ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 後編

七章 第四十七話 舞う緋帝

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 緋帝の配下であるラミリアは一人ラピルスを出てある人物を追っていた。目の前で飛行する人物は他でもない主のメイロード。天生体となってから暫くの間、玉座から離れることなどなかったメイロードは突然動き出し何も言わずに外へと出ていったのだ。

「メイロード様ッお待ちください!!」

「············」

 呼びかけても変わらず、メイロードが応えることはない。ついて行くのがやっとの状況で何処に向かっていくのかさえ分からなかった。そして暫くすると突然翼を大きく広げメイロードは急停止する。

「ここは······」

 辺りを見渡すと見覚えがある場所だった。だが違和感がありすぐには思い出せない。

「······何が起こって」

 禍々しい魔力を纏ったモンドは以前に訪れた時とは全く異なっていたからだ。
 初めて見る海に浮かぶモンドへと続く道。先程まで必死で気づくことはなかったが魔力濃度があまりにも濃く、息苦しささえ感じるほどだった。

 メイロードはモンドの様子を少し見ると再び空を飛びその道を進み始めた。
 ラミリアは何も言わずについていくが妙な違和感を感じていた。
 扉のようなものは何も見られない。しかし二人が近づくと足元に転移魔法陣が出現し二人はモンド内へと転移した。

「············そんなッ」

 視界に入った光景は以前訪れたモンドとは全くと言っていいほど別物だった。
 爆発で抉り取られた道、崩れた建物、倒れる機械兵に、魔力が込められた見たことのない黒い玉。
 少し見ただけではここがモンド内だとは分からない程だった。
 隣に立っていたメイロードは変わらず無言のまま辺りを見渡していた。

「緋帝だな」

 するとその時、高圧的な声とともに誰かが現れた。大天使のナフカである。

「·······何故武器を持つ」

 いつの間にか武器に手をかけていたラミリアは咄嗟にその手を離した。

(そうか、メイロード様はこの天使と仲間なのか)

「失礼しました」

「お前のことなどどうでもよい。用があるのは緋帝だけだ」

「······」

 普段のメイロードならばラミリアが蔑ろにされた時迷わず相手を睨み付ける。だが今のメイロードは黙ったまま虚ろな目で何処かを見ていた。

(メイロード様····)

 しかし今はどうすることもできない。主が奪われたような悔しい感覚と共に行き場のない怒りが込み上げる。

「フンっ、どうやらこの様子では完全に自我を奪われているようだな。帝王であるにも関わらず天使一人に自我を奪われるとは哀れだな」

 ナフカの煽るような言動にラミリアは拳を握り締め必死に怒りを抑えた。
 目の前で主を馬鹿にされているのはとても耐えられたものではない。

「————?」

 そんなラミリアの手をメイロードは優しく握った。暫くの間話しかけても何の反応すらなかったメイロードが自分から手を握ってきた。突然の出来事に驚愕しながらその顔を見るも先程から表情は変わっていない。
 しかし優しく握られるとラミリアはすぐに落ち着いた。

 そして確信する、これは天使などではなくメイロード本人であると。

「お前はこの場所で殺戮を行えばよい、好きに暴れろ」

 ナフカはそう言うとメイロードに何かの魔法を付与した。

「今からお前はこの中で死ぬことはない。たとえ死んでもこの中ならば何度でも甦る」

「········」

「め、メイロード様?」

 メイロードはナフカの説明を聞くとラミリアを指さした。
 その意図に気づきナフカは溜息を吐きつつラミリアへも同様の魔法を付与する。

「フン、少しは自我が残っていたか」

 そうしてナフカによりラミリアもモンド内で不死身と化したのだ。

(何だろうこの感覚。本当にこれで死ななくなった?)

 自身の身体を見るが特に変わった様子はない。 

「どうやら疑っているようだな。一度試してやろう」

 ラミリアの様子を見てナフカは手を向ける。同時に手のひらに魔力が凝縮されラミリアの頭部を捉えた。

「ま、待って」

(この天使正気なの? 私のことを本当に殺そうとしている······)

「避けるなよ」

 傲慢なナフカにとってラミリアを殺すことなどどうでもよいことなのだ。
 ナフカはその目に不敵な笑みを浮かべ煽るような顔でラミリアを見た。

「さあ、一度死ね」

「ッ————」

 ラミリアの脳裏でその一瞬、走馬灯のような景色が駆け巡った。
 感じたことのないようなその感覚は間違いなく死へと近づく恐怖。
 その初めて感じる類の恐怖に身体中が震え背筋が凍りついた。

(死ぬ······)

 ナフカの手から放たれた光線の光はラミリアの視界を埋め尽くす。
 超高速で飛来する光線は何故かゆっくりと向かっているように見えた。
 殺されて蘇る確信などない、ただ一つ確信できるのは迫り来る死。

「——超克流、宝龍堕天ホウリュウダテン

 だがラミリアに訪れたのは死でなく驚愕。
 ナフカの顔面は地面に叩きつけられ轟音が鳴り響いていた。

「えッ——」

 ナフカを叩きつけたのは他でもなくメイロードだった。ラミリアは何が起こったのか理解できずただ口を開き立ち尽くす。メイロードの背後には巨大な龍が現れ、輝く爪がナフカを抑えつけていた。そして攻撃を放ったはずのナフカは一撃だけで失神し白目を向いていたのだ。

「たっだいまー! 久しぶりだなラミリアッ!!」

 目の前で陽気な声を上げるのはラミリアの知るメイロード本人だった。
 輝く眼と満面の笑み、大好きで尊敬するメイロードへと戻っていたのだ。

「······はい、おかえりなさい」

「き····貴様ぁアアア」

 いつの間にかナフカは意識を取り戻し抑え付けられた状態から立ち上がろうとしていた。
 しかしメイロードの力は更に増していき両者の力は拮抗する。
 衝撃波が走り地面はひび割れナフカは雄叫びを上げた。

「下界の民がぁアアア!!」

「おッ——」

 その時メイロードは違和感を感じる。ナフカの魔力は突如として急上昇し明らかにその力が増したのだ。
 ナフカの力に押し返された反動でメイロードの背後にいた龍は消え去った。

(あの天使、急にメイロード様以上の魔力に····)

「フンッ、調子に乗るなよ」

 ナフカが所持する「傲慢の加護」はまさに性格を反映したもの。
 たとえ相手が魔力量で上回っていたとしても自身より弱いと判断すれば無条件でその者の魔力量を上回る。
 この”判断”というのは虚言ではなくナフカ自身が本心でそう思わなければならない。だがナフカの傲慢な性格によりその判断を最も簡単に遂行するのだ。

「ハハハッ——哀れだな下界の民!! お前ではもう私に勝てッ———」

 言いかけた瞬間、腹部に衝撃を受け一瞬で激痛が駆け巡った。
 いつの間にか距離をとったはずのメイロードが間合いを詰め拳を出している。
 痛みで思考が飛ぶ中連撃が更に重なっていた。

(まずい、此奴らにかけた魔法を解除せね——)

「バァァア!!」

「私が何のために天生したと思ってんだよ。その程度か大天使?」

「ブァッ——ウガッ———」

(一撃が重たすぎる····意識が·····)

 隙のない連撃を前にしては魔力量の差など関係なかった。魔法を発動することは愚か、身体を自由に動かすことすらできないのだ。 

(何という屈辱、こんな雑魚に負けるというのか····いいや違う今ならば何度でも蘇る)

「メイロード様ッ——倒しても敵は蘇ります。あれをッ——!」

 そう言いラミリアが指さした方向にはクレースの作り出した黒い玉があった。
 音も無く黒雷を纏うその玉は酷く不気味でまるでこの世のものとは思えないほどの魔力を持っていたのだ。

「おう、よく分かんねえけど賭けだな」

「何をッ——」

「——超克流、熱波掌底ネッパショウテイ

 連撃から自然な流れで繰り出されたその掌底突きは最も容易くナフカの身体を吹き飛ばした。
 繰り出された方向には熱波が舞い受け身を取ることすらできないその技にナフカの身体は真っ直ぐ玉へと向かっていく。

「貴様ぁアアア———················」

 ナフカが黒い玉に近づいた瞬間、その声は突如として途切れる。
 そして玉は飛んできたナフカを一瞬で吸い込んだ。

「······あ、あれは一体」

 賭けたつもりだったが想像以上に作戦はうまくいったのだ。
 それはナフカにとって地獄の始まりとも言える。
 だが二人がそんなこと知る由もなかった。

「まあいいじゃねえか。思ったより簡単だったな」

「え、ええ。それよりもメイロード様天使に自我を乗っ取られたんじゃ····」

「私が乗っ取られた? なわけねーだろ。天使なんて入ってきた瞬間ワンパンしたっつーの」

「ですが今までずっとッ——」

「いやぁ~悪かった悪かった! 敵を欺くなら味方からってな」

「はぁ····私達とても心配したんですからね。ジン様というこの国の領主様にも相談して——」

「待て、ラミリア。今なんて言った」

 その時突然、メイロードの表情が変わった。

「えっ····この国の領主様に相談して——あっ、もしかして勝手に外交関係を交わしてはまずかったですか」

「違う、その前だ。なんていう名前だ」

「ジン様····です」

 何故そんなことを聞くのかは分からない。ただメイロードは考え込むようにして少し黙り込んだ。

「どうかされましたか?」

「いいや。ただ、会ってそいつの声が聞きたい」

 そう言うとメイロードはラミリアを連れモンドの中を移動していった。
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