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英雄奪還編 後編
七章 第六十四話 終の粛清
しおりを挟む幾度となく行われた女神の粛清は今回を最後としてその長い歴史に幕を閉じた。各地で激しい戦闘が繰り広げられたものの幸い粛清による地上の死者は居らず各国の復旧作業はギルバルトの機械兵により早急に行われた。
そして最後に行われたこの女神の粛清は「終の粛清」と呼ばれ多くの歴史学者によりその内容が脚色されながらも後世に残る形となったのだった。
終の粛清が終了し数日後。モンド内に移動させていた建物は全て元の位置に戻り、普段通りの生活が取り戻されつつあった。ただ、戦闘により重傷を負った者達が快方へと向かう一方、ジンのみが数日間眠ったまま目を覚さないでいた。
———その日、ジンの住居には朝からルラン、クレース、そしてシリスが訪れていた。
「おいパール。ジンは疲れてるんだ。少しくらい離れていろ」
「······ヤッ! それならガルも!」
「仕方ないだろ。ガルは言葉が分からないんだ」
「クレース、シリス。二人で着替えさせてあげてくれ。悪いが俺はパールを連れて昼食に行ってくる。それと、今日だからな。もし目覚めた時は落ち着いてすぐに教えてくれ」
「ああ」
「分かったのだ」
ジンが倒れて以降、主にルランとクレースが身の回りの世話を行っていた。ルランの話によればジンが意識を取り戻すのは本日。その情報は各国の帝王に共有され本日午後、魔帝を除く帝王全員がボーンネルに訪問することとなっていた。今日はジンの目覚めを祝うため国全体で宴の準備が行われていたのだ。
「なあクレース。私······聞いたんだ。ルランがジンのお父さんだって。でもジンはそれを知らないみたいなんだ。どうしてルランは本当のことを教えないんだろうな。もしかしてジンに嫌われていたのか?」
「そんなはずないだろ。一度この子とは死別したんだ。二度も自分の死ぬ姿を見せたくないんだろうな」
「そう······なのかな」
「まあ正直な話、母親にべったりな子どもだったんだ。だから父親が生きているなら母親も····なんて思わせないようにするためだろうな」
「母親······」
「どうかしたか?」
「······いいや。少し昔の親友を思い出してな。······ってなんだこの身体。痩せ過ぎだろ。もっと食べさせないと」
「少ししか食べさせられないんだ。今日目を覚ませばきちんと食べさせる。それよりもシリス、ここ数日毎日来ているが国のことはいいのか。ベージュに押し付けてばかりだと聞いたぞ」
「し、仕方ないだろ! 心配なんだ」
するとその時、勢いよく扉が開き不機嫌そうな表情のゼステナが入ってきた。
「おいシリス!! もう交代の時間だろ!!」
「ああ~もうッ! 分かったのだ!」
現在のジンにはお世話係というものができていた。ジンが目を覚ますまでの間、ルランとクレースの補助をするという形で女性一人が抽選で選ばれる。応募者が殺到したため一人三十分という制限が設けられ一日数十人が交代制で入っているのだ。
「クレース、そろそろ休みなよ。もう数日間寝てないだろ?」
「私は大丈夫だ。何時だっていい。目を覚ましたら温かいアップルジュースを出してあげるんだ。それにまだ寒いから、抱きしめて温めてあげないといけない。こうやってジンが近くに居れば、私は疲れない」
「まあそろそろ目覚めてくれないと男共がうるさいからね。ゼグトスなんて家の前から一歩も動かないしさ。僕も早く、ジンと話したいな」
そして昼が過ぎ、ボーンネルには各国から帝王をはじめとした来客が続々と到着していた。国内、国外含め参加者の総勢は数百万を越える。この大規模な宴は粛清の終結と共に企画されジンの目覚めと合わせるため僅か数日の内に準備されたのだ。
少し前から雪が降り出し、ボーンネルの街道には既に雪が積もっていた。転移魔法を使用していた為、招待客は無事に辿り着き街は活気で溢れかえる。ほんの数日前までは戦場となっていた場所とは思えない程に街は綺麗に装飾され長い街道には既に出店が出ていた。
定刻通りならば宴は夕方に花火と共に開始が宣言される。それまで招待客はリラックススペースや既存の店に出入りし時間を潰していた。
大規模な宴の準備。大半の準備を完了する中、厨房は未だ多くの仕事に追われていた。ヴァンやエルムは寝る間を惜しみ大量の料理を作っていたが、必要な量が想像を絶する程だったのだ。
「ヴァン。料理の方はどうだ~? 暇だから手伝うぜ」
「トキワの兄貴! 助けてくれ~! 絶対間に合わねえ!」
「了解だ。余ったヤツらは全員厨房に回す」
「助かるぜ兄貴。それでジンの様子はどうだ? あんまり食べれてないだろうから栄養満点の特別メニューってことで用意してるんだけど」
「ありがとうな。まだみたいだ。取り敢えずは宴の準備しようぜ」
「そうか。兄貴·····」
ヴァンは誰にも聞こえないようこっそりトキワに耳打ちした。
「閻魁とかブレンドとかエルバトロスさんとか、その他大勢が出し物用意してるだろ? でも全員ジンが目覚めてからしか披露しないみてえなんだよ。ボルも花火はジンが見ないと意味がないって言ってるしさ。本当に今日起きるのか? もしかすると出店とかだけ終わっちまうかもしれねえぜ。主役がいないままさ」
「大丈夫だ。イミタルっていう魔法で他人の容姿をそのままコピーできるやつがいてな。色々敵対はしてたみたいだが今は協力してくれるみたいだ。もしもの時はそいつにジンの真似をしてもらうしかねえ」
「なるほど。まあそうならねえといいな」
ヴァンの不安は残ったまま時間は過ぎていく。急ピッチで料理は完成していき招待客の大半が到着した頃には国中が美しい飾りで覆われていた。小粒の雪が降り幻想的な景色が広がっていく。寒さに困らないよう会場はモンド内に設置され中には続々と招待客が入っていった。
————モンド内。ボルは直前まで準備に追われていた。
「ボルさん。帝王の方々がまだモンド内に入っておられないようなのですが、何かご存知ですか?」
「多分全員ジンの部屋に向カッタ。後は料理を並べて·····ジンを待つだけダヨ」
モンド内には数百を超える会場が用意されていたが中は既に参加者で溢れかえっていた。しかし魔力波による誘導だけでなくサーベラによって各部屋並びに外の様子も映し出されていたことで混雑は起こらなかった。日が沈む中、参加者の熱気は最高潮へと近づいていく。しかし開始の合図を知らせる花火はまだ上がらない。
(クレース、ジンの様子はドウ?)
(まだ起きそうにはないな。先に始めておくか? 私はジンと後で向かう。それと帝王はたった今会場に向かったぞ)
(リョウカイ。でも主役がいないと始まらなイヨ。それとモンドとウィルモンドを繋げたからゴールも来てるンダ。きっとジンと会いたいと思うから覚えておイテ)
(ああ、分かった)
クレースは魔力波を切ると温かいアップルジュースを用意した。クレースとジンの他にその場にはパールとガルのみ。お世話係は現在、準備のため外に出ていた。
「もうアップルジュース飲めない。おなかたぷたぷ」
「頑張れパール。好物だろ。もしこれも冷めたら飲んでくれよ」
「えぇ~」
外はすっかり暗くなりお腹の満たされたパールは必死に眠気と格闘していた。開始予定の時間が少し過ぎる中、参加者の多くは花火の開始を待ち望む。
「ねちゃダメ····だめ····だ····め」
眠気に負けたパールはジンの隣で眠りについた。
「あっ、寝ちゃったね」
「そうだな··········?」
「バゥ!!」
パールが眠りに落ちたと同時にクレースの耳には声が聞こえた。突然のことに一瞬思考が停止するがガルの吠え声にハッとしクレースは手に持っていたカップを床に落とした。目の前で横になるジンは右目を開け寝落ちしたパールの顔を見ていたのだ。
「どうしてクレースが家に? もしかしてもう朝?」
ジンは寝ぼけた顔のまま目を擦りパールをゆっくりと抱き寄せる。クレースが固まる中、扉が勢いよく開きゼグトスが目を血走らせ駆け込んできた。
「ジン様ッ!!」
「どうしたのゼグトス? 何かあった?」
「いえいえ、私は特に。数日間眠っておられていたため心配致しました。お身体の具合はどうですか?」
「えぇ!? 数日も? ついさっき眠った気が····」
「痛いところは? お腹空いてるだろ?」
「うん····苦しいから離して······あれ、もう外暗い?」
「ああ。粛清が終わって宴をするんだ。みんな待ってるぞ」
「本当!? 行きたい!」
「まずは着替えないとな。ラルカがドレスを用意してるんだ。外は雪が降って寒いから会場のあるモンドの更衣室で着替えよう」
「うん!」
(ルラン、ジンが無事に起きたぞ。これから更衣室に向かう)
(そうか·····よかったぁ。そうだクレース、魔力波で全員には伝えるなよ。前は国中でパニックが起こったんだ。確かラルカの衣装があればいいんだよな。ラルカには俺から伝えておくからバレないようモンドに移動してくれ。それと左目が見えないと思うから気を遣ってあげてくれ)
(そうなのか。了解した)
「聞こえたな? 混乱が起きないよう誰にもバレずに行動する」
「ええ。転移魔法を更衣室に繋げております」
「お前は来るなよ。外でボルにジンが起きたと伝えておけ」
「······はい」
「ロードも持って行っていい?」
「いいぞ。でももう戦闘は終わったんだ、安心しろ」
「うん」
そしてゼグトスはジン達をモンドへと転移させた。その数秒後。家の扉が開きゼステナが部屋の中に駆け込んだ。ゼステナは部屋を見渡しジンがいないのを確認すると肩を落とした。
「クッソォ~、一足遅かったか。ジンの声が聞こえたからすぐに飛んできたのに。いつ起きたの?」
「つい先程です。モンドへと向かわれました」
「そうなんだ」
「······? どうかしましたか?」
ゼステナは小さくニヤけるとゼグトスの顔を覗き込んだ。
「そういえば君がジンの下についた理由ってさ、可愛いとか王の素質があるとかそういう理由に加えて自分よりも強いからだっただろ?」
「一体何が言いたいのですか?」
「一つ聞きたいだけさ。今のあの子は魔力を持たない剣も振るうことのできないただの可愛い女の子だ。ちっぽけな魔物一匹も倒せないそんな矮小な存在に君みたいなプライドの高い祖龍がこれからも従っていくのかい?」
「フンッ、実にくだらない質問ですね。私にとってジン様は信仰する対象。人が生涯、自身の神を崇拝することと同じですよ」
「へへ、まあ言い方はともかくそれが聞けてよかったよ。意地悪な質問だったね。ちなみに僕は離れないよ。これが人間のよく言う愛ってやつなんだろうね」
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