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42話 主従の盟約・上

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 突然体が体重を認識したかと思うとアジュールの応接間。ついさっきまで夜だったのに外は明るく、太陽に照らされていた。
 呆然とする間もなくユウの視界にドアップで入ってきたラセツに意識は戻ってくる。

「ご無事ですか?」
「?」
「よし、お前はこっちだ」
「??」

 両脇に手を突っ込まれて持ち上げられる。わたざわざ背もたれを超えさせてソファーに座らされると、両サイドから両手をがっちり拘束された。

 右にエレノア左にフィーの両手に花。女性ユウが使うと違うだろうか。
 そして目の前にブロンドの髪とフィーの瞳とよく似たサファイアの瞳。一目見てクリスの血縁者と分かるその容姿。ユウは二回目だろうが自分は意識が朦朧としていたので初めてお会いするという文言。

「私はナイジェル・フェオルディーノと申します。此度は我が国に多大なるご助力を頂き、誠にありがとうございます」

 ◇◇◇

 ついに会いたくない奴と会ってしまった。
 挨拶を簡単に済ませると、ナイジェルはラセツの作った偽造文書を見せてくる。

「これを作ったのはそちらの、ラセツさんでお間違いないでしょうか?」
「? はい。ラルフフロー関係者? の方が見ても完璧だとお墨付き頂きました」

 何故か次々とどうやって作ったかまで聞かれる。ラセツのスキル以外に説明しようがない。
 見た目はクリスによく似ているが、口調は淡々と優しい声音のナイジェル。だが最後に眉尻を下げた。

「ユウ様がフェオルディーノ聖王国にご尽力下さっている事は、我々も重々承知しております。ですが、王族の書類を偽造するのは各国大罪に当たるものなのです。ちなみに製作者は大罪人です」
「へっ?!」

 ユウはピョンと跳ねたが両側の腕を拘束するに押さえつけられる。

「ち、違います! ラセツさんにお願いしたのは私ですぅううううーー!!」

 はっと後ろを振り返るとラセツの後ろにマサシゲが一応待機している感じだ。
「えぇ、存じております」とフィーに言われてちょっと落ち着く。

「今、ライネスト教教会と辺境伯の裏切りを明言する重要な証拠の数々を得られたのも分かっております。この件に関して、我がフェオルディーノ罪に問いません」

 ちなみに、とフィーは。

「こちらの偽造文書の製作方法に関しましては他国の方々も大変興味を持っていらしたので、周知させております」
「ぴっ?!」背筋に氷解が滑り落ちる。

 向かいでナイジェルが申し訳なさそうに何か言い始める。
 どうもその偽造文書の完成度の高さに今ここに集まっている各国の要人達が揃いも揃ってラセツの勧誘、あるいは引き抜こうとしているそうだ。ユウの友人という事で一旦収まったが、まず間違いなく里に帰す事ができないし、今までのように自由な生活を保証できないという。

《隷属の呪いを掛けるか、主従の盟約を施すかのどちらかせねばならぬ》
《何ですかそれ?! どっちもヤバイ奴じゃないですか?!》

 主従の盟約は上下関係を示す証のようなものだから、隷属の呪いと違って互いが同意の上、下った者は主人側からいくらか特典がもらえるものだ。ラセツにも念話が繋がるようになるよとお勧めされた。

 現在、ラセツを取り込もうとしているのは、エヴァンハルト帝国、ナスタシア、ガンブルグ竜王国、幻獣国家ユグドラシル。当然、フェオルディーノ聖王国からもだ。
 そしてこれらのどれかを断れば投獄である。

「え? 帝国に、皇国? 今、いつですか?!」
「お前を捕まえた翌日だ。時間なんざ無駄にできねぇからな」

 ガブリエルの動画は昨日、ザックが届けてくれた物を見ている。が、もうその前日――一昨日には既に要人二人の保護は完了していたそうだ。
 そして、ノーラを助けた際に発見した平民達を奴隷として売り払うために王城跡地に監禁しているという情報も獲得していた。

「現在はハッテルミー、第一騎士団、魔法師団長と他数名、ロイとジェイク、それにこのアジュールで立ち上げた自警団の人間を向かわせておる」
「フィー様には本当に感謝してもしきれません」
(優秀の域を通り越してチート)
「まぁ、国民の暴動までちゃっかり引き起こそうとしておる所がガブリエルらしいが、さてはてそこに偽造文章を持ってこられてのう」
「ぴ……」

 ラセツが引っ張りだこになっている状況。待遇を約束してもらって国のどこかに引き抜かれた方が幸せなのではとは思ったが、フィーには却下された。

 王族の作る文書には強大な力が宿る。
 その紙一枚で国民の虐殺も容認されるし、権力を握らせる。ユウがラルフフローの神子として今回情報を拾って来た時のように。
 ようは、ユウのせいである。

「ら、ラセツさんのスキルは確かにそういう方面に使われると恐ろしいでしょうが、元より汎用性の高いはずです。戦闘において最も発揮されるスキルですよね?」

 消耗品たる弓兵部隊においては重宝される事は当然の事ながら武器やその他防具といった

「まだ試してはいませんが、展開された魔法陣をさせたり、そこから展開できる個数、スキル発動範囲の検証はしましたか? 戦場おいて多大なる貢献が出来るとはお考えになりませんでしたか?」
《おい、ちょっと待て。何で押し売り始めてーー》
《神子様、もうちょっと詳しく》

 エルメラいたんだ、とちょっと思ったが、周りが止めないならもう少し提案しても良いかもしれない。

「マサシゲ様の国で御札ってありましたか? 陰陽師が使ってそうなんですけど……て、陰陽師って職業ありますか?」

 ラセツのスキルは招待状複製の際に、紙と文字、冊子に関しても完全複製が、更に本来なら非売品で特殊インクであるラルフフローの王家紋をスタンプするインクも複製できている。
 つまり、札の効果は分からずとも製作可能になれば多彩な戦術を期待できるのだ。

「陰陽師はいたが……俺が見たのはもう何百年も昔の話だぞ」
「あぁ紙媒体の魔道具の事ね? あれ面白いわよねぇ。魔道書だと魔法が発動しないのに、どうしてあっちの紙は魔力を流すと発動するのかしら」
「それは興味深い話だな」

 ヒュースの声にユウは首を回す。部屋の外で見張りをしていたヒュースは「つい」と笑う。

「元よりに認められている方々だ。外から拾う方法など山ほどある。神子様、ヒマリ様が持ち込んで下さった専門文書なら書架の奥にありますよ」
「あるんですか?! 見たいです!」

 手品のようにヒュースの掌に現れる。珍しい和綴じの本だ。「わぁ!」と本に手を伸ばすとエルメラがさっと取ってしまった。バサバサバサッとページを捲っていく。
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