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61話 闇オークション

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 闇オークション当日――。

 戻ってきたラセツ達が他に数人の鬼族の人を連れて来てくれた。
 最初はラセツが侵入者を手引きしたんだと殴りかかってきたが、返り討ちにして事情を説明すると何人もの鬼人が連中を嬲りに行けると志願してくれた。

 ヒュースウェル学園に通っていた件の鬼は『イバラ』と言って、変身能力を持っていた。彼女には捕縛済みのベラドンナ歌劇場のオーナーに化けてもらった。

 そして、その夜――。

 昼と夜の二部構成を夜の一部だけにして、一カ所に客達を集めた。
 人に気づかれることがないよう、開場を終えると共にエルフ達の幻影魔法と人避けの魔法が敷かれる。

 ザマァがどんな風になるか楽しみだったが、ユウは外待機だ。
 理由は、ユウみたいな子供がいる前で本気を出すなど躊躇ってしまうからである。

 顧客名簿が九割埋まった会場で、復讐の幕が上がった。
 彼らの手によって開かれた演目は悲鳴と怒号、そして彼らの憎悪が奏でる阿鼻叫喚の地獄だった。

 テーブルは倒され、用意されていた料理もぶちまけられて、あっちこっちに割れた皿やグラスが散乱している。
 リザードマンと獣人、それに鬼も混ざって大乱闘。逃げんなおらぁ! と怒りの声が舞う。逃げようとすればエルフと人魚族の魔法攻撃が舞う。美しいドレスを纏う女性から、品のあるタキシードからも血肉が舞う。

 暴力と断罪の嵐の中に場違いな歌が響いた。ラプソディアナの力強い歌声だ。
 女性特有の伸びやかな高音域のアカペラは地獄絵図と化した建物の中で彼等の報復を後押しするように響く。
 人魚達が秘蔵している歌にはバフ効果が乗る。今回はラプソディアナ直々に、彼らの力を引き出すための歌を歌っているのだ。

 彼女の口から紡がれる歌は、これからどんな困難があろうとも前へと進むことを止めないという希望の歌だった。

 そしてそれ以上に場違いな青年がいた。

 バッハである。絶望しかないスプラッターな光景の中で、現状と絶妙にチグハグな歌をうっとりと聞いているのだ。

 ラプソディアナに歌ってもらっているのはバッハがまたステージに響く歌が聞きたい――そんな彼の願いを、ラプソディアナは首肯してくれた。

 かくして、闇オークションは各国の被害者とお偉いさん達のお陰で、報復開始から数分で終了した。

 そして、レイリーンバッハの最終公演も。

 ◇◇◇

 各国の客達は転移魔法で各王城の地下牢まで直送され、フェオルディーノ国内の客は王城跡地にある地下牢に詰め込まれた。
 外で待っていたユウにその報告を終えると、バッハは微笑んで。

「ありがとう、神子様。ようやく憂いも晴れた。これで、安心してノーマン様の所にいけるよ」
「え?」
「ボク、近々取り壊される予定だったんだ」

 老朽化が進んでいて、オーナーは奴隷を売るための新しい歌劇場を建設に着手していた。

 彼は語る。
 レイリーンバッハよりも立派な歌劇場ができると皆そちらへ流れていった。三十年という短い間でこの歌劇場は幕を降ろした。

 買い手がついたのはノーマンが亡くなってからずっと後。
 奴隷の見世物小屋となり、歌など響かない、悲しみと憎しみだけが渦巻いて、それを嘲笑するだけの人々しか来なくなった。

 皮肉なことに、闇オークションとして再興したこの歌劇場はあの頃よりも人々で賑わっていた。 

 目を閉じれば今も人々の不幸な姿が、そしてその姿を見て優越感に浸る下卑た人々が鮮やかに蘇る。
 付喪神は喋れても誰にも聞こえず、実体もなく、何もしてあげられない。そんな思いを新築物件にさせるのはあんまりにも可哀想だ。

「ボクだって、素敵な建物でいたかったんだ」

 例え持ち主がやったことでも、自分まで手伝いをしているような気がした。
 だからこそ、最後の最後に被害者達を助けるチャンスが巡ってきた。

 これでノーマンに顔向けできる――新しい希望に向かって歩き出すような、そんな表情でバッハは言う。

レイリーンバッハここが、悪い場所のままで終わらずに済んだよ。それは神子様が来てくれたお陰だ――ここに来てくれてありがとう、神子様」

 ◇◇◇

 レイリーンバッハから火の手が上がった。ここのオーナーが地下に仕掛ていた魔法陣。
 これはレイリーンバッハに仕込まれているがゆえに、バッハの意思で強制起動が可能だった。

 それに連動するようにバッハの足元から火が燃え上がった。

 建物の右が半壊するのと同時に右肩からガラガラと崩れて落ちた。実体を持っているバッハの肩からは、木の梁のような物が何本も突き出した。まるで木製の人形のように。そんな彼の服も、黒い炭になっていく。

 まるで歌劇場から逃げようと窓や隙間から炎が外へと手を伸ばす。そうして瞬く間に炎は燃え広がっていく。

 大丈夫かと救出作戦に出てくれた人達が心配そうにバッハへと駆け寄ろうとしたが、彼の姿は忽然と消えた。

 いつの間にか建物の前に黒く焼ける彼の姿がある。敷地内を移動する能力も使えなくなっていた。

 きっと今の姿をユウ以外の人間が視ることはできない。

『そろそろ行くね』
「……君がいなくなると、寂しいです」
『そう言ってくれるだけでとっても嬉しいよ』

 彼はまだ残っている左腕を大きく大きく、何度も振った。まるでさようならとずっと言い続けているみたいに。

 建物が燃えて崩れ、頭が失くなっても、まだ残っているバッハの左腕が大きく左右に揺れていた。
 それもボロボロと崩れて落ちた。

「神子様、最後に一曲よろしいかしら」
「……うん」

 燃え盛るレイリーンバッハ歌劇場へ、ラプソディアナの独唱が贈られる。
 それは人魚達の葬式で使われる鎮魂歌。そして旅立つ我が同胞への餞。

 燃える炎の中から一筋の金色の光が昇る。それは流れ星のように闇夜を駆け抜けて、星空へと昇っていった。
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