ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 後編

七章 第四十六話 繋がる世界

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 戦場となったモンドの中。各地で激しい戦闘が行われる一方である場所では普段と変わりない光景が広がっていた。
 リラックススペースに設定されヴァンがオーナーを務めるレストラン。いつものように数十人の料理人達は厨房の中で慌ただしく移動する。

「食材はありったけ使うぞ!! 今は不足なんて考えるな!!」

 ヴァンの呼びかけと共に皿には大量の料理が盛り付けられていく。この状況下でも盛り付けには一切の妥協などない。もちろん味も同様である。厨房の周りには結界も無ければ料理人の中に戦闘で腕が立つものなどいない。まさに命懸けの調理だった。だがそれでも恐怖を感じている者はいないのだ。

 そしてエルムもまたヴァンの隣で調理を行っていた。今となっては大国からの料理人が二人の元へと修行に来るほど二人の料理の腕前は秀でている。洗練された手つきと連携で瞬く間に皿には料理が盛られていき全てが魔法により鮮度やその温度が保たれていた。

「ジンお姉ちゃん····大丈夫かな」

「ジンならきっと大丈夫だ。腹が減っては戦は出来ねえ。俺たちのやるべきことは全員の腹を満たす、そうだろ?」

「······うん。分かった」

「それでだ。敵がここに荒らされればこのうまい料理も全部無駄になっちまう」

 ヴァンはそう言いながら厨房を出る。リラックススペースの中に幸い敵はいない。だがここへ避難したもの達もヴァン達同様、戦闘面で腕が立つわけではないのだ。ヴァンは扉をゆっくりと開けて外の様子を伺うため少し顔を出した。

「ッ———」

 丁度そのタイミングでヴァンの視界にはメカの姿が入った。

(しまった····気づかれたかッ)

 すぐに扉を閉めたが確かに目が合った。だがこちらに気づかれたという確信はない。
 視界にいた敵はメカが一体。この場にいた者達全員の戦力では一体でも相手をすることはできない。
 そして明らかにこちらへ向かって進んでいるのが見えた。
 それが分かっていたからこそ、今の状況はまずかった。

「これで何とかなる····わけねえよな」

 腰に携えていたのはゼフが作成した料理包丁が一本のみ。
 愛用している包丁ではあるものの戦闘に使用するにはあまりにも不向きなのだ。
 ゆっくり振り向きヴァンは挑戦的な笑みを浮かべた。

(あいつが来るのも時間の問題か)

「ここは全員がくつろぐ場所だからな」

 覚悟を決めヴァンは扉に手をかけゆっくりと息を吸った。
 料理包丁を持つもう一方の手には力が入る。
 勢いよく扉を開け外に出た瞬間、再びメカと目があった。
 今度は間違いなくメカはヴァンの存在に気付いていた。

「ヤベェな····」

 予期した通り先程よりもこちらに近づいている。
 覚悟はしていたが実際に目の前にしてみると戦力差は圧倒的であった。
 そもそもヴァンはBランクの魔物を倒したことすらないのだ。

「こっちだ! 来いッ!!」

 斜め前に走り出したヴァンをメカは追尾する。
 今はジンの強化魔法も付与されていないためこの行動は自殺行為だった。

(チッ——外は全く違うじゃねえか。何処だよここ····)

 辺りを見渡したがいつも知っている光景などない。メカ以外は誰もおらず助けを呼べる望みもなかった。

「グッ——」

 振り返ることなく全力で走る最中、脇腹に激痛が走った。
 見ると血が流れ目の前の床には銃弾は着弾していた。

(クソッ、俺じゃ時間稼ぎにもならねえのかよ)

 逃げた先にはメカは回り込んでいた。この時点でヴァンが反撃する手段は手に握る料理包丁しかない。

(仲間の死は許さねえか······俺のちっぽけな魔力で今できることは····)

 ヴァンは持ち得る魔力を全て自身の足に集約させた。
 真っ向勝負が不可能であることは自分自身が最も理解していたのだ。

「追いかけっこと行こうじゃねえか」

 持ち得る魔力は全て足への強化魔法に使用する。
 姿勢を低くしヴァンは勢いよく走り出した。
 先程とは比べものにならないほどの速度。
 すぐ近くに死が迫る状況でアドレナリンが放出され脇腹の痛みは忘れていた。
 ヴァンを追尾するメカと速度は同等、ジグザグに走りながら後ろから放たれる銃撃を避けていた。

 リラックススペースから距離はさらに遠のいていき視界には無機質な壁がある。
 だが出口は何処にも見当たらなかった。

「一か八かだな」

 ヴァンは突然動きを止めその壁を背にメカの方を向いた。
 メカはヴァンを完全に捉えその眼にエネルギーが充填される。

「ロックオン」

 メカの無機質な声とともにその眼からビームが放出された。

「ッ———」

「標的の削除に失敗」

 ヴァンの背後にあった壁はビームにより崩壊し煙が舞った。
 メカの視界に生まれた僅かな死角を縫うようにしてヴァンはすぐさま移動する。

「ウァッ———」

 だがメカの巨大な手に掴まれ身体が宙に浮いた。

「ああぁあア”ア”ア”ッ」

 身体が握り潰されるほどの握力、銃弾を受けたその脇腹だけでなく身体全体に激痛が駆け巡った。

「グハッ——!!」

 すぐさま地面に叩きつけられ骨が砕けたような音が聞こえる。

「ブハッ」

 大量に吐血し視界は自身の真っ赤な血で埋められていた。
 右手に持った料理包丁は手から離さずにずっと持っている。
 だがこの状況で対抗できるほどの体力はほとんど残っていなかった。

(壁は空いた。俺がここで死んでもきっと誰かが来てアイツらを守ってくれるか。こんなことになるなら····トキワの兄貴に······特訓してもらうんだった)

 耳にはエネルギーが充填される音が聞こえる。
 ゆっくりと聞こえたその音は間違いなく死へのカウントダウンを表していた。

(でも死ぬつもりなんてねえ。王様に死ぬなって言われてんだよ)

 力を振り絞るように立ち上がる。
 だが状況は変わらない、数秒後に待ち受けているのは確実な死なのだ。
 右手に握る包丁は刃こぼれしていない。上を向き冷静にメカの動きを観察した。

(何処かに弱点はねえのか)

「ヤベェ」

 だがビームが放出されるその時、頭の中に声が聞こえた。

(———あなたはヴァンさんですか?)

 まるで時間が引き延ばされたような感覚。
 頭に響いた聞いたことのない声に何処か安心した。

(ああ、そうだが。お前は誰だ)

(初めまして私の名前はバイルドと言います。安心してください、私はただの道具の意思です)

(道具の意思····何でモンドの中に)

(詳しい話は後にしましょう。時間が引き延ばされているとはいえ、限界はあります。ヴァンさん、私と契約してくださいませんか?)

(契約? 契約って····この包丁にお前が宿るってことか)

(ええ、その通りです。心配しないでください。私は——)

(いいぜ。元商人の勘が大丈夫だと言ってやがる)

(左様ですか。ならば······)

 ヴァンの右手に持っていた料理包丁は突然輝き出しその意思に応えた。

(契約の時、我この者の道具に宿らん)

 バイルドの声と共にいつの間にか身体中に力が漲っていた。

「ッ———」

 その直後。時は動き出しメカのビームが放出される直前に戻ってきた。

(なんだこの光は!?)

 ヴァンの視界に映るメカは先程とは少し異なっていた。
 何故か身体の各所が不自然に光っているのだ。

(ヴァンさん、光を放っている場所が弱点です)

(なるほどな。こりゃあ便利だ)

 身体はダメージを受ける前よりも軽く、持っていた包丁は身体に馴染んでいた。
 すぐさま距離を詰め光に突き刺すと予期していた感触とは明らかに異なっている。

「ジジジ······」

 ヴァンに刺された瞬間。メカは奇怪な音を立て、突如として倒れ伏した。

「え······マジかよ」

 目の前で起こったことは確かに現実だった。
 包丁一本で確かにメカを討伐したのだ。

「はぁ、はぁ」

 その安心感とともに腰は抜けた。
 身体の疲労がドッと溢れ出し仰向けになったままヴァンは再び真っ赤な血を吐き出す。

(ヴァンさん、ヴァンさん!! しっかりしてくださいヴァンさん!!!)

 バイルドの声が頭の中に響くが意識は薄れていった。

「ヴァン!!」

 だがその時、ヴァンの耳にはエルムの声が聞こえた。

「しっかりしてヴァン!!」

「エ······ルム」

 駆けつけたエルムの涙が頬に落ち身体を強く掴まれた。

「痛い····やめて、ほんとに痛いから」

「あっ、ごめん。でも、でも全身傷だらけ······」

「———? どうした····エルム」

 その時、エルムは突然前を向き顔が青褪めた。
 首を動かすことも出来ずエルムの視線の先を見ることも出来ない。

「どうした······エルム」

「こ、この人は大怪我をしているんです。お願いです、これ以上傷つけないでください怖い人」

 エルムは目の前にいる人物が誰なのか知っていた。
 鬼幻郷を支配していたその人物はエルムにとって恐怖の対象である。

「ハハハ!! そうか、お主にとって俺は怖い人だな。だが安心しろその者は俺が必ず助けよう」

 二人の前に現れたへリアルはヴァンの前でしゃがむとサッと治癒魔法をかけた。

「おッ——なんだ、いきなり身体が軽い」

「で、でもどうしてですか。ジンお姉ちゃんがあなたは今ウィルモンドにいるって」

「俺もよくは分からぬが、どうやら今、ウィルモンドとここが繋がっているようだ」
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