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英雄奪還編 後編

七章 第六十八話 見れない未来

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「最強種と呼ばれていた機人族は王の没落によって廃れていくだろう。これからは我ら魔族の時代だ」

「しかし女神エメスティアが完全なる復活を果たしたのだぞ。加えて先日受けた襲撃による魔界の被害も大きい。報告によれば被害は大戦争に匹敵するほどの甚大さ。敵の正体は明らかになっていないが機人族と同等の警戒をしなければならない」

 場所は魔界の最深部に位置する魔王城。そこでは魔族の上位種により話し合いが行われていた。広い空間に玉座が一つのみ。威風堂々たる様子で玉座に鎮座する魔界の王は静かにその会話を聞いていた。

「現状は理解した」

 魔王の一声でその場の声はピタリと止んだ。
 魔王の名はルシフェル・カーンという。

「先日の襲撃によりオリバが連れ去られた。敵の狙いは解呪だ。加えて報告では呪帝の協力の元、呪いの解読に取り掛かっているようだ。しかし解呪させずこの先も呪いを蔓延させることこそが最優先事項だ」

「では魔王様、解呪に加担する者たちを全て消すというのは如何でしょう。襲撃により多くの死者が出ましたが上位種の魔族は健在であります」

「いいや、その必要はない。現在、呪いを宿しているという人間一人を殺せばよい。名前はなんだったか」

「ジンでございます」

「そう、ジンだ。その人間は前世の影響により呪いへの耐性を所持している。かような存在は実に稀有なものだ。現状の呪いの強さを考えれば、其奴の死後呪いは地上に蔓延し一瞬にして生物を絶滅させるだろう」

「フッフッフ、我ら魔族に呪いは効きませぬ。故に我ら魔族がこの世界を全て支配する。ここまで計算されておられたのですね。流石魔王様でございます」

「だが面倒だ。其奴がガキの頃、魔帝を操り殺害するよう命令したが失敗したのだったな。よもやグレイナルが殺されるとは少し計算外だった。我が直接手を下すとしよう。女神を滅ぼすのはその後だ」

 こうして魔界では秘密裏の内に計画が立てられていた。ネフティスの存在を考えれば計画の実行が早いに越したことはない、それが多くの者にとっての意見であった。しかしルシフェルは冷静であった。敵の動向、規模、戦力、あらゆる情報を集め作戦を立てたのだ。

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 ラグナルクが呪いに関する書物を持ち込み一週間。呪いに含まれた特殊文字の消去は進み、二十文字の消去が完了した。そしてその日、ジンは以前のように朝から目を覚ました。ネフティスは一度国に帰ったため寝室にはパールとガルのみ。隣の部屋には疲れの溜まったクレースとデュランが浅い眠りについていた。

「······よく寝た。また何日か眠ってたかな」

 目を擦り辺りの様子を見渡すが特に変わった様子はない。挙げるとすればいつの間にか寝巻きが新しいものに変わっていることだった。以前目覚めた間に感じていた身体の怠さは和らぎ気持ちの良い朝に感じた。時間を確認するとまだ日の出前の時刻。ガルとパールは深い眠りについたまま目覚める様子はなかった。

(ジン、よかった。起きたんだね)

(あっ、おはようロード)

(辛くはない?)

(全然大丈夫。どれくらい眠ってた?)

(もう一週間も目覚めてなかったんだ。みんな喜ぶよ)

(そっか。まずはお母さんのお墓に行くよ。まだ早いからみんなは後で起こすね。一緒に来てくれる?)

(うん。寒いから服装には気をつけて)

 ジンは厚着した後ロードを抱え外に出た。魔力を一切持たないためその行動に気づくものは誰一人いない。連日の降雪により外では真っ白な雪が地面を覆っていた。

(ジン、帰ったらまずはご飯を食べよう。ネフティス達のおかげでしばらくは元のように普通の生活が送れるはずだ)

(そうだったんだ。あとでお礼言わないと。それにみんなと話せてないからみんなとご飯食べたいな)

 家を後にし僅かな時間歩いただけでジンの身体は酷く消耗していた。全身へ思うように力が入らず、墓に向かうまで何度もつまづいた。ロードの心配を笑顔で誤魔化していたが墓についた時には倒れ込むようにして両手を地面についた。しばらく経った後、立ち上がり墓の雪を払う。手が悴み身体は震えるが優しい笑顔でルシアの墓を見つけ続けた。

「ジン?」

 暫くすると後ろから掠れた声が聞こえた。振り返るとトキワが一人で立ち尽くしていた。

「ジンッ!!」

目が合うとトキワはすぐさま駆け寄った。そして何も言わず冷気に触れ冷たくなった身体をすぐさま魔法で温め始めた。

「よかったッ·····起きたんだな。もう寒くないか?」

「うん、ありがとう。こんなに朝早くどうしたの?」

「最近ブレンドが修行を終えた後そのまま俺の家で寝てるだろ? でもよ、さっきいきなりジンの家で寝たいって言い始めてよ。仕方ねえから連れてきたんだ。まあ寝ちまったけど」

 そう言うとトキワは上着の内ポケットで眠るブレンドを見せた。

「······それで、調子はどうだ?」

「見ての通り絶好調だよ。そっちは?」

「元気だ。ジンと話せて今はもっと元気になったぜ····そうだジン。一つ報告したいことがあってな」

「報告?」

 トキワは珍しく、どこか緊張しているようだった。分かりやすくごクリと唾を呑み込みゆっくりと息を吐くとトキワは覚悟を決めたようにこちらを見つめた。

「俺、ガルミューラと結婚することになった」

「·······」

 トキワの言葉を聞いた瞬間、ジンの身体は固まった。意味を理解するのに数秒用し、瞳が大きく開いた。それと共に口角が上がり嬉々とした表情でトキワの腕を強く掴んだ。

「本当!?」

「ああ、本当だ」

「結婚式はいつするの? たくさんお祝いしないと! 嬉しいなぁ」

「するなら····ジンの誕生日よりも少し前だな。それでよ、いつか子どもができた時、ジンに名前をつけて欲しいんだ」

「私でいいの?」

「ああ、もちろんだ。だから····元気でいてくれよ」

 言い終えた直後、トキワは耳を抑え顔をしかめた。

「クレースが探してるぜ。すごい勢いで魔力波が来た。おいで」

 トキワはジンを背負い家に向かってゆっくりと歩き出した。

「トキワはきっといいお父さんになるね」

「な、なんだよいきなり」

「だってトキワのお父さんいい人だったもん。トキワのことが好きなんだなぁって思ったよ」

「······そうか。俺もいい父親になるからよ、ずっと近くで見ててくれ」

「うん」

 家までの僅かな道のり。トキワは一歩一歩踏み締めて歩いた。

(もしこの道がずっと続けば、もしこの時間が永遠に続いていれば)

 一歩進むごとにその願いは大きくなっていった。そしていつしか父親のいる実家へ帰った時のように一歩一歩を重たく感じていた。黙ったまま足を前へ動かし、叶うはずもないその願いを忘れようとしていた。

(俺は····)

家までの距離が短くなるにつれトキワは形容し難い焦燥感に襲われていた。
だがそんな焦燥感を一切表情に出すことなく、トキワは前へと歩いていった。
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