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英雄奪還編 後編

七章 第六十二話 終結と始まり

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 剣からロードの気配が消えた。代わりにロードに包まれ一体となったような感覚がする。いつも一番近くにいるのロードが身体を纏っている。今ならきっと何でもできる。

(ジン、君の思うように戦ってくれ)

 ロードは防具のようにジンの身体を纏い純白の姿となった。見えなくなった左目はロードの感覚と同期することで一時的に視力を取り戻す。王の瞳により放っていた威圧は凪のように静まり返っていた。

「貴様、何をした」

「分からない。ただもう、出し惜しみをしなくてもいいよ」

 ロードが具現化した今、ジンの存在は最強と化していた。速度はクレースと同等、魔力操作はトキワ以上となっていた。しかしロードの力を纏おうと呪いは消えない。呪いが完全に身体を蝕む前に決着するならばジンが勝利する。そうでなければレウスの勝利が確定する。両者ともにそれは理解していた。

 ロードの意思が抜けた小さな剣。軽く振られるその剣の刀身をレウスはただ呆然と見つめていた。刀身はレウスに当たってはいない。空気を撫でるかのような優しい滑らかな動き。レウスは自然と自身の感覚を視覚に集中させていた。

(レウス、守れッ)

 しかしその集中がレウスに隙を与えていた。両腕、両足に斬撃を喰らいその日初めてレウスは痛みを感じる。予備動作とも言えない剣舞のようなジンの動き。だが確かにレウスは両膝をつき倒れていた。

「ハッ、ハハハハッ——!! いいぞ、これでこそ求めていた攻撃だ!」

 レウスの傷は再び修復され何事もなかったように立ち上がった。レウスと契約する意思——グレイの能力は「構築」である。どのような物性であろうとも無機質であれば構築が可能。加えて自身に対してのみ肉体、魂の構築が可能となる。つまりレウスはどのような傷を負おうとすぐさま自身の身体を構築することでダメージをゼロにすることが可能なのだ。

 個体として、生命の頂点に君臨するレウス。だが目の前にいるジンは明らかに異質だった。純白を纏った少女に一切の隙が見当たらない。少しでも行動を間違えれば敗北が確定する。レウスは無意識のうちにそう認識していた。

 レウスは空中を飛び追尾するようにしてジンが高速で飛来する。ジンの身体を纏うロードは翼を生やし自由自在に空中を舞う。空中を舞う二人は衝突を繰り返し、その都度剣が交わる。剣の刀身が触れ合う時間はごく僅か。しかし正確さと攻撃力はジンが完全に上回っていた。故にレウスの肉体に対する再構築は頻度を増す。

 このまま行けばレウスの体力のみが消耗され時期に勝負は決着する。
 しかし、単調な攻防戦は突然終わりレウスは空中で動きを止めた。

(グレイ。全てだ。この戦闘に全てを賭ける)

 全て、それはレウスにとって生命力の消費を意味していた。そしてグレイは躊躇うこともなくレウスの生命力を喰らい意思としての力を増大させる。

(ジン、注意するんだ)

(ロード。敵の様子がおかしい。生命力が減少している)

「ウァアアアアア”ア”ア———!!」

 龍のような雄叫び。その咆哮は無自覚の内にレウスが自身へとかけていた負荷を解放させ身体から再び魔力が溢れ出してきた。

(ジ僕の力に抗えるのは同じ開闢の意思。ジン、あいつのリミッターは完全に外れようとしている。早く決めた方がよさそうだ)

 レウスから天に突き刺すようにして溢れ出る魔力の塊。更にグレイの意思としての力が上乗せされ強大さは想像を絶する。荒れ狂う魔力の渦。その中心でレウスは整然と立ち視界にはジンを捉えていた。

「創造せよ」

 レウスが小さく呟いた次の瞬間。ジンの周りを五つの物体が取り囲んだ。レウスの身体、その数十倍程はある巨大な鉱石。先端は尖り五つ全てがジンに向いていた。

「さあ、どう凌ぐ」

 出現した鉱石はアルマイト鉱石と呼ばれる。Gランクの魔物のように存在自体が不明瞭であったその鉱石はレウスによって最も簡単に生み出されていた。性質はガルド鉱石と同じく魔力を溜め込むことができる上に溜め込める魔力量に制限はない。故に無際限に溢れ出すレウスの魔力がただひたすらに注ぎ込まれる五つの鉱石は未曾有の災害を引き起こすほどの巨大なエネルギーを有していた。

王の絶対命令ロード・オブ・マキア

 五つの鉱石が発射された瞬間、呟くようにその魔法は発動された。

「···········」

 だが何一つとして状況に変化はない。

「地に伏せろ」

 ジンを中心に発動される重力魔法。しかしレウスにとっては想定内の対応であった。

「笑止。これほどのエネルギーを持つアルマイト鉱石が重力魔法の干渉は受けん」

 レウスの言う通り、重力魔法にも限界が存在した。凄まじいエネルギーを有しジンの方向へと動き出した五つの鉱石。何者であろうとそのベクトルを変えることは不可能に近いものであったのだ。

 ただ、現在のジンを除いて。

「落下している······何故だ」

 重力魔法の限界を裕に越える力。鉱石がジンの方向へと向かうベクトルは消え去り五つは同時に急激な落下を始めた。内包したエネルギーを保ったまま五つの鉱石は地面に衝突し爆発が巻き起こる。

虚無ロード・オブ・ヴォイド

 五つの鉱石による爆発は辺りに広がることなく出現した虚無空間にその全てが吸い込まれていった。

「······化け物だな」

 王の絶対命令———それは魔法に対する絶対的な命令である。魔法という自我を持たない存在に対する命令。しかしこの命令は絶対であり何者からの干渉をも受け付けない。

叡智ロード・オブ・ソフィア

 次なる魔法の発動。空中に浮遊したジンの身体から無数の魔力の線が出現しそれぞれが枝分かれを始める。空間全体に魔力の線は広がりジンを中心にして球体が形成された。ただレウスに対する攻撃はない。だが存在するだけで圧倒的な威圧感を誇っていた。

(おそらく枝分かれした魔力は防御に使用される。試しているということか)

「創造せよ」

 レウスは自身の背後に無数の武器を出現させた。その全てが意思を宿す程の力を持つ。大剣、レイピア、太刀、大槍、多種多様な武器の矛先はジンへと向き攻撃の時をただ待つ。

「貫けッ」

 一斉に放たれた武器の雨は魔力の球体に衝突する。細い魔力の線により構成された球体。厚みはなく一見すれば容易く貫かれるように見える。だが衝突した武器の全ては空中でピタリと動きを止めた。

(レウス、守りを固めろッ——)

 咄嗟に何かを感じ取りグレイの警告がレウスの頭に響く。そして警告が正しいということはすぐさま明らかになる。

「帰れ」

 人族であるジンにとって唯一欠けていたのはゼグトスやゼステナが行うような高度な演算能力である。しかしロードと感覚が共有された今、演算能力は祖龍をも超えていた。無数とも言える武器の座標を把握し、その全てに重力魔法を付与させる。そして軌道を変えレウスの方向へと向かわせるのだ。

「創造せよ」

 しかしレウスにとって防御など容易いものである。武器と同数の盾を出現させる。そして衝突した瞬間武器と盾は粉々に砕け散り、空中には破片が散らばった。 

記憶ロード・オブ・ミニム

「······ッ小賢しい」

 ジンが先程から発動する数々の大技。理不尽とも言えるその能力にレウスのフラストレーションは蓄積されていた。それにより生まれた衝動的な行動。発動された技を分析することなくレウスは直接攻撃を仕掛ける。しかし冷静さを欠いたとはいえ攻撃速度は神速。

「理の剣」

 レウスが近接戦闘において現在出せる最大火力。相手のありとあらゆる防御を貫き斬撃を与える必中の技である。だが一直線にジンへと向かうレウスはどこか違和感を感じていた。その違和感とは先程発動された魔法である。

(ジン、君の勝ちだ)

 次の瞬間、レウスは動きを止めた。グレイを構えジンに対して攻撃を仕掛けるという軌跡を逆順になぞるようにしてレウスは元の位置に戻る。第三者から見れば逆再生されたものを見ているような異様な光景。だがレウスにとってはそれが当たり前であるかのように行動していた。

「······俺は何を」

 記憶の王———能力は対象者に対する記憶の改変である。そして記憶の改変に伴い対象者の行動も変化する。つまりは”ジンに対する攻撃”という記憶が”何もしない”という記憶に書き換えられたのだ。対象となったレウスとグレイは現在、ジンにより改変された記憶の中にいる。意味するのは完全なる行動の制限である。

(ジン、よくやったね。君の勝ちだ)

(うん。でもまだ油断はできない)

 レウスの記憶は自然に改竄され僅かな違和感のみが残る。しかしジンに対する強大な攻撃意思が消えることなどない。攻撃を繰り出しその度に記憶の改変が起こる。故にグレイの剣先がジンに届くことはない。この行動範囲が制限された状態でレウスを巨大な虚無空間に封じ込めればジンの勝利は確定するのだ。

(ジン、終わらせよう)

(······ロード、聞いてもいいかな)

(うん、何でも聞いて)

(呪いが進行すれば、魔法は使えなくなるの?)

(······うん)

(一つだけでいいんだ。呪いで自由が効かなくなった時に一つだけ魔法を使えるようにできないかな)

(うん。今この剣に込めれば、剣が壊れない限り魔力なしで使用できるよ)

(分かった。ありがとう)

 そして剣にはゆっくりと、慎重に魔力が注ぎ込まれた。

(これで大丈夫だよ。何の魔法を使いたいの?)

(··········)

(ジン?)

 ジンの勝利が確定していた状態。しかし、決着は突如として思わぬ形で訪れる。

(ジンッ!!)

 純白の防具は姿を消し、ロードは再び剣の中へと戻っていったのだ。空中で翼を失ったジンは全身の力が抜けただ落ちていく。レウスへの記憶の改変は終わり、一切の防御が消え去ったジンに攻撃的意思が向けられた。

「時間切れのようだな」

(ジン起きるんだ!!······クソッ! 早く来てくれ!!)

 ロードにとっても意図していなかった事象。二つの世界の僅かな差異によりジンの呪いが先行したのだ。

「呪いに苦しむ必要はない。ここで眠れ、強者よ」

(ジン!!)

 ロードの声が周りに届くことがない。意識が途切れかけているジンの頭に響き渡るのみ。

「ッ—————」

 しかしレウスがトドメを刺す直前、光が飛び込んできた。灼熱の如き紅い光。その人物はレウスを地面に叩き落としジンの身体を優しく抱きかかえた。

「一体······どうなっている」

 現れたのは武器の王。ゴール・アルムガルドである。

「ジン······ジン」

 その視界には久方ぶりに見たジンが映っている。しかし呼びかけても返事が返ってくることはない。完全に意識を失っていた。

(おいロード、これはどういうことだ)

(呪いだ。詳しい話は後にしよう。すぐに安静な姿勢を取らせないと)

(ボル、トキワ)

(は、はいッ!)

(ハイッ——)

(ここまで二秒で来い。)

 怒り、困惑、驚愕、様々な感情がゴールの心の中で渦巻いていた。しかしすぐさま、怒りの感情が台頭し鋭い瞳でレウスを睨みつける。レウスとゴールの睨み合い。そして、二秒が経った。

「————ッ」

 ゴールの命令通り、トキワとボルは二秒以内に到着する。そして同時に驚愕し、二人は固まった。普段とは全く様子が異なる主の様子。生気は消え真っ白だった肌は少し青ざめていた。

「間に····合わなかったのか」

「······」

(ゴール、ジンはまだ無事だ。二人に伝えてくれ)

「この子はまだ無事だ。突っ立ってないで早く運べ」

「······エッ」

「いいから早くしろ。死なせたら殺すぞ」

「······おう!」

「ワカッタ!」

 二人はロードとジンを持ちすぐさまその場を後にする。残されたのはゴールとレウスのみ。だがゴールは武器を収め地面に倒れ伏したレウスを見下ろした。限界を迎えていたのはレウスも同様であった。生命力の消費による物理的な限界。既に動くことすらできないでいた。

「生命力を代償にしたのか······どうだ。あの子は強かったか」

 その問いにレウスは笑みを浮かべ、清々しい顔で答えた。

「······ああ、強かった。我の敗北だ」
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