ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 後編

七章 第八十二話 最愛との再会

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「あれ·····ここ何処だろう」

 視界一面には真っ白な花畑と雲一つない青空が広がっている。それに空気は澄んで心地良い風が吹いている。この場所には私以外誰もいない。

「えっ······足が動いてる? 私、一人で立ててる」

 呪いで全く動かなくなった両足は以前のように動いている。それだけではない、失明したはずの左目は光を取り戻し身体全体の痛みや怠さは嘘だったかのように消えていた。

「クレース? お父さん? パールー? ガルー?」

 久々に大きな声でみんなの名前を呼んでみた。だけれど音が跳ね返ることもなく返答もない。あるのは風の音のみ。どうやらこの場所は完全に私一人だけみたいだ。

 えっと····ここに来る前··········そうだ。突然しんどくなって、血を吐いちゃって、それで·····気絶したのかな。なら、これは夢? でも夢にしては景色が明瞭で意識もかなりしっかりしてる。もしかして私、死んじゃったのかな。

 考えると不安になってくる。

(ロード? ロード聞こえる?)

(···········)

 駄目だ、ロードにも声は届かない。だけどこの状況はもっと前向きに考えるべきだ。もしここが大陸の何処かでボーンネルに戻れたら、呪いが消えた状態でまたみんなと楽しく暮らせる。そう考えると居ても立っても居られない。とにかくこの場所が何処なのかを知りたい。

 ———しかし、歩いても歩いても景色は全く変わらない。仕方がないので花畑の上に腰を下ろしてしばらく何もせずぼーっと辺りの景色を見つめた。また歩けるようになったのはとても嬉しい。だけど、一人だと幸せは感じられない。

 ここがもし、死後の世界なら。それは嫌だ。私にはやり残したことがたくさんある。呪いになんか負けていられない。

「———ん?」

 爽やかな風に乗って懐かしい匂いがした。その匂いはあたたかさと優しさを思い出させる。

「え······」

 私はこの匂いを······知っている。

「ジン」

 優しい声が耳を抜け、思考が停止した。振り返った先にいる女性を私は知っている。

「————どうして」

 その顔を見た瞬間、幼い頃の記憶が押し寄せてきた。

「おか····」

 言葉が喉に詰まり上手く声に出せない。立ち上がり、一歩一歩確かめるようにして近づいていった。女性の前で立ち止まり、その顔を見つめた。幼い頃見上げていたその顔が今ではすぐ近くにある。

「わぁ、大きくなったね。ジン」

「おかあ·····さん。お母さん、おかあさん」

 流れた涙に気付かず、その手を握り確かめるようにして顔を近づけた。

「そうだよ、本当に立派になったね」

 まるでお腹の中にいるような安心感。私は大好きなお母さんの両手に包まれた。涙はたくさん流れるのに、声は出ない。そんな言葉にならない幸せが胸一杯に広がった。

「でも·····お母さんがここにいるなら·······ここは死んだ後の世界」

「ううん、安心して。ここはね、ジンの精神世界。死んでいないわ」

「····お母さんは、私の頭の中にいるの?」

「そうね。ただ私に肉体はない。ここにあるのは私の魂だけ」

「そうなんだ。私ね、たくさん話したいことがあるの。新しい友達や、国のこと」

「大丈夫、お母さんは全部知ってる。だってここはジンの頭の中だもの。立派になったね」

「えへへぇ、そうかなぁ。私偉いかなぁ」

「偉い子だよ。それにお母さん誇らしい。私もジンと沢山話したいことがある。でもね、時間は限られてる。みんながジンの帰りを待ってるから、一緒に呪いをやっつけちゃおっか」

「だけどどうすればいいの?」

 ルシアは何もない青空に手のひらを向けた。すると淡い光が差し込みジンの足元を照らした。淡い光は徐々に広がっていき、数秒後その声が届いた。

「ジン、僕だよ」

「······ロード、ロード! だけどどうして直接話せるの? お母さんも聞こえる?」

「ええ、目の前にいるもの」

「やぁジン」

 声の方を向くとそこには見覚えのある姿があった。以前にモンド内で出会った魔物。その際に「グリン」と名づけた。

「実はね、グリンが一時的にこの身体を貸してくれたんだ。すごいよね、Gランクの魔物はこんなこともできるみたいだ。それで本題だけどね、ジン。君の身体は今とても危険な状態にある。トキワの作った擬似心臓でなんとか命を繋いでいるんだ。だけど呪いが完全に侵食すればそれも意味がなくなる、だから今から呪いを消滅させる」

「そうだったんだ·····ごめん私のために。攻めてきた魔族の対処は? みんな無事?」

「うん、無事だよ。今はクレースが魔王に対処しているだけだ」

「よかったぁ····どうしたのお母さん?」

 隣にいるお母さんは何故か嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「本当に立派になったなぁって」

「あなたの娘はこの国だけではなく、今では世界中から必要とされているよ。だから力を貸してほしい。僕と一緒に呪いを祓ってくれ」

「もちろん、呪いはここからでも干渉できるのかしら」

「うん。正確にはわざとここに呼び出すんだ。呪いはまだジンの強い精神に侵入できていない。だから無理矢理道をつくってここに誘き寄せる」

「ねえロード、もう少しだけ····もう少しだけお母さんと話せないかな。我が儘なのは分かってるけど本当にまだまだ沢山話したいことがあるんだ」

(ジン、お母さんの前ではこんな風になるんだなぁ)

「分かった。ただ僕が準備している間だけだ。それ以上は君の命に関わる」

「ありがとう」

 そうして親子は真っ白な花畑に腰を下ろし肩を寄せ合った。
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