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65話 夜明け

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 ユウはベッドの中で目を覚ました。宴会場で寝落ちしたが誰かがカッヘル邸宅に連れて行ってくれたようだ。
 外は白み始めたばかり。だが目はばっちり冴えている。清々しい朝だ。

 ルーナとバッハに会えた。二人とも元気そうだった――ユウはひたすら泣いていたが。
 ベッドを直してユウは早速マジックバッグを掴んだ。
 そこにポンッとあのファンシーな青い煙がもくもくと膨れて、暁が姿を表す。

「おはようございます、ユウ様! どこへ向かわれるのですか?」
「おはよう、暁! クリスをぶっ飛ばしに行ってきます!」
「左様でございますか! では、私めから一つお願いがございます」

 二つ返事で了承するとぽんっと紙が出てきた。複雑な模様が描かれている。
 クリス達に召喚された異世界人を元の世界へ送還するための送還陣だ。
 これを覚えて彼等に使ってほしいが、どうしても失くせない欠点があると暁は言う。

「これには、召喚された世界の人間が使用しなければ元の世界への道筋を結んであげられないのです」
「じゃあ僕がやりますね」
「おい、軽い調子で即答すんな。ちったぁ考えろ」

 紙を受け取ったユウにそう投げ掛けてくるマサシゲは扉を静かに閉めてやって来た。
 心配してくれたのだろう。

「でも僕、元の世界で死んでるんですよね」
「は?」
「それ以前にクリス殴れないまま帰るのはお断りです」
「…………はぁぁああ……」

 深い溜め息を溢したマサシゲは何だか疲れたように呟く。

「ライネスト神の前でも言っただけあるな」
「? 何で知ってるんですか?」
「夢を見たからだよ――そうだ俺、生まれて初めて夢ってやつを見たんだ」

 見たことのない映像が見える、不思議だという感想が語られた。付喪神らからすれば人間が体験できるものは全部不思議なことなのかもしれない。

 こっちの世界に残ってくれるんですねと嬉しそうな暁の言葉に首肯すれば、ならば! と暁は更に声を上げる。


「冒険者ギルドを作りましょう! たくさんの方が手を貸してくれる冒険者ギルドがあったら、私、嬉しいです!」


 そう耳をピコピコさせて、尻尾をブンブンと揺らす暁。
 この前も同じ話をされたのに、今回は響きが違った。まるで心にすうっと染み渡っていくように抵抗感がない。

「そうですね。全属性出てくるみたいですし、冒険者達の力試しの場として銘打てば人が集まりそうですね」
「『風』には『始まり』という意味もございますゆえ、風祈の塔には百階層ご用意いたしております!」

 各属性の人間でも出入りしやすよう、属性も固定されておらず、階層ごとにモンスター達の平均レベルが階層数――二十三層なら平均レベル二十三になる。それは親切設計だ。

 バタン! と騒々しく扉が開け放たれた。ものすごい必死な顔で走ってくるのはケイオンだ。
 神子よ! と机を叩きつけるようにベッドを叩いた。

「ライネスト神が! わ、わ、我に何と言っていた?!」
「えっ? えっと、『教会はそなたに一任する』ってケイオン様に言っていましたね」

 途端にダバーッと滝のような涙を流したケイオン。感極まったままライネストにお祈りまで始めてしまった。
 なんか夢の内容が一致していないだろうか、そう思ったユウの言葉を暁が肯定した。

「あれはユウ様の世界では『生放送』と呼ばれるものです!  目覚めるまでにラグは発生しますが、ライネスト達の神塔の仕様変更の報告と、ユウ様が神の夢渡りを行う偉業まで、漏らさず『神のお告げ』として世界中の人々に放映されておりますよ!」
「もしかして、私が泣いてるのもバッチリ?!」
「はい!」「見たな」

 暁とマサシゲの返答にユウはあまりの恥ずかしさに、ベッドにのたうち回る。
 暁には自慢気に言われたが、べっしょべしょに泣いていたところを全世界生中継のどこが誇らしいことか。

 恥ずかしくて悶えているユウだったが、その後、朝から押し掛けてきた被害者メンツや教会突入班にもよくぞ言ってくれたとお礼を言われ、ユウはしばらく悶々としたが、クリスをぶっ飛ばすという意思の強さに、送還陣を覚えるのは早かった。

 ◇◇◇

 ユウは昨日の採取時に回収したドロップ品と、神塔が変わった直後に神塔ツアーで集めた大量のドロップ品が入ってるマジックバッグをマサシゲに持って来てもらった。

 これらは魔道具屋や武器屋、防具屋に持って行って、食料確保のために神塔に潜ってくれている人達に装備品の手配をしたいのだ。
 あわよくば、それぞれの店の売り上げにも貢献できれば良い。

 それに神塔を後回しにするのは得策ではない。できるだけ早くに誰もが自由に出入りできるようにすることで、食糧確保を優先してほしい。

 難しいだろうな、とマサシゲは素材を広げながら言う。

「この素材だけじゃすぐに装備品は作れない。店が入荷してる素材も使うことになるだろうが、馬鹿高い税金のせいで跳ね上がってる」
「そこは……――」
「ならば、教会から工面しよう。我に任せるがよい」

 いつの間にかやって来ていたケイオンがそう胸に手を当てた。さっきまで半狂乱で聖書の暗唱をしていた人物と同一人物とは思えない落ち着き払った様子だ。

「やりたいことがあるなら我に全て話すと良い。このケイオン、全身全霊を持って尽力しよう――そなたには成すべきことがあるのだろう?」
「税金絡んでるからにはロイとガブリエルに相談すべきだ。それに、お前はクリスの奴を殴らねぇとな」

 そんな風に穏やかな顔でマサシゲは言う。
 普段より何だか優しい感じがした。
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