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35話 ライネスト教会地下

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 夜、再びユウは黒狐を伴ってーーあと二人も一緒に教会へやって来た。人気がない事を確認して、ルーナを顕現させる。

 不思議そうにしていたが、簡単に能力を説明すれば慌てたようにユウを掴んで連れて行ってくれた。ちなみに二人は置いていかれた。

 瞬間、一気に鼻腔に襲い掛かってきた。それだけではない、頭上から感じる気配におぞましさも覚える。吐き気を催した所で、暗闇が晴れた。ルーナがこの部屋の明かりを点けてくれたのだ。
 床に放置されるように倒れている人々。ほとんどがボロボロの服を纏っている。

「オリビア!」

 彼女は人々の隙間にある通路を駆け寄って行った。ユウは一歩踏み出して何人かが肌を黒く変色させて立っている事に気付く。

(透けてる)
《霊魂でございますね……》

 霊魂達は張られている結界のせいで天上へ帰れないようだ。そこに立っている人達は未練を残して怨霊に近い存在になっているという。悲しそうに教えてくれた黒狐の頭を撫でて、ユウは今更「そうだ」と切り出す。

「君の名前を決めたんだよ。『あかつき』で、良いかな?」
「アカツキ!」

 嬉しそうに与えられた名前を何度も復唱する。どうやら気に入ってくれたようだ。はしゃぐ黒狐、改め暁に、この部屋の空気の悪さに二人は来させられない。安全な場所に隠れているよう連絡を頼んでユウはルーナの手招きする元へ。

 ルーナが跪いているすぐ傍にはシスター服を身に纏っている女性。息苦しそうに横たわるオリビアの傍らで、ルーナは彼女の手を握って励ましの声を掛けていた。

 聖女と彼女を守ろうと寄りそう女性騎士のようだった。

 ◇◇◇

 ユウが建物に触れた途端に発せられた黄金色の光。雲の隙間から差し込む陽光のような輝きを天へと伸ばす。黄金色の光は次第に人間の姿を形作っていく。

 その神々しさにカシスとラセツは目を奪われていた。
 オーブが舞い踊り、黄金のオーロラがたゆたう。神子から迸る圧倒的な魔力量。今まで見た事のない黄金色の輝き。
 神が地上に現れる時、きっとこんな光景なんだろうーーそう思うほど神々しく、幻想的だった。

 このような奇跡にも近い力を使う方に、今自分達がお傍にいる事を許されているのだと引け目すら感じた。

 ユウが金色の輝きの中から姿を表した女性神官と共に消えてから何分経っただろうか。暁が現れて、ようやく意識が覚醒した。名前をもらって大層喜び自慢してから、ユウは地下の被害者達に回復魔法を施していると報告する。

 それならカシスも手伝えると申し出たが暁は首を振った。強い呪力の中に二人を入れるのは危険だと判断したためだ。

「予想より被害者は多いです。準備に取りかかっていてもよろしいかと」
「分かりました!」

 カシスは宿屋へ戻って行った。カシスはエルフだけあって魔法技能も高く、多彩だ。回復魔法も使えるとは。

 一方でラセツは隠密能力はあるものの、他の志願者達と比べて魔法は中級程度。鬼人族の隠れ里では、スキルも大したものではないと見下されていた。体術は磨いたが、やはりスキル持ちの鬼人には全く及ばなかった。

 それでもユウは闇オークション関連の補佐や調査、売り払われた同胞達の生存確認のために上級者達を残し、ラセツを同伴者として選んでくれた。

 理由が『種族』と聞かされていないラセツは余計に焦燥に駆られた。
 ユウは自分達を助けるために、そして忌まわしい犯罪者共に報復のチャンスもくれた。このまま何もせずにいて良いのかーー。

 暁がいなくなるとラセツはその場に立ち尽くしているだけの自分に歯噛みした。
 無言で自分のステータス画面を開く。青い画面に浮かぶ、固有スキル『複製』の文字を、睨んだ。

 ◇◇◇

 ユウは全員にも治癒魔法を掛けた。胸糞悪過ぎる光景だった。中には母親と連れて来られ子供もいて、ずっと女性の腕にくっ付いていた。

 彼らが何をやったんだと怒り猛る事ができれば人間らしかっただろう。
 ただ、これだけの被害者を目の当たりにして、彼らが特に何もしてないのはユウの中で確定していた。

 至極くだらない理由で、断罪という名の難癖をつけられたのだ。自分達の偉大さを示し、金を得る。たったそれだけの理由でここで命を殺している。
 学校や職場であるの延長線でしかない。度が過ぎると「下等なんだから殺していい」になるだけだ。

 信仰している神様を自分達の都合の良い玩具として利用している。名前を借りている罪人だ。

 案の定その通りで、オリビアはこの地下施設を見て問い質しただけでここに入れられたそうだ。

 ならばこちらは正々堂々真正面から破滅エンドをお送りする所存である。室内全体をスマホで撮影していくと元凶であろう血涙石がそこかしこに散らばっていた。

 戻ってきた暁はカシスを衣装作りに向かわせてくれたという。
 霊魂にカメラを向けてみると画面に写り込んだ。私服の男女の他に、騎士らしい出で立ちの幽霊が何人も立っていた。金ピカ鎧ではないから聖騎士ではないだろう。

「ユウ様、彼らを顕現して連れ出してみてはいかがですか?」
「え? 顕現って付喪神様達だけじゃないの?」

 おや? と黒狐はきょとんとした声を上げる。

「私、『あらゆる霊体』と申し上げていませんでしたでしょうか?」
「……」

 視線を上向けたユウは記憶を掘り下げる。
『あらゆる霊体をこの世に具現化させ、擬似的な生命を与える神スキル』ーー確かに、そう言っていた。

 ユウは一番近くにいた栗色の髪の男性に触れる。霊体のはずなのにすり抜けることなく空気の塊に触れたような感触を覚えた後、あの黄金色の輝きが昇り始めた。

 俯いていた男性は緩慢に顔を上げ、髪をゆらゆら揺らし、濃紺の宵闇の色をした瞳を見開いてユウを見つめていた。

 あの黄金色の光が宿ったのを確認して、呆然としている男性の服の裾を引っ張りながら、ユウは問い掛ける。

「私はユウと申します。貴方のお名前は?」
「わ、たし……?」
「はい。貴方のお名前です」

 彼はしばし戸惑っていたが、はっと顔を上げて辺りを見回した。死屍累々と倒れている人々を見て、顔を青く染めた。
 それから、悲しげにユウを見下ろす。
 
「私は、リアム……リアムーー」
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