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英雄奪還編 後編

七章 第五十六話 それでも今だけは

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 ジンはアウロラと別次元の戦いを繰り広げていた。戦闘中幾度となく時間停止を繰り返し、もはやほとんどの者に戦いは視認できない。時間停止中は動けないパールとガルを庇いながらの戦闘。結界も時間が停止していれば無意味に等しかった。

「手を抜いているようですが、並行して何かをやっているのですか?」

「いっ、いや····やってないよ。とても真剣だから」

 みんなにはあんな命令したけど流石に無理がある。それにみんなに強化魔法も付与できていない。そのためここに来てすぐインフォルとゾラに一つ頼み事をしていた。その頼み事が気になっているのは確かだ。

「······ふぅ、あなたには私の能力も意味を成しませんね」

「いいやちゃんと効いてるよ。時間が止まってると動きにくいもん」

「そうですか」

 アウロラは指をパチンと鳴らすと止まっていた時間が再び動き出した。ガルとパールは依然としてこの場にいる。アウロラから距離を取るよりもジンの後ろにいる方が安全だったのだ。

「じん、頭いたい。ぐらぐらしてるぅ」

「がぅ」

「えっ、大丈夫? 魔力濃度高かったかな。おいで」

「えへへぇ」

 無邪気に懐くパールを見てアウロラの顔は曇っていた。

「······あなたがこのままその天使と関わっていても何一つよいことはありません。論理的に物事を考えなければいつか足元を救われますよ」

「それは····ないかな。この子が私を母親だと言ってくれるから、関わる理由なんてそれで十分だよ」

「そうですか。忠告はしましたよ。ですが関係はありませんね。あなたは直ぐに死ぬのですからッ!」

 アウロラの魔力は時間に干渉する特殊な属性である。放たれたその魔力は衝撃波を纏い広がりゆっくりと進み始めた。爆風を巻き起こしながら進む魔力の渦に触れれば激しい振動が細胞を震わせ肉体は瞬時に崩壊する。
 予想外の難敵にアウロラは焦り、この戦いを早急に終わらせようとしていたのだ。

(ジンちゃん今ええか?)

 魔力が迫り来るその時、インフォルの魔力波が飛び込んできた。

(あっ、もしかして終わった?)

(おうよ! ゾラはんの手助けあってこそやけどな。ほな後は任せたで)

(ありがとう、また後で)

 インフォルとゾラには強化魔法のための準備を手伝ってもらっていた。遠隔で全員に強化魔法をかけるなんてことはできない。そこで二人に頼みモンドにいる味方全員に魔力をマーキングしてもらったのだ。僅かな魔力でもいい、媒体が必要なんだ。

「何をよそ見しているのですか! あなたの敵は私でッ——!?」

ロード・オブ・マティア

 王の瞳の発動と同時に放たれたアウロラの魔力はかき消された。ガルはパールに覆い被さりマティアによる威圧から身を守る。

「ラストエント。ディア・インフィニティ」

 その瞬間、ジンを中心に膨大な魔力がモンド内を駆け巡った。女神陣営にとっては最悪の魔法。幸か不幸か、その強化魔法はある者は命を救われまたある者にとっては決着を決める決定打となった。

「隠していたのですか。女神を相手にして······」

「別にそんなつもりはないけど····お姉さん強かったよ」

 アウロラは数秒考え込みジンを見つめた。アウロラの魔力の込められた瞳は対象者の未来、そして過去を見ることが可能である。しかしこの目でジンを見るのは二度目だった。

「······フフフ、私らしくもない。論理的に物事を考えられていないのは私でしたね」

 突如としてジンを見つめるアウロラの姿勢は変化した。それは敵対するものへ向ける姿勢ではない。張り詰めていた空気は消え去りアウロラは自身の魔力を抑え込んだ。

「ガル、頼んだよ」

「バゥ!」

「ジンまって! どうしッ——」

「ロスト」

 パールとガルはロストによる空間に包まれ完全に音が遮断された。必死に抵抗し離れようとするパールをガルは尻尾を使い抑え込む。そしてジンとアウロラはその場所から距離を取った。

「どうやら話をしてくれるようですね」

「敵対してる様子はないから。私に聞きたいことがあるの?」

「戦いが始まった時、私の目にはあなたの最期が見えました。そして私は勝利を確信しあなたと戦うことを決めました······ですがそうではなかった。あなたが死ぬのはもう少し先の話。あなたは······」

 ———カランカランッ

 アウロラが何かを言いかけたその時、突然ロードが音を立てて落ちた。さらに何かを訴えかけるように魔力を纏い光を放つ。

(ジンッ! そいつの言うことを聞いちゃだめだ!)

(······どうして?)

(それは····その)

「意思と話しているのですか。どうやらその意思は多くのことを知っているようですね」

 ロードを拾い上げ鞘に納めた。多くのことを知っている。その言葉の意味がどこかわかるような気がする。いつからか分からない。一つ気になることがある。

(もしかしてロードは····何かを見てきたの?)

(ッ———僕は、その)

(ロードの話は必ず後で聞くよ。私は大丈夫だから)

(······)

「ごめんさない。話を続きを聞いてもいい?」

「ええ。ですがその前にある呪いについて話をしましょう」

「呪い?」

「そう、呪いです」

 アウロラは拳を強く握り呼吸を落ち着かせる。そしてゆっくりと話し始めた。


「今より遥か昔。女神と悪魔の大戦争が起こった時です。
 相反する者同士、互いの威信をかけた戦争。
 お互いの戦力差はほぼ互角であり日々多数の犠牲が出ました。
 そして長く続く戦争の間、悪魔は戦争により失われた魂を代償に凶悪な呪いを作り出しました。
 女神を葬り去るほどの呪いは凄まじい瘴気を放ち天界を蝕みましたが、女神の力によりその呪いは抑え込まれました。しかし呪いの力は完全に消え去ることなく半減し地上へと落ちていったのです。
 呪いは数百年を周期に発現し地上にいる者たちへ無作為に取り憑きました。
 呪いにかかったものは必ず十年も経たぬうちに死を迎え、さらに呪いは時が過ぎるにつれ濃くなっていきました。
 我々女神は天使達に地上の者達を下界の民と呼ばせ天界と地上を差別化しこの呪いが地上の民に対する必要悪であるとしました。
 しかし一人の女神はその呪いを地上から消し去ると言い出したのです。
 天使や他の女神はその女神の意見を酷く反対し、何度も止めようとしました。
 ですがその女神は自身の子に呪いを宿し、その子を葬り去ることで呪いを完全に消し去ると言いました。
 私達はその考えを了承し女神は子を生み出しました。
 ······しかしその女神は呪いを全て自身の身体に宿し子には女神としての力を与えました。
 結果として呪いを宿した女神はその身体を蝕まれその子どもは天界で忌み嫌われました。
 子の名はパール、女神の名はハーレと言います」

「パールの·····お母さん」

「私たちにとってハーレの存在はあまりにも大きいものでした。
 私達は必死に彼女を救う方法を探しようやく見つけることができました。
 ハーレが絶命した瞬間、パールに流し込んだ力を元に戻し発現した呪いをパールへと移す。
 女神の力と呪いの力、入れ替える形ならば呪いは飛散しません」

「それじゃあパールはッ!」

「呪いを宿した瞬間、呪いと共に女神の炎で焼き払います」

「そんなことッ———」

「分かっています。それしか方法を見つけられなかったのです。呪いの力は既に元へと戻り仮に他の者へと移ったとしても一瞬で呪い殺し周期もなく無際限に生命を刈り取ります。そしてここからが本題です」

 ロードは再び震え始めるがこれは必ず聞かなければならないことだ。ロストでパールへの音を遮断したのはやはり正しかったのかもしれない。

「あなたはいずれ、その呪いに蝕まれ死にます。しかしただの人間であるはずのあなたは三十日呪いに耐えた後、呪いと共に消え去る。これが私の見た未来です」

「パールはどうなるの」

「呪いの影響を受けず死ぬことはありません」

(ジン······君はっ)

「よかったぁ」

「ッ————」

(ッ————)

「あなたは理解していませんッ——ハーレでさえ耐えることのできない激痛が休む間も無く襲ってくる。歩くこともままならず悪夢を見ながら一日中目を覚まさない日もある。あの呪いはあまりにも強力です」

「それでも今だけは私がパールの母親だから。お母さんは子どものことを守ってくれるんだ。私がそうだったように。だからあの子が生きられるならいいよ」

(ジンッ!! 君は何を言ってるんだ!!)

 その時、初めてロードはジンに対して激怒した。抑えていた感情が溢れ出し刀身は魔力を放ち震える。だが反対にジンは落ち着いていた。

(ロード、戦いが終わったら後で話そう)

(———でも······)

(大丈夫だから)

「今回の戦いは機人族が関わっているから複雑かもしれない。だけど女神側の目的は私がいれば達成できる。これ以上戦う必要はないでしょう? 私は機人族の王様と話をつけてくる」

「本当に、いいのですか」

「当たり前だよ。任せて」

「そうですか······あなたには返し切れないほどの恩を作ってしまいますね。お前達」

「ハハッ——」

「この戦争を終わらせます」

 こうして女神アウロラはこの粛清を終わらせるため動き出したのだ。
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