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英雄奪還編 後編
七章 第六十六話 一人だけ
しおりを挟む「やはり、私がお前に会う資格などない。お前の両親が殺されたのは私のせいなんだ」
「ッ······違うよ。ばあばは何も悪くない」
「ジン、お前はいつも私のことをばあばと呼んでくれていたな。本当の孫のように思っていた。私は今でも、お前のことが愛しくて堪らない。だがもう私はお前の祖母に相応しくない」
ゴールは絞り出すように言葉を紡いだ。その表情にいつもの厳格さはない。
「あの日、お前の両親が亡くなった日、アルムガルドには魔帝の軍が攻め込んできた。意思の暮らすウィルモンドは私かゼフのどちらか一方が特定の場所に存在しなければ崩壊する。敵はそれを理解しゼフが居ない時に攻め込んできた。意思は殺されたとしてもウィルモンドの中ならば私が復活させられる。そして私は攻め込まれた時、迎え撃つという選択肢を捨て意思の蘇生を優先させた。その後、クレースとゼフが援軍に来たことで形勢はすぐさま優勢となった」
「それなら····ばあばは何も」
ゴールはゆっくりと首を横に振る。そしてジンに顔を見せないまま唇を噛み締めた。
「クレースとゼフは襲来した敵をすぐに片付けた。その時にすぐさま二人を帰せばよかったんだ。だが私は自分勝手な理由で二人を引き留めた。もし私が引き留めければ魔帝のガキにルシア達は······」
(ゴール、嘘は駄目だ)
言い終える直前、遮るようにして二人の間に声が響いた。
(······ロードか)
(ロード? 嘘って何? それにどうしてばあばにも声が聞こえるの?)
(ゴールは武器の王と呼ばれている。ゼフと一緒にウィルモンドを創造した人物なんだ。だからゴールには契約していない武器の意思とも会話ができるんだよ。それと嘘っていうのはね、ゴールは自分勝手な理由で二人を引き留めたわけじゃないんだ。敵に倒された意思を復活させるためにはその魂が必要になる。でもその魂は破壊されたり見つからないまま一日経ってしまえば消えてしまう。そうでしょう? ゴール)
(それは····)
(ゴールは意思を助けるためにクレースとゼフを引き留めただけだよ。彼女にとって僕たち意思は子どものような存在。最後の一人を復活させるまでゴールは一切妥協をしなかった。それだけだよ。だから自分勝手な理由なんかじゃない。あなたは僕たち意思の誇りだよ)
(·····結果が全てだ。綺麗事のようにまとめてはいけない。私が引き留めたせいで二人が殺されたのは事実だ)
ゴールは覚悟を決めジンに向かい歩みを進めた。そして目の前に立つと今度は逸らすことなく数秒間見つめ優しく微笑んだ。
「ジン、お前には世界で一番幸せになって欲しかった。ルシアもデュランもそうだ。だが私が全て奪っていった。もう私のことは忘れてくれ。最後に近くで顔が見れてよかった」
「———待って」
立ち去ろうとしたゴールの腕をジンの左手が掴んだ。右手抱きかかえたままのガルも同様、ゴールの袖に噛み付き静止させていた。
「私は今幸せだよ。でも今ここでばあばのことを離せば私はきっとこの先幸せになれない。だから離れないで。ばあばは私の家族だから」
「······私は」
(これだけ君を想っているんだ。今立ち去ればきっと後悔するよ)
「お前達の家族になってもいいのか」
「もう家族だよ。だから····その」
ジンは何も言わずルシアの墓石の前でゴールを抱きしめた。応えるようにしてゴールはゆっくりと抱きしめ返した。十年以上会っていなかった空白を埋めるように愛情を注ぎ込むようにして。二人は暫くの間抱きしめ合ったが間に挟まれたガルの苦しそうな声と共に二人は離れた。
「そうだばあば、一緒にご飯食べに行こ。私が食べられない分はこっそり食べてくれない?」
「プッ······プハハッ。好き嫌いはいけないぞ」
二人の様子を遠くから見ていた者たちの反応はそれぞれである。中でもゴールと共にアルムガルドから来ていたヘリアルとヘルメスは驚きを隠せないでいた。
「······ゴール様が笑った」
「流石ジンだ。笑うと優しい顔をされるのだな」
「ゴールは昔よく笑ってタヨ。ジンとよく会ってたかラネ」
心配そうにジンの様子を見つめていた一行は一転、安心し腰を下ろした。
「ばあば·······眠たくなってきちゃった。クレースとヴァンに····あやまら······ないと」
「····ジン?」
ジンはゴールに抱きしめられながらゆっくりと寝息を立て始める。眠るジンの頭を優しく撫でながら、ゴールは墓石を見つめ微笑んだ。そして頭の中にロードの声が聞こえた。
(ゴール、ジンは暫く起きないから部屋に運んでくれないかな。他の人達にも伝えて)
(うたた寝しているだけに見えるぞ。それに食事をしないと栄養が足りない)
(起きられないんだ。この子は今、世界でたった一人の魔力を持たない存在。誰であっても無意識に魔力と体力を結びつけて暮らしているけど今のジンにはそれができない。魔力で補っていた分を回復するために自然と眠ってしまうんだ。だから無理矢理起こすのは、ジンの身体によくない)
(そうか。確かにもう魔力が一切感じられないな)
(そういえばデュランの姿を見て驚かないということは既に会っていたんだよね。ジンの呪いやデュラン自身のことは聞いたかい)
(······ああ)
(実は僕もデュランのいた世界から来たんだよ)
(お前もか? だがこの世界で死なない限り転生はできないはずだろ)
(正確には僕は死んでいない。代わりにほんの一瞬だけ僕の前にジンと契約をした意思が亡くなった。その時に、僕が生まれたんだ)
(·······まさかフィリアか)
(その通り。彼女は禁忌魔法を使用し自分を犠牲にする代わりに僕を呼び出した。そして彼女はジンと契約した瞬間、完全に消え去った。けれど僕は彼女のおかげでこの世界に存在することができる。丁度、ヘルメスがウィルモンドに攻め込んできた時のことだ)
(そうか····)
「ジン、もう寝タ?」
「ああ、起こすのはやめておこう」
「ワカッタ。だけど会えてよかっタネ。ボク達も嬉しイヨ。そのまま部屋に連れて行ってアゲテ。ボクがクレース達に伝えておクヨ」
「頼む」
そしてゴールはジンとガルを連れ家に向かった。初めて入る家にどこか安心感を感じベッドに寝かせる。ゴールは部屋の中を見渡すことなく、ただ眠るジンの顔を見つめていた。
「ばあば····」
「ジン、よかった。起きたか」
「ごめん、眠っちゃって」
「大丈夫だ。辛くないか」
「うん」
ゴールは言葉を探すように強く胸を抑えた。少し前に遠目から見た姿と比べてしまっていた。元気なままだと頭では思っていたものの目の前にいる愛孫の身体は衰弱していた。久しぶりに抱きかかえた身体はまるであの頃のように軽い。辛い表情を隠しながら見せる無邪気な笑顔も昔のままだった。
「今、お前の中にある呪いは実に多くの命を奪ってきた。一度呪いにかかり生き残ったのは女神エメスティアのみ。それも生き残れたのはジンの身体に呪いが移ったからだ。だが呪いを移すことは意図的にはできない。エメスティア以外の呪いにかかった者は必ず死に至った」
「なら、生き残るのは私で二人目だね」
「······だな。ジン、これだけは守ってくれ。自分の気持ちは隠さず話すんだ。苦しいのなら、辛いのなら、怖いのなら私にでも誰にでも伝えるんだ。お前を助けるためなら私を含め全員が最善を尽くす」
「分かった。·わがままかもしれないけど、最後の最期まで近くで見ていてほしい」
ゴールは何も言わず、ジンと目を合わせたままゆっくりと頷いた。その一言だけでゴールはジンの大きな覚悟を受けっていた。
「ごめんばあば、もう一回眠るよ。眠たくなってきた」
「分かった。ゆっくりおやすみ」
言い終えるとジンはすぐに眠りについた。丁寧に布団をかけジンの頬に優しくキスをするとゴールは家を後にした。
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