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英雄奪還編 後編
七章 第四十五話 剛人の仇敵
しおりを挟む現れたクレースはモルガンとバルクを一瞥しすぐにレイの方を向く。二人に対する警戒心など微塵もない。クレースにとっては二人でさえ取るに足らない存在だった。
そして同時にモルガンの脳内に埋め込まれているチップはボルと初めて向かい合った時と同様、異常なほどの警告音を鳴らしていた。
「クレース、ジンと一緒じゃないのか」
「ジンのことは心配しなくていい」
レイにとってクレースの様子はいつもとは少し違っていた。
戦争の真っ只中でクレースがジンから離れることは想像できなかったのだ。
「だ、だがさっきの命令は本当にジンの言ったことか。本当に大丈夫なんだろうな」
「あの子の命令だ。これ以上言うことはあるか」
「····そうか。失言だった、取り消す」
「お、おいクレース。お主神様なのか!!?」
「カミサマ!!」
閻魁とブレンドは目を輝かせクレースを見つめる。
だがクレースはジトっとした目で二人を睨み呆れたような顔で溜め息を吐いた。
「知るか。インフォルお前だな? 適当なこと言うな。二頭身にするぞチビ」
「二頭ッ——じょ、冗談はあかんでクレースはん······な? せやろ?」
インフォルは後退りしながら地中に潜り込み頭を少し出した。
一頭身になったインフォルを見下げモルガンは余裕そうな笑みを浮かべる。
「そこの魔物、同族は半分も残っていないと言ったな。残念だが今の我らが死ぬことはない。この世界で我らは幾度となく蘇る。どうやら勘違いを····」
そう言いかけた時、モルガンとバルクの視界に黒い玉が現れた。
クレースの隣に現れたその玉は黒雷を纏い直径はおよそ1メートル程。
クレーはその玉を手に取るように扱い何かを解除する。
「あぁああア”ア”ア”ア”ッ!!」
その瞬間、突如として黒い玉からは悲鳴が鳴り響いた。
こもるような声から察するに玉の中には何者かがいるのが明らかであった。
「モンドの中で死ねばお前達は勝手に蘇るんだな。私にとっては好都合だ」
端正な顔に浮かぶ畏怖を感じさせるような笑み。
クレースの発言の意図を理解する前に響いていた悲鳴は突然プツっと消えた。
そして僅かな間を空けて消えた悲鳴は再び鳴り響いた。
「貴様······」
悲鳴が鳴り響き、止まり、再び鳴り響く。それが繰り返されていた。
「お前達の仲間は中にいる。雷に焼き焦がされ死ぬ度に蘇る。私はただ普通に殺すつもりだったのだが、支配権を奪った奴が想像以上に馬鹿だったな」
残虐な殺し方は嬉々とした笑みを浮かべるクレースの隣で行われている。
それを見て味方であるレイ達でさえ引いていた。
モンドに現れた敵の半数近くはクレースの黒い玉に封じ込められていた。各所から生死を繰り返す者の悲鳴が聞こえないのはその全てをロストの範囲内に内包し音を遮断しているためである。
「調子に乗るなよ獣人。我らが主を侮辱することは万死に値する······ここで我らがお前を消す」
「お前達、丁度いい特訓になるだろ。四体二だ。こいつらは任せたぞ」
モルガンの言葉を無視しクレースはレイ達の方を振り返りそう言った。
ブレンドは両手にグーサインを作り笑みを浮かべる。
「任せられたぜ」
「クハハハ!! まあ我一人でも余裕だが特訓なら仕方あるまい」
「図に乗るなよ雑魚どもッ——」
モルガンとバルク共に深い集中の中、臨戦態勢へと戻っていた。
バルクは地面を静かに踏み込み、音もなくクレースへと急接近する。
「—————」
だが突然バルク動きを止める。
(斬られた····)
振り返ったクレースの瞳を見た瞬間、バルクは青褪めすぐさま首に手を当てた。
止まる直前、頭の中へと訴えかけるように聞こえたのは斬撃の余韻。
まるで未来を予期したかのように見えたのは地面に転がる自身の生首だった。
「お前達の主は、この世で唯一私の上に立つ存在を激怒させた。だが感謝しておこう。あの子の怒った顔を見せてくれてありがとな」
「··········」
「クレース。我達はここにおるがお主は何処へ行く」
閻魁の言葉にクレースは妖艶な笑みを浮かべ威雷に手を当てた。
「今まで殺しは自制していたがもうその必要はない。私は一人で行く。支配権がこちらに戻らないと、そこのガラクタの言う通り敵は殺しても蘇る。命令通り生き返ればその分殺せ」
「クレース殿、その殺し方は流石に····」
「何言ってる。一度死んだくらいで済ませるわけない。生き返ることに恐怖を覚える程、徹底的に殺し尽くせ。この場所を攻め込んだことを後悔させろ。そして戦いが終わった時、屍の上に立っておけ」
クレースはそう言い残すと音もなく消え去った。
************************************
レイ達のいる場所とは少し離れた場所。その場にいたのはエルダンを筆頭とした剛人族である。
クレースの手により敵の多くが完封されたと言えど敵は多い。しかし淘汰され強者が残ったこの戦場で剛人族は誰一人かけることなく耐えられていた。それはエルダン達もまた進化しているからである。
「お前達! ジン様の御命令通りだ。一切躊躇う必要はない。その力で敵を破壊し尽くせ!!」
エルダンの声が響き渡り統制の取れた剛人族の集団が広がっていく。
天使だけでなくメカもその場にいたもののエルダン達の前では烏合の衆と化す。
「剛轟ッ——」
剛人族特有である身体の特質変化。
灰色の肌は光沢を帯びて黒く変化し制圧されていたその場の空気感は一瞬にして変わった。
今となってはエルダンだけでなく全員が剛轟を使用することができるのだ。
(空間が歪んで敵には迂闊に近づけんな。あの機械のせいか····)
しかしエルダンの予想通りメカはその場の空間に干渉しテリトリーを広げていた。加えて辺りには逃げ遅れ身動きを取れなくなっている者も多くいる。故に個々の力が強いとしても迂闊に手を出すことはできない。
敵もそれを理解し陣形を修正し始めていた———だが。
「············」
「エルダンさん?」
エルダンは突然足を止めその場に突っ立った。
戦場の真っ只中、目の前に数多くの敵が存在するこの状況で剛人族の視線はエルダンに向かった。
「あぁ·····」
エルダンの頭の中ではジンの命令が繰り返されていた。
(殺傷は好まないが、今は殺しても構わない。この時をずっと待っていた、待ち焦がれていた)
エルダンの視線の先、瞳に映るのはただ一人。
それが誰なのか知っていた。脳裏に焼きついたその顔を思い出す度にドス黒い怒りが込み上げてくる。
忘れた瞬間など今までで一度もない。目の前で同胞を殺され、復讐を誓ったその仇敵。
歯はギリギリと音を立て岩のような拳は溢れ出るほどの怒りを内包する。
忘れることもない見下すような憎らしい顔。
「ダロットォオオオオッ———!!!!」
周りの状況など考えるに足らない。
剛轟により超強化された脚力は地面を抉り瞬く間に標的へと距離を詰めた。
握り締められた拳をダロットはいなし飛翔する。
「久しぶりだなぁ。そう怒るなよぉ。俺がお前の仲間を殺したのは随分と前のことじゃねえかぁ」
嘲笑うような顔で言い放たれた言葉にエルダンだけでなく周りにいた者達も激昂する。
「俺はなぁ、天生体になってんだよ。もう下民のテメェらとは格が違う。復讐したくてもお前はもう俺に勝てやしねぇ、哀れだなぁ」
天生体となったダロットの戦闘力は以前とは比にならないレベルだった。
天使から自我を奪い取り得た力を合わせればエルダン単体の力を遥かに凌ぐのだ。
(全員、他の敵は任せたぞ。仇は俺が取る)
(了解ッ——)
戦闘力の差など関係ない。エルダンの煮えたぎるような怒りはダロットへの復讐心を燃やしていた。
「フゥ」
(死ぬつもりなど全く無い。我が王への恩義は生涯をかけて尽くそう。だが今は、今だけは身体がどうなろうとも構わない。死んでいった仲間の仇が今目の前にいる。ならば今ここで····)
「俺の全てをかけよう」
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