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39話 ガブリエルという男

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 神話文字に部屋でベッドを覆うドームを作ってもらって、ガブリエルの頭にそっと手を触れる。目覚めなかった彼へ、『解』を唱える。そうすれば、頭部を覆っていた魔力がするりと消えていった。

 ガブリエルはぱっと目を覚ます。そしてユウとリートを見上げた所で、ユウがステータス画面を開けば唖然としたように口を開いた。

「ガブリエル・キングストン公爵、でお間違いないですね? 現在、フェオルディーノ聖王国で発生している事件についてご報告に参りました。今夜、お時間に余裕はーー」
「いえ、今すぐお願いします。神子様」

 寝起きとは思えぬほどの凛々しさで、ガブリエルはそう返答した。

 ◇◇◇

 現在、ユウ達が分かっているのはクリスが戦争を仕掛けようとしている事。

 ラルフフローも戦争準備のためにホープネスにラルフフローの兵を忍ばせている可能性が浮上している。

 ホープネスのライネスト教教会地下に設けられた血涙石を生産している場所を撮影してきたとスマホの画面を見せた。

 こちらで作られた血涙石が一時王都の大聖堂に預けられていた。これが恐らく第一騎士団に仕込まれた血涙石だろう。

「ここにはラルフフローと繋がっている密書、更に血涙石の生産はエヴァンズ・ベールモロー大司教が管理しています。密書に関しては百年前からあったそうです。これから撮影してきますね」

 闇オークションが開かれるのは二週間後の予定だったのを一週間と三日に急ピッチで変更した。

 場所はベラドンナ歌劇場。顧客名簿の流出が完了し、招待状も完成しているからそろそろ配布が開始されるはず。
 そして歌劇場にはラルフフローの密偵が出入りしている。今は全員捕まえている。

 そして、マジックバッグで運ばれた被害者達はアジュールで保護されているはず。
 セレナーディアは教会地下から奪還済みだ。

 これらの情報はユウ達が集めた情報だけで、現在アジュールに作戦本部が出来ているはず。そっちにはロイや国王のナイジェル、フィーもいる。策に優れている人が集っているからあちらの方が現状をより深く読んでいると思う。

「そうかそうか」微笑んでガブリエルはテレッと笑う。

「実はナスタシア皇国の要人とエヴァンハルト帝国の姫を拐って監禁していましてな。そろそろキングストン領地に監禁していた帝国の姫君に身代金を要求する予定だったのですよ」
「自分の家の領地でやらせたんですか?」
「色々手っ取り早いからね」

 身代金要求からラルフフローの奴隷商と繋がっている証拠を見つけさせるシナリオだった。この計画はキングストン家の領地で行なっている。闇オークションの隠れ蓑用の計画だったのだ。

 奴隷商と繋がっていてもラルフフロー側に問題はない。奴隷を公認しているからだ。
 だが人間を売り払おうとしていたのがフェオルディーノ王族の関係者であるのが問題である、というシナリオだ。

「エレノア様がクリスの婚約者だからですか?」
「えぇ。利用出来るならしてしまおうと」
「エレノア様、クリスから婚約破棄されてますよ」
「なるほど詳しくお願いできますか?」

 ニコッと微笑んだ姿は好々爺然としていたが、明らかに「何だとあの糞王子」と顔に書かれていた。詳しくは知らなかったので頭を下げる。

 ユウはスマホを取り出してナイジェルや第一騎士団がアジュールに集まっている事、エレノアも行っているので元気な姿を撮影させてほしいと言えば彼は了承して着替え始めた。

 試しにまず使ってみれば興味深いと感心したご様子。すぐに本番撮影だ。
 ガブリエルは滔々と語り出した。穏やかな口調で自分は元気にやっている、寧ろフェオルディーノより待遇が良いと冗談めかして言って、事件の詳細に移った。

 キングスカラー領には帝国の姫、キングストン領には皇国の要人誘拐を。

「そして、城の跡地にフェオルディーノ聖王国国民、並びに帝国の人間を何人かも捕まえています」

 公爵御三家を手伝わせる事で他国の不信感を煽る目的だ。そこに闇オークションをぶつけ、他国からの援助を断ち、信頼を失墜させるのだ。

 ラルフフローは過去、戦争で領土を拡大していった大国だ。エヴァンハルト帝国はフェオルディーノ聖王国が防波堤。

 帝国の人間と、姫の身代金誘拐はフェオルディーノと隣国でもあり、手を貸す可能性がある帝国と協力関係を結ばれないようにするためだ。

 続いてナスタシア皇国。聖王国からは遠方だが、『要人』というのが皇国の第四王子の婚約者である令嬢の父・外務大臣を務めている人物だ。暴力を振るって痛め付けてある。

 例えそれが個人的な犯行であってもフェオルディーノ聖王国の人間が要人の命と引き換えに婚約を解消しろという稚拙な脅迫文が届けばどうなるか。

 実は、ナスタシア皇国にあるドルイディーヴァ魔法学校に聖王国の第二王子・セオドアがに通っている。
 セオドアは強力な氷属性の魔法を使える上、魔力量にも恵まれていてラルフフロー側においても彼の参戦は戦争において脅威の一つだ。

 エヴァンハルト帝国側にその事件があったと流せば、その真偽が分かるまでセオドアを捕まえておいてくれるだろう。

「セオドア殿下は父の国王陛下とは不仲でしてね。魔法学校に通い始めてからは一度も帰ってきていないのです」

 セオドア殿下は絶対まともな人だとユウは確信した。

「それでは……」
「最後に、エレノア様へ励ましの言葉をお願いします」

「そうだったね」とガブリエルは寂しそうに俯くと、「婚約破棄されたと聞いたよ」と切り出した。

「私が至らず、あんな不良債権の粗大ゴミなんかと婚約させて悪かったと、心の底から反省している。お前は真面目で優しい子だ。あんな粗悪品では釣り合わなかったのは知っていたんだが……ーー」

 最早クリスは名前すら呼ばれていない。見事にクリスに該当しそうな廃棄物の名前ばかり挙がっている。
 すると、突然「あぁそうだ」と柏手を打った。

「すっかり忘れておりました。国民の不満はすでに最高潮です。そちらは何か情報を掴んでいるでしょうか? 扇動はしていませんが王城跡地に平民達を誘拐していますから、解放する時は十分にお気を付けて下さい。下手な解放の仕方をすると寧ろ彼らの怒りを焚き付ける事になるでしょう。暴動を起こしてくれれば良いとは思っていたので武器も少し流してありますから」
《この爺ちゃんヤベェ》
《すごいですよね、ガブリエルさん。彼がやる事は見ててどれも楽しかったんですよ!》

 リートは目を輝かせて興奮したような口調の念話が飛んできた。
 ラルフフローを引っ掻き回しておきますとガブリエルは締めくくった。
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