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10話 シンオウトウの付喪神

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 足に、背に、腹に、翼に噛み付かれてダラダラと鮮血の量は増していく。
 それでも一体、また一体とウィンドウルフ達を黒い霧へ変えていく。水魔法も同時に使用し、水球が発射されて頭が肉片になって無くなったり体に穴を開けて、霧になってしまう。

 馬車を引くためのくびきながえが邪魔そうだ。
 ユウは急いで二つの轅に風の槍を落とす。風槍と漢字を描けば、その文字は緑色の渦を巻いて轅に落ちた。ペガサスに当たらないか心配だったが、無事に二つの轅は割れて天馬は自由を取り戻した。まだ軛と繋がっている折れた轅を引きずりながら大きく足を持ち上げて、踏みつけながらウィンドウルフを更に苛烈に迎撃していく。

「あっ! お前、何を!」

 御者はユウに向かって怒ったようだが、現れたハッテルミーによって首根っこ掴まれた。

「よぅ、旦那様。ちょっくらこれについて話を聞きかせてくれよ」

 ハッテルミーはわし掴んでいるショルダーバッグを揺らすと御者は「あぁっ!!」と顔を真っ青にする。黒狐の言っていたバッグの事だろう。

「連れてくぞー」
「はーい、お願いします」

 降りてきた絨毯に御者を投げ、ハッテルミーも軽やかに乗り込んだ。絨毯は飛び去って行く。
 軽やかに動き続けるクロードと銀線を空に刻みつけるマサシゲ。よくよく見れば彼は赤い双眸を閉じている。

 自由を得たペガサスは蹴り飛ばしながらウィンドウルフ達を霧にすると、駆けながら飛び立った。空中の階段を登りながら木々の高さを超えて旋回すると、ユウの元に駆けてくる。

 飛行の優美さに目を奪われていたユウは、飛んでいるペガサスが何をしたいのか全く気付かなかったーーその白き天馬は、今まで自分が荷運びしていた馬車に突進したのだ。
 少女に成り果てている軽い体は、その衝撃を受けた荷馬車からポーンと投げ出された。

 飛びながら「あ」と思う。しかし素早くユウの服の首根っこを噛んでキャッチすると、ぽーいと上に飛ばす。

「へあ?」

 体の天地が逆さまになりながら上がり切り、落下が始まった直前、ユウは下から颯爽と掬い上げてきたペガサスの背に受け止めらた。
 ヒィーン、と一つ鳴くとペガサスは翼を羽ばたかせて走り始める。

 マサシゲ達から遠ざかって行っていると気付いたのは、彼等の戦闘の音がまるで聞こえなくなってからだった。

 ◇◇◇

「おい! アイツ何でペガサスに拐われてんだ?!」

 マサシゲは切り伏せながら思わず突っ込んでいた。横転した馬車に逃げ損ねたウィンドウルフが何体か潰され、自分も危うく巻き添えを食うところだった。

 蹴り飛ばしたクロードからこちらは終わったと念話が飛んで来る。

《あのペガサスを追ってくれ!》
《畏まりました》

 クロードは駆け出す。世界の短距離走選手もビビる程の土煙を巻き上げて。

 マサシゲは飛び掛かってきたウィンドウルフを回転しながら切り払い、大きく飛んで彼らから距離を取る。クロードが走り去った側に背を向けて。

 まだまだ森からウィンドウルフ達は出てくる。

「おもしれぇ!」

 大量の獲物が沸いて出て来た。そう思うと体が沸騰するようにマサシゲは高揚感を覚えた。
 中段に構えると、マサシゲは一斉に飛び掛かってきたウィンドウルフ達に飛び込む。右、左に、三日月に振り上げて袈裟に切る。その一太刀一太刀でウィンドウルフは一匹一匹雲散霧消する。両サイドを抜けようとするウィンドウルフには背後から飛び掛かるように切り付け、着地した片足を軸に回転して、反対側のウインドウルフを。

 数で圧勝のはずのウィンドウルフ達は銀線が三日月を描く度に消えていく。一斉に四方八方から飛びかかってもマサシゲは避けてウィンドウルフ達同士で激突した所を一瞬で切り裂く。

 黒髪を着物を翻しながら一切の無駄なく剣戟を放つマサシゲの姿を見ていれば、剣舞を舞い踊っているように見えただろう。三十ものウィンドウルフ達すら、決められた通りの動きで迫る配役であるように黒を翻し、紫の霧が白くなって散っていく……ーー。
 たった数十秒で、ウィンドウルフの実に八割が消え去っていた。

 彼には目が幾つもあった。否、刀そのものがマサシゲにとって『目』であった。

 刀から見える世界はどれだけ素早く動かされようとも景色を捉えて見落とす事はない。実体を得た体では視界は狭く、見慣れた視界の方を頼ったのだ。振り上げられた直後には後ろから飛びかかるウィンドウルフが見えた。だから避けれたのである。

 付喪神としてオウカの形を得る前のように、己自身に委ねたのだ。

 それだけではない。長く宝刀として安置されていたがマサシゲには武器として敵を屠り、戦闘を眺めてきた日々がある。その頃に見た景色から敵の接近時間をおおよそ予測する事ができた。加えて己自身を自由自在に動かせる体を手に入れた。

 過去に握って戦った歴代キングストン家の戦士よりも、初代でありシンオウ国から自分を持ち出してくれたオウカよりも、今マサシゲは自由に、そしてそれ以上の力を発揮していると感じている。

 グルルっと歯を剥き出して唸るウィンドウルフ。ここまで減ってもまだ戦意を宿してマサシゲを睨み、一歩踏み込んだ。

《こちらユウ。緊急連絡です。緑の狼達に襲われている集団あり。荷馬車の護衛に当たっていたと思われます。編成は六人。全員負傷している模様。繰り返します。緑の狼達にーー》

 冷静に淡々と、マサシゲに、クロードに、他の付喪神達に伝令を繰り返していた。アジュールへ向かう道の先……自分達の進行方向先。
 仲間が減り、残りわずか五匹程になった所で、ウィンドウルフ達は森の奥へ逃げていった。

(……ウィンドウルフ共……何で攻撃してこなかった?)

 己をしまいながら疑問が頭を過る。
 確かに今、他の所でウィンドウルフに襲われているという連絡を受けた時、マサシゲは動きを止めた。
 ならばそのチャンスを狙えるのがモンスターという存在だ。敵が隙を見せた瞬間こそ狙うべきーーもはや本能に近い。歯を剥き出し唸っていながら、マサシゲから目を離さず睨んでいながら、後退どころか足を踏み出しておいて、攻撃を仕掛けてこなかった。

 マサシゲは踵を返して走り出す。先にクロードを向かわせた方へ。

(指示を出している奴が……? しかし、遠吠えはなかったし……でも、そうだとしたらあのペガサス……)
《クロード、神子様、気を付けろ。そのウィンドウルフ共に指揮を出してる上異種がいる》
《畏まりました》
《りょー》

 ユウの了承の言葉が軽すぎる。

《神子様、もう少し真面目にですねーー》
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