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英雄奪還編 後編
七章 第八十三話 並行世界の救世主
しおりを挟む全ての準備を終えたロードは並んで座る二人の元へ歩いて行った。その幸せな光景に名残惜しさを感じつつロードは深呼吸し声をかける。
「二人とも、準備ができたよ。始めよう」
「······そっかぁ。ありがとう、時間をくれて」
「ううん。ルシアも準備はいいかい?」
「ええ、それで呪いへの対処方法は?」
「侵入してきた呪いをこの精神世界ごと消滅させる。全ての可能性を考えたけどこれしか方法はない」
「待って。それだとジンの精神はどうなるの?」
「正直、やってみないと分からない。全てが壊れれば植物状態になる可能性だってある。そうならないように全力で対処する。それにジンの精神を支えるためにルシアがいる。悩んだまま時間が過ぎて肉体への影響が大きくなることを避けないと······時間がない、始めるよ」
ロードは手に持つ剣で空に向かって斬り上げた。斬撃は青空に亀裂を生み、すぐさま亀裂は広がっていった。隙間からは黒紫の瘴気が流れ込み瞬く間に青い空を覆う。
「この音は·····」
広がった瘴気は雑音と同時に悲鳴を放ち地面に咲く花々は生気を失い枯れていった。
「あっ·····あぁ」
「ジンッ!」
ジンは頭を押さえ灰色になった地面に倒れ込んだ。
「精神が直接攻撃されているんだ。ルシア、君しかいない。隣で支えてあげてくれ。呪いが全て入り切るまではまだ時間がかかる」
「お母····さん。声が、聞こえる。苦しそうな声が····きっと、この呪いで、命を····落としてきた、人達の声」
空を覆った瘴気は地面を這うように移動し精神世界の破壊を始める。ロードは脇目も振らず亀裂の一点を見つめていた。
(予想はしていたけど大き過ぎる。破壊するタイミングは呪いの全てがこの世界に侵入した瞬間。見極めろ、僕が失敗すれば全て台無しだ)
耳をつんざくような悲鳴に崩壊していく世界。そんな状況の中、ロードは必死に落ち着こうとしていた。その時、一点の光が地面から放たれ天を貫いた。
「·····お母さん」
「ゆっくりと息を吸って。お母さんが隣にいる」
光り輝くその姿はまるで女神のよう。母親に優しく包み込まれたジンは落ち着きを取り戻し自分の力で立ち上がった。その視界に映るのは最愛の母親。その姿を見ると負の感情は徐々に和らいでいった。
(流石母親だ。ジンのことを一番分かっている。一番信頼されてる。僕は僕にしかできないことをするんだ)
呪いは既に精神世界の半分程を破壊していた。しかしルシアにより支えられた精神は徐々に呪いに対し抗い始め侵攻速度を遅らせていた。ロードの集中力は限界まで研ぎ澄まされその瞬間が訪れる。
「ハァアアアアアア!!!」
ロードによる爆発的な魔力の解放。その魔力は精神世界に生まれた亀裂を覆い呪いを完全に封じ込めた。呪いは勢いを緩めることなく暴れ続け精神世界はさらに崩壊していく。一方でジンの精神力は限界を迎えようとしていた。
「う·····あぁ、おああさん」
「お母さんだよ。しっかり意識を持って」
「あぁ····あ」
既にまともな言葉を発することは叶わず正常な思考を失っていた。そんな絶望的な光景を見たロードに追い討ちをかけるようにして無慈悲な現実が降り注ぐ。
(あぁ····クソッ! 何回攻撃しても消滅しない! この世界ごと全て壊すしかないのか····駄目だ、脳死状態になれば意味がないだろ。考えろ。何か方法はないのか)
焦りに駆られ、視界は狭く深い考えはできなくなっていた。呪いは衰えるどころか勢いを増していく。
(駄目だ。この子の命を削ってまでやってきたっていうのに。デュランがどんな思いでここまで繋げてきたと思ってるんだ。並行世界のジンが命を投げ打ってまで繋いできたんだぞ!
駄目だ
————何もできない、何も)
(····して 返事して!)
突然、ロードの耳から雑音と悲鳴が消え去りその声が聞こえた。聞き覚えのある声。ロードは落ち着きを取り戻し返答した。
(······その声はジン? どうして君が)
(私はロードの目の前にいる私じゃない。並行世界で死んだ魂だけの私。考えがある、協力して)
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