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8話 冒険者ギルドが、ない? 

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  絨毯に乗って数十分。今までマサシゲとハッテルミー以外が、物の名前(ハッテルミーも織り方の名前だが)を決めた。お城様はフィー。元からフィーと名乗っていたらしいが、お城様で定着してしまっていたそうだ。デスクはエルメラ、柱時計はクロードだ。

 馬車の速度に合わせて絨毯のスピードもゆっくりだ。アジュールまでは、この森の一部を切り開いた道ではあと三時間少しーー夕方には到着予定だ。右手には林、左がランシェルの森が広大に広がっている。

 ユウ達は広々とした絨毯の上で仰向けになり、その両サイドにエレノア、マサシゲと川の字で横になっている。
 建物に遮られていない青空を見上げ、「気持ちいいですねぇ」しみじみと言うエレノアにウンウンと同意する。

《何故私が真ん中?》
《こぉーうらマサシゲ! もっと積極的に迫らんか!》
《迫るってどういう事だ》

 騒々しい念話を聞き流しながらユウは今後の予定を頭の中で組み立てる。
 このままだとあれよあれよと偽者のガブリエルと国王陛下がいらっしゃる場所に宿泊が確定してしまう。国王陛下とはクリス王子馬鹿のお父上の事である。

 しかし、金がない。ニクソンから渡された小袋には五千エルドも確実に入っていない。この国を出て行くためにも稼ぎは必要である。
 そのためにはまず冒険者ギルドを探さねば……。

《すみません、アジュールに冒険者ギルドってありますか?》
《《》》

 疑問の滲んだ声の後、しばらく沈黙が続いていたが、

《そんなギルドは聞いた事がないのう……》
「へっ??」
「? どうかされましたか?」

 何でもないと誤魔化したが、やれ追い出された、やれ端金掴まされたよりもショッキングだった。

 諦めきれずモンスター退治や薬草採取などの依頼を誰でも受けられて、報酬が受け取れる場所。その依頼を受けられるのが冒険者という職業で……と自分の知識(数多あるファンタジー小説設定)の共通点を掻い摘んで話してみた。もしかしたら名称が違うだけで似たような場所があるかもしれないと期待したからだが、

《うーむ。やっぱり、聖王国にはないのう》

 モンスター退治は基本、騎士団の仕事だ。もちろん傭兵団もあるが彼らと騎士団と両方からの顰蹙を買う事になる。

 薬草やモンスターの毛皮や爪といった素材などの採取にはそれぞれ専門家がいる。傷を最小限に留めて倒す技術や、傷まないよう保存する知識を駆使している。薬草採取ならまだしも、一般人がほいそれと生モノの素材に挑戦できないだろう。

 その中で一番の問題は『壁に貼ってある依頼書を読む』事が前提になっている点である。聖王国の識字率は低い。貴族は当然習っていて読み書きが出来るが、平民は二割も満たない。日本のような義務教育はないから学ぶ機会がないし、意思疎通が出来ればそれで仕事もできる。

 ユウは先程からフィー達の言葉が理解できるが、これは黒狐が翻訳能力を付けてくれているからだ。文字の読み書きにも対応している。しかしそんなチート翻訳機がこの世界の人間全員に付いている訳もない。

《モンスター退治の依頼を受けた時って、移動費どうなってるんだ?》とハッテルミー。
《基本、自己負担だったなぁ……》
《そうなると、装備品にもお金が掛かるし、一般人にモンスター退治はハードルが高いんじゃないか?》
《言われてみると確かに……》

 騎士団の仕事を取っているのなら冒険者との間でやっかみがあるのも頷ける。
 そういう事なら仕方がない。普通に職を探しに行くしかないか……と腹を決めてすぐに、「じゃが」とフィーが言う。

《アジュールならば素材の売買で稼げるじゃろう。あそこは近年、神塔しんとうができた防衛の町じゃからな》

 進行方向に天を貫かんばかりに真っ直ぐ伸びている白い建築物。遠くでありながらハッキリと見えるということは、それだけ巨大な建造物なんだなとスルーしていたが、あれこそが守護の神塔だ。

 この世界の淀みとされる瘴気を閉じ込めるために、神々が創造して下さる建造物。瘴気から生まれる魔物を複雑な構造と何十とある階層で惑わせ、閉じ込めてくれている。この神塔のお陰で、本来なら光属性の浄化が必要な瘴気溜まりによる被害を減らしてくれている。

 が、数年に一度ほど神塔からは大量の魔物が溢れ出てくる『スタンピード』が発生する。畑を荒し、物流に支障をきたし、都市や町を壊滅させるなど被害が出るモンスター達の集団暴走。

 アジュールは王都付近に現れた神塔から発生するスタンピードや人々を守るために作られた町だ。そこならば武器や防具になる素材は常に欲しているし、ポーションを作るための薬草も求めている。商業ギルドもあるため、そこを利用すればユウの希望通りの方法で稼げるだろう。

《しかし、アジュールはあんまり治安が良くなくてのぅ……》

 駐留している騎士達だけではスタンピードに対応しきれないため、教会の聖騎士団や傭兵、腕に自信がある者などが募っているため、腕っ節のある者同士はどうも喧嘩っ早くて暴行事件が多発している。

 平民と貴族の軋轢が酷いのもあって、ただの殴り合いが対立した仲間同士で暴行事件にまで発展し、周囲も煽って血みどろの争いになるそうで、毎月暴行事件に関する嘆願書が届いているほどらしい。

《中身は?》
《怪我人が出るから騎士の増員と治癒師を派遣じゃな》

 そういえば、とエルメラがポツリ。

《いつもこの時期よね? スタンピード》
「え?」
「? どうか、されましーー」
「なぁ、もしかしてあそこで襲われてるの、スタンピード関連か?」
「えぇ?!」

 エレノアが飛び起きてハッテルミーの隣に這って行き、マサシゲとユウもその後に続く。
 褐色の指先が指し示す先はーー。

「遠くて見えないんだけど」

 道の先を差されているのは分かる。キングストン邸の馬車が通る予定だろう。が、ユウにはギリギリ胡麻一粒にしか見えない。本当に見えているかも怪しい。

「荷馬車襲われてんな」
「えっ?!」
「だろ?」
「マジっすか。よく見えますね」
「ハッテルミー、降りてくれ。エレノア様と神子様は馬車に」
《進行方向で荷馬車がウィンドウルフに襲われてる。そっちに合流するぞ》
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