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73話 王座の間で

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 玉座の間が近づくと、発狂したように叫ぶクリスがみっともなく泣き喚いている声が聞こえてくる。焦燥感滲むニクソンの声も聞こえてきた。聖騎士も神官も無能だが、我が娘がいれば大丈夫ですぞ! と励ましている。それは彼もサラ頼りということではないか。

《何か、ダメ男勢が揃いも揃っエミリーさんに骨抜きにされてますね》
《彼女は頼りになるからな》
《逞しく生きててくれて誇らしいことなのに、何故か逆に心配です……!!》

 念話から飛んで来る父親らしい発言に、ダメ男から引き剥がさねばという強い意志が伝わってきた。
 ぱかっと扉が勝手に開け放たれる。その途端にぎょえええーー! と奇っ怪な絶叫が聞こえてきた。

 ブタゴリラとクリスが互いに抱き締め合っている。その手前に、黒々とした美しい髪の女子がそんな情けない二人を背に庇うように立った。背面の絵面が最高に気持ち悪い。

 クリスはエクスを見て「アレクサンダー?!」と呼び捨てにすると、彼が手に握っている大剣がエクスカリバーだと分かるや否や、

「なっ、何でお前みたいな王族でもない人間が聖剣を持っているんだ! 窃盗罪だ! 大罪なんだぞ!!」

 そう騒ぐ割にガタガタ震えている。別に不思議でもなんでもないようにエクスは首を傾げる。その言い分の意味が分かっていないのだろう、ユウもエクスに同意だ。

「エミリー!」

 そう一歩踏み出したリアムにほんの一瞬目を見開いた彼女だったが、その手に彼女は赤い柄の筆を握った。

「どなたか存じませんが、人違いでしてよ」

 そう冷淡に返答したサラは冷ややかにこちらを侮蔑する。

「サラ・イーグルは筆を持ち歩く趣味はない。何故なら彼女は、聖書を常に抱えている信徒だったからな」

 そう切り出したヒュースはトコトコと歩を進める。

「それは、君の父であるリアム・アマンダが入学祝いに君へ送った油絵の具のセットに付属していた筆を物だね。君がサラの姿を借りて戻って来てすぐに、美術室にあった君の油絵の具セットを自らの手で壊してしまったから」
「……」

 全く呆れた男だとヒュースは次に侮蔑を込めて奥でブルブルと贅肉を震わせているニクソンを見やった。

「我が娘などと、神からの賜り物であるスキルの効果が変わる訳がないだろう。お前は馬鹿か」
「なっ?! ななっ、何を言う! サラは神から認められて強力な力を得たのだぞ?!」
「お前の娘であるサラのスキルは『沸騰』だっただろう」
「なあっ?! 何故、そのことを――」
「えっ? それがスキルなら人間みんな即死じゃん。やば」

 えっ? と、視線が逆にを見られたがヒュースから頭をわしゃわしゃと撫でられて黙っているように言われた。
 一つ咳払いしてヒュースは話を軌道修正する。申し訳ないと念話で謝罪しておいた。

 どうやらニクソンがスキルの変わったことに対して何も思わなかったのは、神から新たなスキルを授かったという言葉を鵜呑みにしたからだ。事実、万能だったのも頭の悪いニクソンを信じ込ませる要因だったのだろう。

 ヒュースから紡がれたのは、クリスが呪いだと騒いだ、肌に浮かんだただの黒い模様についてだ。
 突然クリスの頬に黒い丸がみっちり、びっしり浮かび上がり、その丸い模様がボコボコと肉が盛り上がったという。それはビビる。

「その時に丸の中に浮かんでいた小さな模様、教会が所有している神罰の書に描かれていた『無知』を意味する紋だ」

 普通に見ていればただの線がバラバラに描かれていただけだが、丸の中の模様を回転させればパズルのようにその神罰紋が現れた。
 ヒューストの言及は続く。次はナイジェルに浮かんでいた逆さの十字架、無数のバツ印が炎のように燃えている模様。

「炎には『罪人を処す聖火』、逆さの十字架は『その罪は許されない』、そして無数に書き込まれたバツ印単体の意味は神罰紋の『自堕落』――さしずめ、『その怠惰はお前の死をもって断罪とする』、だろうか。君の描くものはいちいち美的センスがありすぎる」

 サラは無表情のまま「それが?」と問い返す。

「いや、それだけだ」
「それだけ?! あんなに話が長かったのに!」
「しかしな、神子様。クリスの模様の謎が解けた瞬間に私は的確過ぎて久々に大笑いしたぐら……いや、今も思い出すだけで笑いが込み上げて……ふふっ」

 小さく肩を揺らして笑うヒュースに「お前も大概空気読めてねぇよ」とマサシゲが小突いた。

「そもそも、私は彼女を止めには来ていない。神子様に託しはしても、結末を見届けに来ただけだ。こんな国など滅べと思わせる要因を作った私に、彼女の意志を止める権利はないだろう」

 自己紹介が遅れたな、とヒュースは寂しげに微笑むと、自分がヒュースウェル学園の付喪神であること、ユウに顕現してもらっていると身の上を語る。こうやってエミリーと話すことができて嬉しいとは言うが完全にヒュースから一方通行であることには気付いていない。
 だが、彼は構わず一つ頷いた。
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