異世界賢者の魔法事件簿

星見肴

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2章 誘拐・融解事件

30話 ニルヴァーナ魔法学園【1日目】

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 発案書を書き上げた和葉はケイと共にハロルドのいるランドルフ邸へ向かった。

 ハロルド・ランドルフ。ケイの父で、今は司法課に所属している。昔、防衛課に所属していた軍人だったが、職務中に右手足を失ってからは司法課に転属したのだ。ハロルドは既に壮年の域に達していて、皺がちょこちょこ目立つ。窓の外から入る光に手元が鈍く照り返し、甲冑の籠手のような義手を着けている。ケイの冤罪事件で出会っているが、それっきりだった。

 和葉達が歩いているだけで何人かの軍人に突っかかられて、ケイの空路で邸宅へお邪魔した。
 和葉は突然の訪問だったが、それでもハロルドは喜んで応じてくれた。

「父上、まずはご報告があります。軍上層部ではもう情報が流れていると思いますが……」

 ■□■□■

「アルテミス嬢だけじゃなく、学生も……それは、司法課も顔が真っ青になるだろうな」
(……それって)

 和葉がじっと見ていたからだろう。
 ハロルドは「あぁ」と一言の後、続けた。

「トラッドの件だ。驚いただろう? 本当は司法課が出張ると面倒なんだが……アイツらが、『自分達が捜査するから保安課は大人しくしてろ』とマホガーニュの奴が騒いだお陰で軍内部も……──はぁ」

 溜息を零してから、ハロルドはくたびれたように微笑んだ。シーラとデイヴィスの予想が当たってたということだ。

 軍内部で分裂が起きている。
 捜査方針に口出ししてくるというのは、実際の捜査権そのものを横取りすることでもあったのだ。

「何で国教管理部隊が騒ぐんだ」とハロルドはポツリ。

 昨日、学生の事情聴取した経緯から学園での訪問販売やミサを開いてもらうなどの検討している旨を伝えれば、ハロルドは再び溜息を零した。

「学園にもアポイントメント取るのが厳しいですか?」
「いや、問題ない。学園は司法課の管轄だから、私が行けば学園長のサビータさんには会えるだろう。ただ……君が人を惹きつける理由を垣間見たところだ」
「人をひきつけ……?」
「私達軍人は事件解決することばかり考えて、大事な都民に目が行き届いていない……それで良いだろうと考えがちだ。君が孤児院にパンの製造技術を伝えて販売の手伝いをしたり、一部のレストランでは直々に教えに行ったりしているだけの行動を、売名だなんだのと騒いで何もしない連中には君の思慮深さを見習ってほしいぐらいだ」
(そう思うなら、自分もやれば良いのに)

 思ったことは押し込み、頭を垂れて和葉は礼を言った。

 ■□■□■

 ランドルフ家の馬車でパカパカ三十分、遠くから眺めていただけだったニルヴァーナ学園にやってきた。ダークグレーの国会議事堂のような建物で、首を左右はずっとと柵しか見えない。警備であろう兵士に来訪の旨を伝えてから数分、学園の門は開かれた。

 和葉からすると、アポイントメントを取って相手の予定と自分達の予定を擦り合わせてから会うのが普通だから、こうやって押し掛けて行っても歓迎されることに違和感があった。

 貴族が来たら絶対応じないといけないという不文律があるのだろうか。

 それなら、マルセイが押し掛けてきていたのはこの社会基盤に乗っ取った行為だったのかもしれない。

 本来なら相手の予定を合わせる必要なく、下位の人間は地位の高い人間を快く受け入れなければいけない──和葉の考えの方が郷に入っていなかったのか。

 学園長の本名はサビータ・コランドム。エルフの女性だった。
 和葉達の突然の来訪にも関わらず、快く応じてくれたし、訪問販売やミサを学園で開くという提案は鳩が豆鉄砲を食らったように驚き、目を輝かせて「名案です!」と手を叩いた。

「ペルーナ教会はエルヴァニア帝国の国教ですから、やはりどうしてもミサに通いたい学生も多いんですよ」
(国教って、何だろ?)

 それなら、事件が終息するまでの間だけでも来てくれれば学生達も安心するだろうと彼女は微笑んだ。その後も訪問販売の場所を設けてくれるなど話は進んでいく。

(ベナード……いるんだろうか)

 話の最中に、名前だけ知っている天才とやらの名前が浮んだ。メメルの研究していた魔法ポーションの研究成果を盗もうとしていた教師だ。

 ハウルがブレーメンの仲間だと判明し、冒険者ギルドの責任者として帝国軍から呼び出されたものの、ハウル採用の経緯だけを聞かれて終わってしまった。ベナードの話をする隙はまったくなかっただろう。つまり、ベナードはまだ罪を免れている。しかし、こちらから迂闊に切り込んでもいいものか。

(いや、止めておこう。今は別の騒ぎを起こすと危険だ)

 ベナードが仮にここにいれば、摘発するチャンスはある。メメルが『研究結果を奪われた』という学生の名前は、和葉の日記の方に書き残してある。
 それに、ベナードはこの誘拐事件に関係していない。メメルを探しているわけでもなければ、メメルの友人だった女学生を殺害しているわけでもない。マリーの証言でそれはもう間違いないと断定しても良い。

 誘拐事件が落ち着いてから……いや、今の状況だとベナードの逮捕につながらない可能性が高い。

 それに、事前に確認しなければならないことが多い。
 ベナードが本当に生徒の実績を盗んでいるのか、盗んだ資料は現在、どうなっているのか……そして、それらは全て手書きか。手書きであれば、筆跡鑑定が行える。まだ、学生達へ研究成果の権利を彼らの手元に戻すことも可能なはずだ。それと、本当にブレーメンと繋がりがあるのかも、実際は分かっていない。その確認も必要だろう。

「訪問販売に当たり、学生達に来てほしい店などの聞き取りしてもよろしいですか?」
「もちろんですよ。今の時間、学生達は……」
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