憂いを絶って天へ還ることじゃ」
身体を擬似的に得たからと言って、魂を懸けてエミリーを止める必要はない。フィーは言う。エミリーの意見に賛同していないが、この国は滅んで然るべきだ。
国民の力が弱くなり、ラルフフローがいなくては首が回らなくなっている時点でこの国は終わっているも同然。終焉が早いか遅いか程度の差だ。
「例えエミリーがこの世界を嫌っても、お主まで嫌っている訳ではない。エミリーのことは神子様に任せておくが良い」
◇◇◇
ついに玉間へ騎士団員や他、残り少ない魔法師達も駆け付けた。
動く駒を増やしても増やしても、神子とエクスがいるだけでほぼ消えてしまう。これでは埒が明かない。
「こんなところで、負けられない……負けられないの……!」
サラの筆が苛烈に煌めく。
その次の瞬間、ばきんっ! と大きな破壊音と共に、彼らの鎧に大きな亀裂が突然走った。さらに、他の兵士達の鎧にも、同様に亀裂が生まれる。
◇◇◇
ビキン、と一際甲高い音を響かせてマサシゲとエクスの身体に亀裂が生じた。エクスは小さくヒビが入った程度だが、マサシゲの亀裂が大きい。マサシゲの身体がまるで陶器でできているように、片目がバックリ陥没している。ゆったりとした着物にも、腹部から大きなヒビが走っていた。
激しく咳き込み、刀を握ったままマサシゲがふらついた。
「大丈夫ですか?!」
「ははっ! してやられた気分だ」
刀を振るってマサシゲは歯を見せて笑う。
「次の一発で折れんなぁ、これ! 面白れぇ!」
「笑い事じゃないんですよ!」
「浄化で直っても、また付けられたら結局結果は同じだ。それより前を見ろ、来るぜ!」
次に描かれたのは、玉間の天井高さギリギリの巨大さを誇る一つ目の巨人・サイクロプスと、筋骨隆々とした鬼のモンスター・オーガだ。それも全て黒い。
再び、ぱきんっと甲高い音があちこちで響く。次は騎士達の握っていた剣や槍にヒビが入ったのだ。
ならばと脇をすり抜けてラセツが遠方から札を無数に飛ばした。
それが、サラの一凪ぎで全て空気の中にすっと消えてしまった。
ならばと遠隔攻撃の魔法陣を敷いた魔法師たちの魔法陣がきらきらと力強い光を放った。しかし、ふいに輝きが不自然に消える。彼等の行使しようとしていた魔法陣が、何故かみるみるうちに消えていくのだ。
「エミリーの奴、壊す気満々だな」
「そうですよ! マサシゲ様、壊れますよ?!」
「なら、ヒビなんざ入れてねぇでとっとと壊しゃあ良いのに、何でわざわざ外部圧力が必要になるんだよ」
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