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6話 再会

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 祐希が家にお邪魔するより先に入り込んでいたマサシゲとデスク。ガブリエルの執務室に到着したものの、銀糸の髪を垂らす先客の姿があった。

 キングストン家の令嬢、エレノア・キングストンだ。ある一角を向いて俯いていて、引き出しを開けられずにいた。

 彼女の視線の先には細長い箱が置かれている。蓋はガラスで出来ており、柔らかな綿を詰められた上に紫のシルクが覆っていた。クリスの横暴でキングストン家から奪われるその直前まで、マサシゲシンオウトウが安置されていた箱だった。

 ベニーの声はマサシゲには聞こえたが、エレノアには聞こえなかったらしい。

 エレノアは、小さな頃からマサシゲ宝刀の元にやって来た。何気ない一日の話、楽しかった事ーーそして悲しかったり苦しいことがあった時は家人が寝静まった頃に必ずやって来た。

 彼女の携える雰囲気は、いつも夜にやって来る時のものだ。マサシゲや他の付喪神から見てもスカポンタンの王子に娶られずに済んだという事実は非情に喜ばしい事なのだが……年頃の女子である事、それに彼女自身が積み重ねてきたものが水泡に帰した事実を受け止めるのは……。

(……そう、だよなぁ……)

 マサシゲは、心の奥底で溜息を零した。

『エレノア様、大丈夫ですよ! マサシゲなら帰って来ます!』と万年筆。
『そうよぉー? エレノア様がお出掛けするの、いっつもコソソソ見に行ってるんだからぁ!』
(本棚ぁ……)
《あらやだ、マサシゲったら犬みたいね?》
《黙ってくれ》

 ◇◇◇

 ズラァアアッとこの家の使用人達(コックもいる)が、勢揃いしていて、思わず謝罪する。ベニーはお気になさらずと言ってくれるが、先程から握っているこの家の家宝になんら突っ込んでこないところを見れば、無駄に気を遣わせてしまっているのは明らかだった。

『おいあれ! マサシゲじゃないか?!』
『帰って来たのかぁ! お帰り~!』
『あれ? でも、人間体の方が居ないぞ?』

 三つぐらい言葉がしゃべれる付喪神の方が目敏くマサシゲだと気づいて、本体と返事をしろと呼び掛けている。 

《マサシゲ様、守備はどうですか……?》
《悪い。家のご令嬢がいて動けない……》
「神子様、本日はどのようなご用件でしょうか?」

 仕方がない、とマサシゲ(本体)を両手ですーっと差し出す。

「キングストン様の家宝だと聞き及び、こちらをお持ちいたしました」

「え?」と祐希と家宝を交互に見やるベニー。そりゃあ、王子が取り上げた物を何で持って来ているのだという事だ。

《マサシゲ、姿を表して跪いてなさい。時間の無駄よ》

 デスクのどことなく突き刺さる一言が念話から響いた。

《マサシゲ様。そのご令嬢のお名前は?》
《エレノア様だ……》
「その、変な話だとは思うのですが……エレノア様にお会いしたいと、こちらのシンオウトウが仰っていたんです。不躾と存じますが、ご在宅でしょうか? 彼はもう探しに行ってはいるんですけど……」

 案の定沈黙されたが、すぐにメイド達が探してきます! と部屋を出て行った。
 祐希は長くなると前置きして、自分の身の上を話し始める。

「ニクソンとクリスが行った勇者召喚に巻き込まれただけらしく……ーー」
『なぁんだと、あの浮気野郎! うちの可愛いエレノアをふっておいて、異世界の女にも手ぇ付けようとしたのか!』
『んだとゴルァアア! 一方的に婚約破棄しておいて他の女作ってんじゃねぇー!』
『そーだそーだ! エレノアさんはテメーなんかに不釣合いなんだぞー! 一時でも婚約してただけでも光栄だなんだぞオラァアア!!』
(付喪神ぃ……)

 ◇◇◇

《マサシゲ、姿を表して跪いてなさい。時間の無駄よ》

 デスクから放たれた容赦ない言葉に一瞬眉根を寄せたが、祐希がエレノアの名前を尋ねてきた事も手伝ってマサシゲは腹を括った。彼女の背後で霊体化を解き、跪く。
 そうすれば、自然と言葉が浮かぶ。

「エレノア様」
『マサシゲ?!』『マサシゲ様?!』

 エレノアはその声にはっと振り返った。
 いまだ顔を上げておらず頭を垂れたままのマサシゲは、わずかな衣擦れの音で振り返ったことを悟る。

「ただいま帰還しました」マサシゲは、顔を上げる。
『やだ! 今どこから出てきたのよぉ!』
『ほらぁ! 帰ってきたでしょう!』

 マサシゲの姿は磨かれている鞘や刀身に反射している時に見える。決まって魔法の才がある子供達が見えるものの、成長するにつれて見えなくなる。

 だがその間、誰一人として目が合った子供はいなかったーー。

『やだ! お帰りマサシゲ!』
『お帰りなさいマサシゲ様! 一体何があったんですか?!』
(うるせぇな)

 エレノアは瞳を大きく見開き、信じられないものを見るようにマサシゲを見下ろしていた。
 目が合っている。目尻の端から涙の玉が膨れ上がっているのだ。

『ちょっと聞きなさい! エレノアちゃん、貴方がいない間、ずぅうーーっと箱を見つめてるのよ?! 分かる? これは純愛よぉ!』
『そうです、エレノア様はマサシゲ様のご帰還を心よりお待ちしておりました!』
「こうやって面と向かい合って話をするのは初めてですね。此度、神子様のお力添え頂き顕現いたしました、キングストン家が宝刀『マサシゲ』と申します」
『きゃあああああーーーー! 身分違いの恋だわぁ!! 主従の恋だわぁああ!! 私こういうの好きよなのよぉおおおおーーーー!!』

 エレノアの唇がはくはくと動いている。

(本棚が煩くて何言ってるか聞こえねぇ!!)
《マサシゲ様、その今エレノア様を応接間まで誘導していただきたいのですが……その、精神的に大丈夫そうですか?》

 真横でキャーキャー騒いでいる本棚とエレノアに挟まれて(彼女は何もしていないが)、祐希から控えめな念話が届く。

《応接間の付喪神様達が、婚約破棄されたって言ってましたけど……》
「……」

 マサシゲはにこっりと微笑んで、エレノアを横に抱え上げる。きゃあ、と小さな悲鳴に構わずドアへ向かって歩き始めた。

「すみません。神子様が応接間にてお待ちでして、お体に異常がなければご同行お願いしたいのですが」
『やだちょっと!! もうちょっとイチャイチャしていきなさいよ!! 聞こえてるんでしょー、マサシゲー!!』

 なす術なくマサシゲにしがみつく形になったエレノアは、弱々しく服を掴むその手を震わせる。彼女が顔を真っ赤にしている事も今のマサシゲは気づかない。

 そこのデスクの一番広い引き出しに入ってるとデスク(付喪神)に告げて、扉を開けてくれたメイド長と共にマサシゲは部屋を出て、本棚に振り向く。

「本棚、お前は少し黙ってろ」

 腕の中のエレノアが「え?」と目を白黒させるのも構わず遠ざかる。次の瞬間、「萌えぇええーー!!!!」と本棚が爆発した。
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