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英雄奪還編 後編
七章 第五十七話 繋ぐために
しおりを挟むモンド内の空間はレウスの力により分断され離れた空間には転移することも容易ではない。だがそんな中、クレースだけは自由自在に動き回っていた。一人の敵に専念することはない。そもそも相対した敵は数秒のうちにのされていた。しかしあくまでもジンの命令通り敵を殲滅させつつ人命を最優先にして行動していたのだ。
「全く、歯応えのない奴ばかりだ」
「クレースッ——待ってくれ」
高速で移動していたクレースはその声に呼び止められ動きを止めた。
「デュランか。どうした、一人で大丈夫か?」
「問題ない。二回目だ。少し時間をくれ」
「ああ、構わないが······お前私に隠し事をしてないか」
「······それは」
「嫌いな匂いがする。お前、魔帝と会ってないだろうな?」
核心をついた質問。確かにデュランは先程まで魔帝と行動をしていた。怒気を孕んだクレースの顔。クレースの威圧にデュランは唾を飲みながらも何とか平静を装った。
「これだけ魔力が入り乱れているんだ。警戒心が強くなるのはいいが大丈夫だ······ゴホッ、ゴホッ——」
「随分と顔色が悪いようだが大丈夫かデュラン。無理はせず休め。安全な場所まで連れて行こうか」
「問題ない。それに何も疲れてない。楽しいんだよ。一度死んだ娘を助けられるかもしれない、その可能性があるだけで人生はこれほどまでに楽しい」
目の隈が目立つデュランだったが顔には心からの笑みが浮かんでいた。
とは言っても周りは危険な戦場。二人は安全な場所へと移動しつつデュランはアルミラの進んだ方向とは逆向きにクレースを誘導した。
「それで私への用はなんだ?」
「実はな······」
デュランはクレースにこれから起こり得るあることを話した。デュランにしか予知できないほどの事象。だがクレースは驚くことも疑うこともなく詳細を聞き状況を全て理解した。
「難しいことだがお前なら何とかしてくれると信じている。頼んだ。それと既にこの場所へゴールが来ているみたいだ。ゴールにはまだ話をしていない。あまり喋りすぎないようにしてくれ。あいつ孫バカだからな」
「お前もよっぽど親バカだろ。ゴールか····会うのは久しぶりだな。楽しみだ」
クレースと別れた後、デュランは身を隠すようにして建物の中に入った。
そして誰の目にもつかない場所でデュランは力が抜けるように倒れ込んだ。
筋肉にうまく力が入らない。先ほどまでも立っているのでやっとだった。
「もう少し、もう少しでいいんだ。まだやることがある······まだ····」
(頭の中では分かってる。これから俺はネフティスのところへ······)
「おい人間、しっかりせんか」
「······ネフティスか。どうしてここが」
「お主がわしの国へ来ると言ったであろう。戦争は好かん。さっさと行くぞ」
「大丈夫ですかデュランさん? 転移魔法陣でお送りします」
現れたのはネフティスとメイル。何度もバルハールを訪れていたデュランと二人は既に顔馴染みである。
「ああ、すまないな。ここでやるべきことは全て終わった」
「······お主、自分の身体の状態ぐらい理解しているのだろうな」
「繋ぐんだよ。たとえどうなっても最後まで俺はあの子の道でいい」
「······デュランさん」
「行こう」
こうしてデュランは二人とともにモンドからバルハールへと転移していった。
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ダロットとエルダンの戦闘はまもなく終わりを迎えようとしていた。
両手と膝を地面につき血を流すのはエルダン。対するダロットは完全に傷が回復し万全の状態で立っていた。
「あぁあぁ弱いな。これだけの時間があったんだからよぉ、ちったぁ強くなっておけよぉ」
「······」
戦闘時間は二十分ほど。初めは互角の戦いを繰り広げていたが天生体となったダロットの自己再生力と無尽蔵の体力によりエルダンは圧倒された。加えて持っていた牙震を魔法により封印されエルダンは完全なる肉弾戦に持ち込まれていたのだ。
「ヘッ·····」
だがエルダンにとってはまだ勝負の途中だった。
五体満足であり身体もまだ動く。エルダンにとって戦いの高揚感は今も上がり続けていた。
それが伝わっていたのかダロットは煽りながらも徐々に苛つきが溜まっていた。
「面倒だなテメェ。何回立ち上がんだ? いい加減くたばれよッ!」
倒れるエルダンの上から魔力弾の雨が降り注いだ。人間の皮膚など容易く貫く程の威力。だが戦闘開始から剛轟状態のエルダンにとっては耐えられない攻撃ではなかった。
「あぁ? 何立ち上がってんだよッ!」
ダロットからの集中砲火の中、エルダンはニヤリと笑い立ち上がった。
(どうなってやがる。さっきの戦闘で体力はないはずだろぉ。何故魔力が増えてんダァ!?)
突然、エルダンの身体は凄まじい魔力が纏う。渦巻くその魔力はダロットにも視認できた。剛轟で強化された身体に覆い被さるようにして魔力はエルダンに馴染み光り輝く。
(ジン様、ありがとうございます)
拳を握り締め強く思いを込めた。
鍛え上げられた肉体は膨大な魔力に耐え身体は常時衝撃波を纏う。
「忘れたのかよ!? テメェに武器はねえ。お前の拳如きで俺を殴ったところですぐ再生すんだよッ!」
ダロットは最大限の結界魔法を自身に纏い防御の体勢をとった。
ダロットにとっては圧倒的に有利な状況。だがダロットに先程までの余裕はなかった。
空中に浮遊するダロットに対してゆっくりと地面を歩くエルダン。
一歩、また一歩、歩く度にエルダンから放たれる怒気は激しさを増した。
ダロットが見せるのはひたすら防御の構えのみ。だが先に攻撃を仕掛けたのはダロットだった。
「炎鬼の波動ォオッ!」
四方八方からエルダンの身体を押し潰す重圧。
妖力と魔力が混ざり合った圧力はエルダンの動きを封じ込めた。
「はぁ!?」
だがエルダンは重圧の中再び動き出した。踏み込む一歩に伴い地面に走る衝撃波。向かう先にはダロットが封じ込めた牙震があった。今のエルダンに武器を持たせるのは危険であると本能がダロット自身にそう訴えていた。
「隠してたぁ? この俺にッ! 本気じゃなかったのかよぉオオオ!」
「··········」
「ッ————」
エルダンに睨まれ強烈な圧がダロットを襲った。
細胞が震え考え攻撃的意思とは逆に身体が思うように動かない。
気づけば振り返り背中を見せ逃亡を図っていた。
(どうしてだ!? どうして俺が逃げる!? 勝ってただろうがよぉ!)
封じ込めた牙震にエルダンは真っ直ぐと手を伸ばした。
多重に結界を施し生身の肉体で触れれば瞬時に焼き切れる。
だが剛轟とジンの強化魔法により超強化されたエルダンの肉体は結界を容易に突破した。
(そうだッ——今じゃねぇ。俺は逃げるんじゃねぇ。戦略的撤退だ)
後ろから感じるのはエルダンの覇気。
背筋が凍りつきダロットの余裕はいつしか恐怖に変わっていた。
「はぁ!? 身体がッ! テメェ何しやがった!!!」
突然、ダロットの身体は動きを止めた。金縛りにあったように身体中が痺れ浮遊していた身体はゆっくりと地面に落ちていく。しかし原因はエルダンではなかった。
「閻魁テメェ!」
「フハハハハッ我参上!! エルダン! 行けッ!!」
「恩に切るぞ、閻魁!」
「閻魁! お前は俺が助けてやったんだろッ——! 恩を仇で返すんじゃねえよ!!」
エルダンが近づくにつれダロットの恐怖は増し焦りは声に現れていた。
「うむ。そうであったか。どこかで見た顔だったなるほどな。思い出した思い出した!」
「だったら助けやがれ!! あの時みたく俺とこいつを倒せ!!」
「······へ? 何故?」
閻魁にとっては純粋な疑問。だが自然とダロットに対しては最高級の煽りとなっていた。
「離せ! おい! 聞いてんのかよおい!」
「まったく、うるさうやつだな。別に我くらいのレベルだと一人でも結界くらい破れたしぃ。あの日一人で出ようと思ってたけどその前にお主が来ただけだしぃ」
「テメェ! ふざけるなよぉ!」
「ふざけているのはお前だ。何故善人を殺した分際で······のうのうと生きていられる」
「当然だろぉ! 俺が正義なんだよぉ!!」
「それで今幸せか?」
「———何言ってるテメェ····」
エルダンはダロットの目を真っ直ぐ見つめ再び強く拳を握りしめた。
「······だったら」
「ッ———グっ」
エルダンは動けなくなったダロットの顔面を勢いよく殴りつけた。
だが武器は使用せず、打撃を続けることはない。
魔力を纏わない生身の拳で一発のみ。だがダロットは白目を剥き絶命した。
「閻魁、先を急ごう」
「よいのか? 此奴死んでおらぬぞ」
「殺すことが復讐じゃないからな。死んだ仲間の無念は俺が背負って生きればいい」
「フハハ! 格好が良いではないか。行くぞ友よッ!」
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