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9話 戦闘開始

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 馬車に降りてマサシゲがテキパキと指示を出していく。あらかじめ念話で戦闘ができそうかと見繕いながらだったが、黒狐曰く、

《顕現された皆様はユウ様と同じぐらい頑丈です! 戦闘に向き不向きはありますが殴る蹴るの物理攻撃は強く、皮膚も人間の物とは違うので牙も爪も通りにくくなっております!》
《え? 私いつそんなに常人離れしたの?》
《さぁ、チュートリアル戦闘ですよ!》

 どこでそんな言葉を覚えてきたのか是非とも聞きたいなとユウは他人事のように思った。

「ところでユウ様、魔法使ってみたいですか?」
「はい!」
「魔法はですね、だいたい念じれば出ます」
(説明雑だな)
「ユウ様の想像力ーーヲタクの妄想力であれば魔法を行使する事は可能ですよ!」
「何で言い直したんですか?」
「あっ! オタクの想像力に自信がないのでしたら、ゲームやアニメで使用された呪文を唱えると良いですよ!」

 何故かと言うと、詠唱は魔法を行使する際に必要な想像力ーーかつて見たものを想起させるのに最も適しているからだ。
 音楽療法に近い。認知症患者が覚えていた音楽を聞くと、曲名やその音楽を聴いていた時のことを思い出すことがあるという。
 この世界の魔法師は、先生や師匠が使った魔法の威力や光景を五感でインプットし、詠唱を使用することで思い出しやすくするという形だ。

 つまり、魔法陣や詠唱の中身が間違ってても、想像している物があってれば魔法使えるーー俗に言う『無詠唱』だが、高難易度だ。

「荷馬車は俺と神子様、運搬係のハッテルミーで行く。後はーー」
「え? クロードさんは? スキル『打刻』ですよね?」
「? そうでございますが」
「打刻には硬い物に刻み付けるって意味もありますよね?」
「そう、ねぇ?」くいっとエルメラが首を傾げた。
「刻印系の魔法とかありませんか? ルーン文字みたいに物に刻み付けて効果が発揮される感じの」
「それでしたら、私が戦闘に使えそうな刻印を伝授しましょう!」
「……クロード、お前もこっちだ」
「畏まりました」

 あの、とエレノアが一歩踏み出した。

「私、治癒魔法が……」
「怪我人をハッテルミーに運ばせます。こちらで治癒を」
「……」
「モンスターから離れた所で治療した方が怪我人の精神的な負担が減ります。私ではできませんから」
「……分かりました」

 寂しそうに杖を握るエレノアにフィー達を頼むと言い残して、マサシゲも絨毯に乗り込む。浮かび上がって、絨毯が滑空を開始する。城の中で体験した風圧よりもより強い風が打ち付ける。

 黒狐はクロードの頭の上に飛び乗って、戦闘に使えそうな刻印を記憶に刷り込むという強硬手段を取る。

『ハッテルミー。到着しましたら、一度霊体化して荷馬車に侵入し、マジックバッグを回収してから御者をエレノアの所へ連れて行って下さい」
「マジックバッグか? 分かった」

 マジックバッグーー亜空間を作り出し、見た目よりたくさん物を入れられる魔道具だ。時間もほとんど止まるので生モノなどを長期持ち運ぶのに適している。

 ガウッ! と犬のような鳴き声が聞こえた。近付くにつれてカエルの合唱みたいに次々と吠えている。馬が悲痛な嘶きを上げて、必死の抵抗が伺えた。

 ようやくユウも荷馬車が目視できた。ユウは荷馬車なんて映画ぐらいでしか見た事がないため正確な判断は出来ないが、元の世界で百六十センチあったユウより大きいだろう。その荷馬車の上に逃れている御者の姿が見えた。

 その馬車の周りを、何十匹もの薄緑色の狼ーーウィンドウルフが囲んでいた。前方に集中している。恐らく馬を襲っているのだろう。

「完了しましたよ、クロード。私は別の用事がありますので少々離れますね、ユウ様。くれぐれも面白がって大きな魔法は使わないよう心に留めておいて下さい」
「はい」

 注意の仕方がおかしい気がする。調子に乗って、ではなく面白がって、というのが何とも。分かりましたとは答えておくが、大きい魔法って太陽ぐらいのだろうか。
 疑問を抱いているのが分かったのか、黒狐は馬車より大きくしない事、直径五メートル以内にと詳しく指定された。

 荷馬車のほぼ真上に到着すると、マサシゲとクロードは同時に左右へ飛び降りた。ハッテルミーは霊体化して落ちたのだろうが、絨毯の上でユウだけ一人取り残された。

 色々試したい呪文や詠唱はあるが、ユウは慣れ親しんでいる『漢字』で試す。目を閉じて一文字を思い浮かべる。すると、目蓋の裏にクッキリと緑色の文字で『飛』の文字が浮かび上がった。それに驚いて目を開くと、目の前に『飛』の字が光って浮かんでいるではないか。

 感動している場合ではない。何となくコツは掴んだので『行』の字を追加して、『飛行』の文字にする。浮け! と考えてみると、ふわりと浮かび上がった。

「!!!」

 左右に少し動かせば、ユウの意思で動くのも分かった。夢の中で見た、空を飛んでいるみたいに体が軽い。

 早めに降りていく。もう、下では狼の「きゃいん!」という悲鳴が上がっているからだ。
 マサシゲはさすがというべきか、刀でバッサバッサ切り捨てている。ウィンドウルフは紫色の霧が白くなって霧散している。だが反対側では高年の見た目に反してクロードが素早い動きでバカスカ蹴って殴って拳骨を落としている。キレッキレに踊っているようだった。

 だが、獣臭さと鉄錆びの臭いが鼻を突いて覗き込む。助けてくれぇ! と悲鳴を上げている御者はではなく、馬の方だ。

 その時、バサッ! と白い翼を広げた。天馬・ペガサスだった。毛並みを血で汚しながら飛び掛ってくるウィンドウルフ達を果敢に蹴散らしていた。

 ◇◇◇

 荷馬車に降りたハッテルミーは薄暗い中を見渡す。暗視にも対応しているようで、暗くてもどこに何が置かれているのかはっきり分かった。
 迷いなく黒狐に頼まれたマジックバッグであろう鞄を手に入れた。

 ハッテルミーは半かぶせの蓋を開く。ステータス画面と同じ、魔素粒子で出来た画面が浮かび上がった。そこにはたくさんのボックスが整列している。
 ハッテルミーは中の『物』を見て、双眸を見開いた。それからクツクツと笑う。

「いやぁ、これは……よく考えたなぁ?」

 そこには目を閉じている顔ーー角が生えている女性や、耳の尖っている金髪のエルフっぽい男性、顔が整っている人間の女性などが表示されている。

 そのうち、見た目がドラゴンのような亜人が映っているボックス欄を長押しする。
 ボックスの一つを長押しする。

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『ロベルト・エルクリード』
  種族:ドラゴニュート
  出身国:ガンゼルグ国
  状態:全身麻痺
     重症(生存)
     隷属(奴隷)
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