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72話 エミリー・アマンダ
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その雑巾をバケツに突っ込んで力一杯捻って美術室の掃除に使い、部員が帰った後に元の姿に戻したが、ずぶ濡れになりながら怯え、それでもなお権力を振りかざすリーダー格の女子生徒を笑い飛ばた。
『ボロ雑巾にされて美術室の掃除に使われた』などと言われたところで、誰がそんな馬鹿げた話を信じるものか、と。
端から聞けばボロボロに負かされたように聞こえる。負けたから美術室の掃除を手伝ったような内容だ。そんな不名誉を吹聴して回るのか、高貴なご身分が滑稽なことこの上ない。
「次は紙にして燃やすと脅してようやく逃げていった」
「何それ、現場をめちゃくちゃ見たかった」
思わずポロッとユウが本音をぶちまけると、眉尻を下げて、ヒュースはすごく嬉しそうに笑った。
「そうだろう? 見ていてスカッとした。歴代で最高クラスの仕返しだ」
「つまり、同様の方法で要人達を捕まえて、エミリーがラルフフロー王から信頼を得たということじゃな?」
「ごほんっ。そういうことだ」
スキルで透明化できるエミリーであれば道の真横を通り過ぎても気付かれない。
小物に姿を変えて護衛達の目を欺き、外へ投げ捨てた時に回収しただろう。彼女のスキルで描かれた物は一般的なマジックバッグでも持ち運べる。
要人達が入っていたマジックバッグの表記も彼女が描き換えたものだろうとヒュースは当時の推測に訂正を入れた。それぐらい汎用性の高いスキルだ。
「彼女のスキルの名前は『お絵描き』という」
可愛らしいスキル名だが、そのスキルが何を描けるのか未知数。学園で見たのは他に、擬似的な物の修復や、壁を貫通した遠距離からの書き替えや落書きなど、様々に用いていたらしい。
このスキルこそ、この国を滅ぼすという彼女の意志に最も貢献した力。
「それで、リアムなら説得できるから連れてきたってワケか?」
「いいや、すぐには無理だろう。そもそも、その程度で心折れる人間がラルフフローから信頼を得たり、反乱軍の扇動も先導もできはしないだろう」
この国の滅亡を思い描いて暗躍した、エミリーの執念に揺らぎはあってもこの道を諦めはしない。
「エミリーは、神子様に託す他ない。彼女を助けてくれるだろうか」
「もちろんです!」
即答するユウの声を聞き付けたように複数の足音と金属の擦れる音が騒がしく駆け付けた彼等が、問答無用にかかれ! と大声疾呼した。
マサシゲ達は武器を構える。その後ろでがちゃんと構えたエクスにフィーは青い顔で声を上げる。
「エクスカリバー! 先も言った通り全力で手を抜け! でないと妾が壊れるっ!!」
「分かってます!」
エクスのハキハキとした返答が余計な不安を煽っているのは何故だろうか。 そして、言ったそばから強烈な気を大剣が纏い始めたのはどういうことか。すかさずマサシゲが躍り出てて大剣を蹴り上げた。
「お前はそこで待機だ! 神子様守ってろ!」
「わっ! 分かりました!」
数ではあちらが優勢だが、しれっとクロードが奇襲を決め戦いの火蓋が切って落とされた。
小国の城とはいえ横幅の広い廊下で、三地点で小規模な戦場が形成されていた。
ヴィンセントの大剣が一気に聖騎士と補佐の神官達を諸とも吹き飛ばした。この国の第一部隊騎士団長というだけあって集中攻撃の多い彼の背に立つのはレイナード。大技の隙が多いヴィンセントに狙いを定める敵を代わりに切り伏せていく。手が回らない分はケイオンのアシストと、ピアからの回復のサポートがこまめに入った。
クロードの掌底と共に『打刻』される文字列が一つ煌めくと、瞬く間にパキンッと純金の鎧を砕いてしまった。驚いている間にリアムが斬り掛かった。
クロードにだけは何故か攻撃が当たらない。全ての攻撃を完全に見切ってかわしているようだった。
オークから魔法師達の保護が完了したと念話が入る。いつでも居座っている貴族達の捕縛に移行できるという彼等に、フィーは床へと手を付いた。
そして、今まで城内の部屋に散らばっていた貴族達をクリスの部屋の近くへ配置すると、各々の場所へと一気に送り込む。フィーの声が捕縛完了した貴族の名前を読み上げる。その数分後、
《予定通り部屋の周りから聞こえる悲鳴と音にビビッたクリスがサラに泣き付きに向かったぞ。まったく、情けない奴じゃ》
銀閃が敵陣の中で咲き乱れ、花びらが散るように札が舞う。三つの戦場のうち一つがついになくなった。立っているのはたったの二人。常に素早い動きで人間の急所を的確に叩くマサシゲと、それ以上のスピードで目隠しや足元を掬うなどして敵の隙を作る札が、あっけなく彼等の意識を刈り取ってしまったのだ。
ようやく挟み込みの部隊も到着し、敵の数が多いヴィンセント達へ加勢、神官達に襲撃を掛けた。
再び、フィーから貴族達の捕縛終了の伝達と念話が入った。
《エミリーは玉座の間へ向かっておるようじゃ》
《玉座の間?》
《あぁ。広い場所の方が『力を発揮できる』と言っておる》
リアムを戦線離脱させ、フィーに先導してもらって、手隙になったマサシゲとエクス、非戦闘員のヒュースを伴ってユウは戦線を離れる。
向かうは玉座。
瞬く間に、剣劇と喧騒は遠ざかっていった。
『ボロ雑巾にされて美術室の掃除に使われた』などと言われたところで、誰がそんな馬鹿げた話を信じるものか、と。
端から聞けばボロボロに負かされたように聞こえる。負けたから美術室の掃除を手伝ったような内容だ。そんな不名誉を吹聴して回るのか、高貴なご身分が滑稽なことこの上ない。
「次は紙にして燃やすと脅してようやく逃げていった」
「何それ、現場をめちゃくちゃ見たかった」
思わずポロッとユウが本音をぶちまけると、眉尻を下げて、ヒュースはすごく嬉しそうに笑った。
「そうだろう? 見ていてスカッとした。歴代で最高クラスの仕返しだ」
「つまり、同様の方法で要人達を捕まえて、エミリーがラルフフロー王から信頼を得たということじゃな?」
「ごほんっ。そういうことだ」
スキルで透明化できるエミリーであれば道の真横を通り過ぎても気付かれない。
小物に姿を変えて護衛達の目を欺き、外へ投げ捨てた時に回収しただろう。彼女のスキルで描かれた物は一般的なマジックバッグでも持ち運べる。
要人達が入っていたマジックバッグの表記も彼女が描き換えたものだろうとヒュースは当時の推測に訂正を入れた。それぐらい汎用性の高いスキルだ。
「彼女のスキルの名前は『お絵描き』という」
可愛らしいスキル名だが、そのスキルが何を描けるのか未知数。学園で見たのは他に、擬似的な物の修復や、壁を貫通した遠距離からの書き替えや落書きなど、様々に用いていたらしい。
このスキルこそ、この国を滅ぼすという彼女の意志に最も貢献した力。
「それで、リアムなら説得できるから連れてきたってワケか?」
「いいや、すぐには無理だろう。そもそも、その程度で心折れる人間がラルフフローから信頼を得たり、反乱軍の扇動も先導もできはしないだろう」
この国の滅亡を思い描いて暗躍した、エミリーの執念に揺らぎはあってもこの道を諦めはしない。
「エミリーは、神子様に託す他ない。彼女を助けてくれるだろうか」
「もちろんです!」
即答するユウの声を聞き付けたように複数の足音と金属の擦れる音が騒がしく駆け付けた彼等が、問答無用にかかれ! と大声疾呼した。
マサシゲ達は武器を構える。その後ろでがちゃんと構えたエクスにフィーは青い顔で声を上げる。
「エクスカリバー! 先も言った通り全力で手を抜け! でないと妾が壊れるっ!!」
「分かってます!」
エクスのハキハキとした返答が余計な不安を煽っているのは何故だろうか。 そして、言ったそばから強烈な気を大剣が纏い始めたのはどういうことか。すかさずマサシゲが躍り出てて大剣を蹴り上げた。
「お前はそこで待機だ! 神子様守ってろ!」
「わっ! 分かりました!」
数ではあちらが優勢だが、しれっとクロードが奇襲を決め戦いの火蓋が切って落とされた。
小国の城とはいえ横幅の広い廊下で、三地点で小規模な戦場が形成されていた。
ヴィンセントの大剣が一気に聖騎士と補佐の神官達を諸とも吹き飛ばした。この国の第一部隊騎士団長というだけあって集中攻撃の多い彼の背に立つのはレイナード。大技の隙が多いヴィンセントに狙いを定める敵を代わりに切り伏せていく。手が回らない分はケイオンのアシストと、ピアからの回復のサポートがこまめに入った。
クロードの掌底と共に『打刻』される文字列が一つ煌めくと、瞬く間にパキンッと純金の鎧を砕いてしまった。驚いている間にリアムが斬り掛かった。
クロードにだけは何故か攻撃が当たらない。全ての攻撃を完全に見切ってかわしているようだった。
オークから魔法師達の保護が完了したと念話が入る。いつでも居座っている貴族達の捕縛に移行できるという彼等に、フィーは床へと手を付いた。
そして、今まで城内の部屋に散らばっていた貴族達をクリスの部屋の近くへ配置すると、各々の場所へと一気に送り込む。フィーの声が捕縛完了した貴族の名前を読み上げる。その数分後、
《予定通り部屋の周りから聞こえる悲鳴と音にビビッたクリスがサラに泣き付きに向かったぞ。まったく、情けない奴じゃ》
銀閃が敵陣の中で咲き乱れ、花びらが散るように札が舞う。三つの戦場のうち一つがついになくなった。立っているのはたったの二人。常に素早い動きで人間の急所を的確に叩くマサシゲと、それ以上のスピードで目隠しや足元を掬うなどして敵の隙を作る札が、あっけなく彼等の意識を刈り取ってしまったのだ。
ようやく挟み込みの部隊も到着し、敵の数が多いヴィンセント達へ加勢、神官達に襲撃を掛けた。
再び、フィーから貴族達の捕縛終了の伝達と念話が入った。
《エミリーは玉座の間へ向かっておるようじゃ》
《玉座の間?》
《あぁ。広い場所の方が『力を発揮できる』と言っておる》
リアムを戦線離脱させ、フィーに先導してもらって、手隙になったマサシゲとエクス、非戦闘員のヒュースを伴ってユウは戦線を離れる。
向かうは玉座。
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