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64話 夢を渡って
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「バッハさんに歌ってもらいたかったねぇ……」
誰かがそうポツリと呟くと、彼らは一様にバッハが独演した歌劇はすごかったと教えてくれた。
声帯を変えられた彼は地の声の他に、老いた老人や高音な女性の歌まで歌いこなしていたそうだ。
「いやぁ! あんなの見せられたら歌劇なんて上品な物に興味なくても行ってみたいと思うんだよなぁ!」
「分かる! 私も今度、見に行こうと思ってるんだ!」
すでに出来上がっているエルフの青年がそう笑えば、なら一緒に行くかぁ! とリザードマンと肩を組んで笑った。いっそのこと各地の歌劇を巡るかなんて言った誰かに同調する声が次々に上がった。
感性が違うであろう多種族達は、皆口を揃える。それだけ、バッハの歌唱力が素晴らしいものだったか垣間見える。
「バッハさんはあぁ思ってても、俺らにとってはヒーローだったんだけどなぁ……」
「そうだ、今度バッハさんの所に酒を掛けに行くかぁ!」
「だなぁ! バッハさんも酒うまいって言ってたからなぁ!」
酒の入ったカップを高らかに持ち上げると、同意した人達もカップを持ち上げた。それにユウも習う。
だからこそ思う。
あの日、素敵な建物でいたかったと吐露した彼は、一週間と数日という短い時間の中でたくさんの人に親しまれていたことを知っていただろうか?
◇◇◇
ユウは暗い場所に立っていた。
その先には深くフードを被ったローブを纏う七人の人。全員が淡く光っているようだった。服だけではなく、肌も白っぽく発光していた。その様が妙に神々しい。言葉を発してはいけない――そんな思いが極当然のように過った。
その七人はローブ鶴の羽のように左右せりだすように並んでいた。
一番先頭に立つ人物がゆっくり顔を上げる。
肌すら淡く光りを放ち、息を飲むほどの美貌。その荘厳な姿を、ユウは見たことがあった。ライネスト教会大聖堂の礼拝堂で見た、神像と同じ顔形だ。
彼は滔々と語り出す。
『この度は、皆の夢に干渉させてもらっている――』
自分達だけでは瘴気の消滅ができなかったと謝罪から始まった語りは、神塔の話へと移る。
神塔の構造を大きく変えること。神塔のモンスター達を倒せば食用の肉体や素材を残せるようにすると、ユウがほとんど知っている内容だ。
それでも静かに聞き入ってしまう。
神塔に入ると者は自由に出入りでき、決して他者を選んで制限することはない。どんな人であれ、入れる場所であると公言した。
どうか協力してほしいとかの神は告げた。
最後、今まで控えていただけの人々が何かを持っていることに気付いた。それはユウがチョコレートムースを入れたグラスだ。神秘的に光るきれいな器だ。
彼らがそれぞれフードを脱いだ。知らない顔が四人――そして左右の最後尾に特徴的な紫色の瞳を持つ金髪のボブカットの女性、小刻みにうねった黒い髪の男性が立っていた。元々は片目を隠すぐらい長かった前髪を、今は耳に掛けているようだった。
その二人を、ユウは知っている。
「バッ、ハ……―――ルーナだ」
重たいものが外れたように体が軽くなると、駆け出していた。
今まで呆然としているだけだった思考が急に冴え渡る。走っても走っても何故か距離は縮まらない。いや、走っている感覚すらないように感じた。
夢の中だから仕方がないのかもしれない。それでも足は止まらなかった。
「待って、ルーナ! バッハ!」
その声に二人が顔を上げたように思った。
ユウの足は不意にしっかりとした足場を力強く踏んだ。それからは走っている感覚が戻ってきて、遠かった二人との距離が縮むようになっていた。
二人がユウの姿に驚く姿に自然と涙が溢れてくる。抑えられないまま、溢れる度に袖で拭ってはまた濡らす。
思いの丈を語る。
皆が助かったのはルーナのお陰だ、地下の結界に縛られていた魂もあの世へ昇って行けたこと、あの密約書がラルフフローにとって致命的な証拠品だから催眠を掛けて自爆魔法を使わせたんだと、助けてくれたのにお礼を言えないまま別れして後悔したと泣きながら言って。
バッハには、どんな使われ方をした建物でも残っていてほしかったと皆が想っていたこと。皆にとってユウ達なんかよりバッハの方がずっとずっと誰よりもヒーローだったんだと泣いて訴えた。
それがようやく落ち着いてきた頃、ユウは抱き上げられるとその人物に額に手を添えられた。ふんわりと暖かくなった額から手が離れると、ライネスト教会の神像と全く同じの、ライネストの顔があった。
「我らが父の御子よ、憂いは晴れたか?」
「……はい」
「そうか。ならば、成すべきことを成すと良い。微力ながら力を貸そう――」
「クリス・フェオルディーノをぶん殴ってきます! ついでに廃嫡にしてきますね!!」
「ふっ……ケーリュケイオン、ライネスト教会のことは、そなたに一任する。教皇として我らが父の御子を存分に補佐するように」
そう彼が薄く微笑むとユウの視界が白くなって、やがて白く塗り潰された。
最後、ルーナとバッハからのお礼が、遠くから聞こえてきた。
誰かがそうポツリと呟くと、彼らは一様にバッハが独演した歌劇はすごかったと教えてくれた。
声帯を変えられた彼は地の声の他に、老いた老人や高音な女性の歌まで歌いこなしていたそうだ。
「いやぁ! あんなの見せられたら歌劇なんて上品な物に興味なくても行ってみたいと思うんだよなぁ!」
「分かる! 私も今度、見に行こうと思ってるんだ!」
すでに出来上がっているエルフの青年がそう笑えば、なら一緒に行くかぁ! とリザードマンと肩を組んで笑った。いっそのこと各地の歌劇を巡るかなんて言った誰かに同調する声が次々に上がった。
感性が違うであろう多種族達は、皆口を揃える。それだけ、バッハの歌唱力が素晴らしいものだったか垣間見える。
「バッハさんはあぁ思ってても、俺らにとってはヒーローだったんだけどなぁ……」
「そうだ、今度バッハさんの所に酒を掛けに行くかぁ!」
「だなぁ! バッハさんも酒うまいって言ってたからなぁ!」
酒の入ったカップを高らかに持ち上げると、同意した人達もカップを持ち上げた。それにユウも習う。
だからこそ思う。
あの日、素敵な建物でいたかったと吐露した彼は、一週間と数日という短い時間の中でたくさんの人に親しまれていたことを知っていただろうか?
◇◇◇
ユウは暗い場所に立っていた。
その先には深くフードを被ったローブを纏う七人の人。全員が淡く光っているようだった。服だけではなく、肌も白っぽく発光していた。その様が妙に神々しい。言葉を発してはいけない――そんな思いが極当然のように過った。
その七人はローブ鶴の羽のように左右せりだすように並んでいた。
一番先頭に立つ人物がゆっくり顔を上げる。
肌すら淡く光りを放ち、息を飲むほどの美貌。その荘厳な姿を、ユウは見たことがあった。ライネスト教会大聖堂の礼拝堂で見た、神像と同じ顔形だ。
彼は滔々と語り出す。
『この度は、皆の夢に干渉させてもらっている――』
自分達だけでは瘴気の消滅ができなかったと謝罪から始まった語りは、神塔の話へと移る。
神塔の構造を大きく変えること。神塔のモンスター達を倒せば食用の肉体や素材を残せるようにすると、ユウがほとんど知っている内容だ。
それでも静かに聞き入ってしまう。
神塔に入ると者は自由に出入りでき、決して他者を選んで制限することはない。どんな人であれ、入れる場所であると公言した。
どうか協力してほしいとかの神は告げた。
最後、今まで控えていただけの人々が何かを持っていることに気付いた。それはユウがチョコレートムースを入れたグラスだ。神秘的に光るきれいな器だ。
彼らがそれぞれフードを脱いだ。知らない顔が四人――そして左右の最後尾に特徴的な紫色の瞳を持つ金髪のボブカットの女性、小刻みにうねった黒い髪の男性が立っていた。元々は片目を隠すぐらい長かった前髪を、今は耳に掛けているようだった。
その二人を、ユウは知っている。
「バッ、ハ……―――ルーナだ」
重たいものが外れたように体が軽くなると、駆け出していた。
今まで呆然としているだけだった思考が急に冴え渡る。走っても走っても何故か距離は縮まらない。いや、走っている感覚すらないように感じた。
夢の中だから仕方がないのかもしれない。それでも足は止まらなかった。
「待って、ルーナ! バッハ!」
その声に二人が顔を上げたように思った。
ユウの足は不意にしっかりとした足場を力強く踏んだ。それからは走っている感覚が戻ってきて、遠かった二人との距離が縮むようになっていた。
二人がユウの姿に驚く姿に自然と涙が溢れてくる。抑えられないまま、溢れる度に袖で拭ってはまた濡らす。
思いの丈を語る。
皆が助かったのはルーナのお陰だ、地下の結界に縛られていた魂もあの世へ昇って行けたこと、あの密約書がラルフフローにとって致命的な証拠品だから催眠を掛けて自爆魔法を使わせたんだと、助けてくれたのにお礼を言えないまま別れして後悔したと泣きながら言って。
バッハには、どんな使われ方をした建物でも残っていてほしかったと皆が想っていたこと。皆にとってユウ達なんかよりバッハの方がずっとずっと誰よりもヒーローだったんだと泣いて訴えた。
それがようやく落ち着いてきた頃、ユウは抱き上げられるとその人物に額に手を添えられた。ふんわりと暖かくなった額から手が離れると、ライネスト教会の神像と全く同じの、ライネストの顔があった。
「我らが父の御子よ、憂いは晴れたか?」
「……はい」
「そうか。ならば、成すべきことを成すと良い。微力ながら力を貸そう――」
「クリス・フェオルディーノをぶん殴ってきます! ついでに廃嫡にしてきますね!!」
「ふっ……ケーリュケイオン、ライネスト教会のことは、そなたに一任する。教皇として我らが父の御子を存分に補佐するように」
そう彼が薄く微笑むとユウの視界が白くなって、やがて白く塗り潰された。
最後、ルーナとバッハからのお礼が、遠くから聞こえてきた。
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