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3話 顕現

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 この部屋で待つよう言われて四十分。その間、お城様は華麗なスライディング土下座の後、必死な形相で謝ってきた。

「その……お城様の謝罪はいただきました。ただ、私は当人に謝罪してもらう主義なので、これはクリスの問題です」
『本当に!! 本当にあの馬鹿が失礼しましたぁああああーーーーっ!!』

 戻ってきたニクソンはその後ろに闇を携えていた。髪も服も黒い人間だと判明したのは、もう少し近付いてきてからだった。長い前髪を払うと整った顔立ちが覗き、闇の中に顔が浮かんでいるだけのように見えた。忌々しそうにニクソンを睨み付ける血色の双眸は無機質な赤いガラス玉のようだった。

『おい、今度は何なんだ、ブタゴリラ』
(あ……この人もお城様達と同じ人だ)
『マサシゲぇえええええええ! クリスの馬鹿がぁああああ!! 馬鹿がアアアアアアアッ!!』

 半泣きでお城様はマサシゲと呼んだ黒い塊に突撃した。
 その手前、投げ渡されたちょっとだけ重たい握り拳二つ分程度の小袋を見下ろす。大分軽くて中身がふわふわしている。

「五千エルド入っております。どうぞーー」
『そんなはした金で足りるかぁああああ!! 貴様等教会への寄付金を上乗せされて安宿でも五百エルドじゃぞ?! 第一、貴様がクリスに勇者召喚儀式を焚き付けたんじゃろうが!! 責任を取らんかぁあーーーー!!』

 マサシゲにしがみついたままお城様が怒声を上げたせいでニクソンの言葉が全く聞こえない。

「元の世界に帰してはくれませんか」
「戻る方法などない! この私に口答えするな!」

 鬱陶しそうなで「貴様のようなガキのために下に馬車を待たせてやっているんだぞ!」と怒っているが、その後ろで、「豚野郎がーー!!」とお城様は半泣きで吹き飛ぶ。

 ニクソンの態度は居酒屋に発生する酔って横柄な態度になる客に似ているなと祐希は思った。自分はお客様なんだから言い分が通って当然。立場を笠に着て、思い通りにならなければ暴力を是とする顔だ。

 金ピカ騎士達の一人が祐希に向かって細長い棒を放り投げてきた。すると、マサシゲがバランスを崩してニクソンをすり抜けてこちら近寄ってきたが、まるで引っ張られているようだった。

「それは餞別だ。売るなり使うなり好きにしろ」
『あぁ?! テメェラがいちゃもんつけてキングストンから奪ったんだろうが!! 勝手なことしてんじゃねぇ!!』
「……なら、お預かりいたします」
「だが」

 そう言って、祐希を指差す。

「その服を脱げ。貴様のような下等生物が着ていて良いような……ーーぶべらっ?!」

 突然、ニクソンはそんな声を上げて吹っ飛ばされた着地と同時に、体は重たそうにゴロンゴロンと転がって、部屋の外へ。マサシゲの本体を寄越してきた金ぴか鎧の騎士も何かに殴られたように顎をぐいっと上げると、倒れた所ニクソンのように転がって部屋の外へ。向かいに立っている柵であろう物に激突した。

 もう一人が「この!」と剣を引き抜いたが、それは何かに弾かれたように吹き飛び、起き上がろうとしたニクソンの頭上の柵に突き刺さった。その騎士も同様に吹き飛び転がって部屋の外でぶつかった。

 扉がひとりでにバタン! と閉じる。両開きの扉には封をするように植物のような青い模様が光を放つと、その模様はするすると枝を伸ばし、部屋中に似た模様を咲かせては壁、床、天井を這っていく。

 イルミネーションのような電光的な明るさではなく、柔らかくて温かな光に染まる幻想的な光景に祐希は釘付けになる。

「さて、ユウキ様。ちょうど良いのでマサシゲを顕現させましょう」
「…………けんげん?」

 黒狐は肩から飛び上がる。祐希の眼前、空気の台でもあるように着地すると、突風が祐希を押し付けた。風が吹いてきた斜め先に首を回せば、マサシゲの全身が黄金色にぼんやりと発光していた。見目の美しさに黄金色の光が加わり、神々しく見えた。

 更に強い光が彼の足元から円を描いて放たれた。厚い雲の隙間から差し込む光のような輝きが小さなオーブと共に円周から立ち昇り、オーロラのように揺らめく。
 その光の中で黒い髪が、着物が風に遊ばれるようにふわりゆらりと広がって揺れた。

「あらゆる霊体をこの世に具現化させ、擬似的な生命を与える神スキルーー『顕現』でございます」
『『『神スキル?!』』』

 こちらを見る紅の瞳が祐希を見つめる。
 間もなく風なき風は止み、足元の光が失せていく。全身を纏う黄金の輝きは、やがて体の内側に収まるように消えていった。

 マサシゲは先程と見違えていた。
 ガラス玉のようだった瞳が生気を伴ってルビーのように煌き、黒髪は艶やかに光を反射している。真っ黒だった着物は上質な光沢を放って纏う者に気品を与えていた。だからこそ、滑らかな白い肌がくっきりと浮き上がると、高貴さを感じずにはいられなかった。

 今なら彼らを人間だと思わなかった微妙な差異が明確に分かる。お城様達には、色を塗りたくっただけのように、影やその他の色合いが全くなかったことに。

「顕現されたのです。今ならマサシゲの姿も、かつて貴方の持ち主だったオウカ・ハルシノミヤと全く同じお姿に見えるでしょう」
「……」

 試しに祐希に触れてみるよう言われたマサシゲ。恐る恐る伸ばしてくる手に祐希も手を差し出してみたが、スルーして頭に手を乗せた。そのままやわやわと撫でてくる。

「触れる……」

 ついでに両手でワシャワシャされて、祐希はその手首を掴んで引き剥がした。

「ユウキ様。至急、フェオルディーノ城、絨毯、デスク、柱時計に触れて下さい。付喪神達を一緒に城の外へお連れしましょう」
「付喪神……」祐希は呟く。

 確かに、柱時計の話は付喪神の伝承と似ている部分があった。お城様達を一瞥すると、彼らも期待に満ちた笑みではしゃぎ始めた。

 祐希はマサシゲから差し出された手に、自分が握っている物を返してほしいのだと思い至って、ようやく彼の本体をちゃんと目視した。
 それは細長く、緩やかに湾曲している『物』ーー。

「日本刀……?」
「いや、シンオウトウだ。シンオウという国で作られてるカタナって武器だな」
「……そう、なんですね。私の国で使われていた武器も刀と呼ぶんですよ」

 同じですね、と祐希はちょっと笑いなが返却した。
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