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プロローグ

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 眼球にちくりと突き刺さる陽の光が差し込む窓へと目をやった。
 異世界系漫画で見るような西洋系の豪邸にある、白い組子で作られた巨大な窓だった。ベッドもフカフカで触り心地が良い。

『おや、お目覚めになられましたね』

 そんな声に祐希は室内側へ首を回した。
 天蓋付きのベッドから見渡す広大な部屋には、家具の一つ一つに繊細な意匠が施されており、青いフェルトの床の上にエキゾチックな模様の絨毯が敷かれている。

 そこに、執事らしい燕尾服の男性、上品な西洋服の美女、それに絨毯と同じ模様のロングベストを纏ってい浅黒い青年がこちらを向いて「おはようさん!」と元気よく腰に手を当てた。

 正座して向き合った時、何故か彼らは祐希とは違う存在だと漠然と思った。何が違うのかは分からない。だが、決定的に自分とは何かが違うと頭が囁き掛けている。

「すみません。私、佐野祐希と申します……えっと、皆様は……?」

 土下座からそっと顔を上げると、彼等は一様に互いの顔を見合わせていた。が、青年が「そうか!」と元気良く声を上げる。

『ユウキさんは俺達が見えるんだな!』

 青年が白い歯をニカッと見せて笑う。執事と美女の二人が驚いたようだったが、すぐに彼女は穏やかな笑みを浮かべてドレスを持ち上げた。

『こんにちは、ユウキさん。私はデスクよ』
『私は柱時計と申します』胸に手を当て執事は頭を下げる。
『俺は絨毯! あぁでも、ハッテルミー織だからハッテルミーの方が良いのかな?』
(全員、物の名前な気がするけど……)

 更なる疑問が頭の中に詰まっていく祐希に構わず、柱時計と名乗った執事は部屋に立ち尽くしている茶色い柱時計を手で指し示す。

『私達は皆、職人に作られた『物』なのです。私の本体はこちらの『柱時計』でございます』

 デスクが「私はこれよ」と笑みを浮かべて白く大きなデスクに、「俺はこれだ!」ハッテルミーが足元の絨毯を指差した。

『制作されて幾星霜……私は約百七年現存しておりまして、いつの間にかこのように人の形をした霊体が形成されていたのです。私達は人間ではないのです』
『そうなのよ。それに私達、妖精や幽霊とも違うみたいで魔法師達にも見えないのよねぇ』
『そうだな! 精霊達も視えないみたいだし、こうやって俺達の姿が見えて会話出来た人はユウキさんが初めてなんだ!』

 きゃっきゃと楽しげに三人は「お城様に報告ね」とはしゃいでいる。妖精や精霊なんてファンタジー用語が飛び交っているが、人間ではないという考えは当たっていたらしい。

 何だ、やっぱりか……そう二度寝を決め込もうとしたその時、「ユウキ様!」と元気な声が耳朶を打った。

 ポンッ! と、目の前に黄色いパステルカラーの煙が膨れ上がって弾けると中から黒くて小さな動物が現れた。
 空中に透明な通路でもあるように駆けてくると、祐希の目の前にお座りする。

 全身が艶のある黒い毛並み、大きな三角の耳、膨らんだ尻尾、すらりとした顔の形は狐だ。耳の内側、額に火の玉のようなマークは赤い。見覚えがあるような気がしたが、「お目覚めになられましたね!」と声を掛けてきた狐を見下ろす。

「お体の具合はいかがでしょうか? どこか痛む所などはございませんか?」
「……えっと……」

 言われるまま確認するように腕を回したり、首を曲げてみたりしてから十二時間勤務(サービス残業除外)の一二連勤で錬成された疲労感(労働時間に見合った等価交換の賜物)が嘘のように吹っ飛んでいる事に気付いた。

 上司の社長息子から仕事を押し付けられたり、上司の社長息子から休日出勤を命令されたり、上司の社長息子から当人の尻拭いをさせられたり、上司の社長息子から、上司の社長息子から……脳死周回の如く働き詰めてきた疲労感から解放されたのは何年ぶりだろうか。

 痛みといったものがない事を告げて礼を言うと、黒狐は気にしないように言った。

「あのですね、ユウキ様。驚かないで聞いてほしいのですが……」

 黒狐は少々申し訳なさそうに告げる。

「ユウキ様は元の世界で亡くなりました」
「……………………それは、一大事ですね」

 突然希望していないどころか本来なら春にしか行われない部署移動宣告を秋口に受けたように意味が分からなかった。
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