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26話 長い一日の終わり

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 星空が、流れるように頭上を通りすぎていく。

 あの後、「詳しく」と笑顔が酷く恐ろしい一言を放ったロイ。
 ハッテルミーはユウも大して覚えていないクリスの一方的なそしりを一字一句違わず、楽しげにケラケラと話した。神様からのプロテクトをステータスに記載がない無能だと吐き捨てれば大層こめかみにビッキビキ青筋が浮かんだ。

 ロイは努めて笑顔を浮かべていたが、家宝を勝手にユウへ横流ししたという事実を知った途端にブチ切れた。

 ーー成る程あの汚泥共ふざけんなーー

 ロイはノンブレスで吐き捨てた。ビビッている間にユウ達に渡す物があると部屋を出て戻ってきた彼は、リボンで丸めた羊皮紙とポケットの中に入れていた懐中時計をユウに渡した。

 日本の家紋のように丸の中に桜というとてもシンプルな模様が浮き彫りされている。これがキングストン家の家紋だ。懐中時計を持っていれば聖王国の三大貴族である『キングス』から力添えをもらえるという。

 その御三家の一角である『キングスカラー家』への応援を要請を託された。羊皮紙はその旨をしたためた物だ。

 ユウはマーサから受け取った夜食を食べる。バタバタしていて、実は全然何も食べていなかったのだ。
 中はサンドイッチだった。野菜がたっぷり挟まっている。噛り付くと……ーーガリッ。

 一瞬ラスクかと思ったが、ハッテルミーはうまいうまいと食べている。どうやら乾パンに野菜や肉(味付けは塩のみ)を挟んでいるらしい。思いっきり口の中の水分を持っていかれた。
 夜食は四苦八苦しながら食べ終えた。

 ◇◇◇

 血涙石の話や、人身売買が予想される会場の話などしているか間に王都に着いた。

 ユウ達はエレノアとクリスが通っていたヒュースウェル学園へ。ちなみに黒狐に教えてもらった。築三百年以上。当然、付喪神もいらっしゃる。劣化しないという伝説の木材『世界樹』で作られているため、基礎や建物の基礎的な部分すら改修工事の必要がない。

 何でそんなに知っているのか尋ねると、ユウの生活を全面的にサポートする一環だと仰った。明らかにユウのような凡庸に見合わないハイスペックさだった。

 広大な敷地に緑豊かなそこにはとても広い、二階建ての校舎がある。ユウが通っていた学校など比べ物にならないぐらい大きい。奥には訓練所が二つ。西側には男女別の学生寮と教職員寮。

 本校舎の真正面に降りると、その大きさは圧巻だった。ユウなんぞ一生通えなさそうな高級感と重厚感のある建物だった。

 そこへすぐに、アカデミックガウンを纏う端正な顔立ちの男性が現れた。つり上がった瞳にモノクルをかけ、冷徹な知的さを兼ね備えた無表情はなかなか怖い。チョコレートのような茶色い髪を膝まで伸ばしている。
 付喪神の特徴である影もない。夜に浮かんでいるようにハッキリクッキリ見えた。

(付喪神って、光ってるんだ)

 その彼はユウ達を値踏みするように見据えていた。

「ヒュースウェル学園の付喪神様でいらっしゃいますか?」
「そうでございます」

 黒狐に城で展開してもらった青い模様の結界を張ってもらう。それを見上げてすぐ、彼は目を丸くする。

『これは、神話文字?!』
「しんわもじ?」
「はい。我々が普段使用している文字ですね」

 つまり神様達が使っている文字だ。ユウは入口の柱に触れる。見慣れた黄金色の輝きが彼を包み込み、彼の中に消えていくと、神話文字で出来た結界は解かれた。

 夜に馴染むように闇を纏って影を得た。彼が何事かと固まっている隙に手をちょんと掴む。黒狐が実体を得たのだと説明を聞けば合点がいったように「成程」と一言。

 思い出したように懐中時計を見せれば、キングストン家の使者という事で敷地内を案内を申し出てくれた。黒狐は建物の付喪神には敷地内であればどこにでも一瞬で移動できるという。フィーが突然部屋に現れたのもそれのお陰であった。

 フィーには言う時間がなかったが、今の顕現状態であれば触れている者も物も敷地内全域に連れて行けるようになっている。建物の付喪神は敷地内全域が見渡せるだけでなく、敷地内にある物であれば、手元に引き寄せたり、それを移動させる事も可能だと言う。ただ、それらは全て敷地内のみだそうだ。

「それと、敷地の外に出られます」
「本当か?!」

 次の瞬間、彼はユウとハッテルミーを共に城門前まで連行すると門扉をがしゃんと開いてしまう。手で触れていないし鍵はどうした。すると彼は門から一歩でて、くるりとガウンを翻した。

「出られている!」
(一歩だけなんだよなぁ)

 ◇◇◇

 現在、夏季休業中で人はほとんどおらず、その中でも誰もいない教職員寮の一室に案内された。設えてある家具なんてホテルの備品によく似ていた。

 ユウはここに来た目的をーークリスの悪行の情報収集をしにきたとペロッと話す。
 しかしソファーに座ると、疲れがどっと出てきたのか途端に眠たくなってきた。

「あの脳内ドブ沼の王太子の、か」
「ドブ沼……」
「汚泥と糞尿で腐ったドブだ。アレは感染するから近付かない方が良い」

 とてもお怒りでいらっしゃるヒデェ言われようである。ちなみにハッテルミーは腹を抱えて笑った。

「にしても、君はアザールそっくりだな」
「アザール様の事知ってるのか?!」
「あぁ、声もそのままだ。ちゃんと卒業していればヒュースウェル学園の第三十二期生だったろう」
「アザール様は学校系転々としてたらしいからなぁ! 俺、アザール様の所にいたんだよ!」
「そうなのか。これは、珍しい巡り合わせもあったものだ」

 クリスの悪い情報を集めなくてはいけないのにと足掻いてみたが、赤ん坊が手を押し返す程度の抵抗は凶悪な睡魔の強襲によりとっとと夢の世界へ連れて行かれた。

 一方でハッテルミーとヒュースウェル学園の付喪神・ヒュースはアザールの話に花を咲かせる。

 ユウの長い長い一日が、終わった。
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