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13話 魔物

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 マサシゲから降ろされると、ユウは赤い双眸が見下ろしているのに気付いてぺそっと正座した。腕を組んでいるから怒っているのは間違いない。

 向かい側にいたクロードが一回の跳躍でこちらに降り立つと、マサシゲを覗き込んでからユウの隣に同じく膝を折って座った。

「いや、お前まで何で座ってんだ」
「? そういう事ではなかったのですか?」
「いやお前に聞きたいことはあっても説教はねぇ。ユウ、お前だ」
「はい」
「何で怒ってるか分かってるな?」
「……面白くなっちゃって」

 腰を降ろしたマサシゲがユウの額にベチン! とでこピンを食らわした。

「デカイ魔法が楽しくって落としたのは分かった。だが、それが問題だ」
(((楽しくてあれを落とすんだ……)))

 本来、瘴気は光属性の魔法でしか浄化できない霧状の魔素だが、神塔を介して瘴気をモンスター化させることで神塔は溢れる瘴気を消費し、倒せば瘴気が消失するようにしてくれている。

 ただ、モンスターの性能を有している魔物は、自分達の弱点になる魔法属性の残滓が色濃く停滞している場所には近付かなくなる。今回、ユウがぶっ放した光属性は魔物全般において弱点属性。だから、魔力の残滓が消えるまでは奥側へ逃げるようになる。

 そうなると、森の中で形成されている縄張りに魔物が侵入し争い合う。ランシェルの森のモンスターより魔物は強い固体が多いため奥へ逃がすと、モンスター達を倒して凶暴な魔物に進化して出てくる可能性がある。

「今回の例はフェンリルだ。あそこで倒れてる巨大な銀狼みたいに強いモンスターが出てくる」
「?」
「本当に強いんですかみたいな顔すんな。強いんだよ。こんな所に出たら森の生物が食い尽くされて全滅するんだよ」

 本来なら極寒の地に生息するフェンリルは風と水属性の魔法が使えるモンスターだ。だが、全属性に対して耐性がある。魔法全般が効きにくく、更に毛皮と皮膚も物理攻撃も効きにくい。本来なら会ったらまず苦戦するーーだから、さっきみたいにたったの数十秒がケリが着くモンスターではないのだ。

「?」ユウはこてんと右に傾いだ。
「……あぁ、うん。いいや。それでなクロード、お前何やったんだ」
「? 何をやった、とは?」同じく右に首を傾げた。
「いいや、お前は首を傾げんな。フェンリルの目ん玉殴った時に何かしたろう。その直後にベリッておかしな音聞こえたんだぞ」
「「あぁ!」」

 ユウはともかく、何でクロードまで思いついたような顔してんだとマサシゲは半眼になる。仲間達の応急手当を終えたサイラス達もピシッと背筋を伸ばし、正座した状態のクロードが地面に文字を彫る指の動きを見守った。

 地面に出来たのは一つ。何を書いているかさっぱり分からない模様だった。

「こちらの、『引き剥がす』という意味の刻印を使用しました」
「「「「「はぁ?!」」」」」

 驚くサイラス達の向かいでマサシゲは「あ?」と半ギレ。マサシゲはフェンリルを登っている途中で二度も滑ったのだ。この意味の分からない模様一文字でそんな事になるなど到底信じられなかった。
 一方で、ユウは拍手を打った。

「なるほど! 生皮を引き剥がしたんですね! だからベリィイッと!」

 クイズの正解を引き当てた感覚でいるユウは周りが一気に青褪めたのに気付いていないが、クロードはそれを認識している上で気にせず「えぇ」と肯定した。

「フェンリルのようなモンスターは高級素材になるので、攻撃時にはこちらの文字を打刻し、皮を剥ぐ手間を省くと良いと神使様が教えてくださいました」
「シンシ?」ユウが首を傾ぐ。
「黒いお狐様の事でございます」
「あ! そういえば私、まだお名前聞いていませんでした。シンシさんという方だったんですね!」
「おや、そういえば私もですね。後程改めて神使様と紹介し合なければなりませんね」

 認識に齟齬が生じているが、この場に誰一人として突っ込む人間はいなかった。
 フィーからそろそろ向かっても良いか確認の念話をやり取りして、マサシゲは後ろで集まっているサイラス達を見上げる。

「で、お前らは何一緒になって聞いてんだ」
「あっ! あはは~……」
「それだけ元気なら大丈夫だな」
「あっ。お兄さん達にも自己紹介が遅れました。私は、ユウです」
「私は柱時計のクロードと申します」
(((((柱時計?)))))
《ユウ様ぁー!》

 黒狐からの念話だ。ばさっ! と羽ばたく音がして、ユウは顔を上げる。真っ先にジェシーが「ヘンリー!」と歓喜の声を上げた。

 血塗れのペガサスの口に加えられた犬がプラーンとぶら下がっている。その隣、黒狐は階段があるように駆け降りてくる。一瞬、体が大きくなっているように見えたが、それは黒狐がオウムぐらいの大きさの黒い鳥を口にくわえているからだった。

 ジェシーはヘンリーと再会を喜びながら抱き締める。ペガサスはというとユウの方へやって来て頭をがぶっとした。臭いし痛かった。

「魔法の加減をちゃんとしろとのことです」と黒狐が言うとペガサスはヒィーンと鳴く。
 ヘンリーを口にくわえていたのはきっと、ペガサスが助けに行かなければユウの放った魔法に巻き込まれていたからだろう。
 だからこそ、わざわざユウに注意するつもりで頭をかじったのだ。

「ペガサスさん、ヘンリー君を助けてくれてありがとうございます。今度から気をつけますね」

 ブルルルル、と口を震わせると、ペガサスはサイラスの顔をペロペロと嘗め始める。ユウとは圧倒的接し方の差だったが、お許しはいただけたらしい。

(この人達を助けたくて、ペガサスさんは走ったんだなぁ)

「おわ?! ちょ、まっ!」とサイラスはペガサスにたじたじといったご様子だ。
 その健康的な舌に黒い模様が見えた。
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