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英雄奪還編 後編
七章 第三十一話 天使の対策法
しおりを挟むイースバルトの陥落、その知らせが届いたのはラミリアさんがこの国に来た翌日だった。
それに加えギルメスド王国を始めとして天使による自我の乗っ取りが広がっていた。
なので今は各地への派遣を天使の受けない機械兵のみに絞っている。
「シリス······」
朝からシリスのことで頭がいっぱいだった。
一日に二回の頻度で飛んできていたシリスからの魔力波は確かに昨日来なかった。
朝に来るおはようの挨拶と夜に見た夢の話。そして夜のおやすみという言葉。
その二つでシリスとはいつものように話していた気がする。
朝ベージュさんと魔力波を通じて話したけれどかなり気を病んでいるようだった。
こと細く教えてもらった説明によるとシリスへの侵食は深くまで進んでいるようで敵味方見境なく攻撃的意思があったとのこと。帝王の心を支配する、ゼグトスによると考えられるのは女神に取り憑かれているということだ。
「だいじょうぶ? ジン」
「バゥ?」
「大丈夫だよ。お腹空いた?」
「うん、空いた。えへへぇ」
ダイハードさんやオーダリちゃん達巨人族のみんなは復旧作業中だ。
とはいえ危険なのでマニア特製の結界を張り天使や女神の干渉を感知した途端安全な場所へと転移できるようになっている。シリスが乗っ取られた以上誰でも可能性はあるのだ。
サーベラを使い情報収集は円滑にできているが今モンドの中にいる身としてできるのは以前考えた方法で食料を生み出すことくらいだ。
「ジン、久しぶだな」
果樹園に向かい扉を開けるとすぐ目の前にラウムさんが立っていた。
「こんにちはラウムさん」
見上げるほどの身長。ラウムさんは胸に抱いていたパールとガルを見て優しそうな顔のまま首を傾げた。
「この子達は?」
「この子がガルでこの子が前に話したパールだよ」
「ああ、この子が。こんにちは」
「········ぅん」
「ガウ!」
「そう言えばクレースを見ないな。何処か行っているのか?」
「レイっていう友達がいるんだけど、今はレイの稽古をつけてるよ」
「そうか。おいゼグトス、お前はいつもこんなことしてるのか? お前みたいなヤツをストーカーと言うんだぞ」
ラウムがそう言うとジンの隣から突然ゼグトスが姿を現した。
「いいえ、ジン様の安全を守るためにやっていることです。それよりもあなたはどうしてここに。龍帝の所へはまだ進軍が始まっていないようですが」
「クリュスに頼まれてきたのよ。天使による自我の乗っ取り、その対処法を教えに来たわ」
「えっ、対処法あるの?」
「ええ、あるわ。手取り足取り、私が教えてあげよう」
ジンの後ろに回り込んだラウムは耳元で囁き優しく抱きついた。
耳に息がかかり腕から指先まで撫でるようにゆっくりと触れラウムの息は激しくなっていた。
「ラウム、離れろ」
しかしゼグトスが止める前に現れたクレースによりその身体は引き離された。
「あら、スキンシップが過ぎたかしら。湧き上がる欲望に従ったまでよ」
「あはは、わざわざきてくれてありがとう」
「それで対処法というのは?」
「私が教えられるのは予防策と完全に心が支配される前の状態の者から天使や女神を引き剥がす方法よ」
「支配される前······」
「どうかしたか?」
「もし完全に支配された時は····どうなるの?」
その問いにラウムの顔は明らかに曇った。
「残念だけど、今まで自我を取り戻せた事例はないわ。でも自我の乗っ取りは天生とは違う。天生の場合は同意を得て行われたものだから支配は比較的直ぐに済むけれど、乗っ取りの場合は一方的な干渉な分個人差はあるけれども時間がかかる。だからそれまでに全て解決する必要があるわ」
「········分かった。具体的な方法は?」
「対象者を特製の結界内に封じ込める必要があるわ。ただかなり複雑で大規模な結界となると難しいから時間はかかるわね。ニルギスにはしばらくここにいると言ったのだけれどいいかしら?」
「うん。いつでも歓迎だよ。宿屋取っておくね」
結界のこととなると詳しいのはマニアだ。
ラウムさんによると結界をさらに巨大化させることも理論的には可能らしい。
ということで魔力波でマニアを呼ぶと果樹園まですぐに来てくれた。
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「み、皆さんお待たせしました」
「ありがとう来てくれて。一つ頼み事があるんだ」
「そ、そうでしたか。その、えっと」
「こいつはラウムだ」
「お前がマニアか。よろしくな」
「········は、はい」
初対面のラウムに対して極端な人見知りを発揮していたマニアは隠れるようにしてクレースの隣に座る。
「はわぁあッ」
しかしラウムの近くに移動するようクレースに身体を触れられ高い声が響いた。
「くくく、クレース。ひひ、人前······でもいいよ」
「何をだ? もっとこっちに寄れ」
「そ、そうだよね。う······うん」
「······少しいいか?」
するとその時、ラウムはマニアの目の前まで移動しその顔を見つめた。
「どどどッ、どうしましたか?」
ラウムは興味深そうにマニアの顔を覗き込みその目をじっくりと見つめた。
「この者、完全ではないものの既に天使に取り憑かれているぞ」
突然、ラウムから驚きの発言が飛び出した。マニアに視線が集まりその顔は突然赤く染まる。
「マニア大丈夫ッ—?」
「ひゃッ、ひゃい!」
しかしその時、マニアの身体の中で何かがうごめいた。
「おいマニア、顔色が悪いぞ」
「えっ、あっ、そんなカッコいい顔で見つめられたら····」
マニアの顔は一瞬真っ白になっていたがクレースに話しかけられた直後再び赤くなった。
「チッ、もうバレたか」
その時、マニアの口から聞いたことのないような女性の声が発せられる。
「お、おい。マニアお前、今の声」
「えっ? 今の声? 私何か変だった?」
そして再びマニアの声へと戻る。
「マニア、あなた最近ここの外に出たりはしなかった?」
「さ、最近だと前に住んでいた家に本を取りに行ったくらいで。それ以外は、その、自宅を警備していたというか」
「なるほど。短い間だけど、その間に天使が憑依したのでしょうね。その····今は大丈夫?」
「ええ、全然大丈夫です。寧ろクレースがいてくれて幸せです」
「ハッハッハ!! もう少しでこの者への支配が完全に終わる!!」
「あれ、私今何か話しましたか? え、く、クレースが隣にッ——!?」
「お前達見ておけよ! もうすぐこの身体は私の物となる!」
「大丈夫ではなさそうだな」
マニアの口から本来のマニアの声と、取り憑いてるであろう天使の声が交互に発せられる。
その度にマニアの顔色が変わっていた。
「私もこのような事例は見たことないな。だが精神が不安定になっていることは確かだ」
クレースが覗き込むようにマニアの顔を見るとその顔は更に赤みを帯びる。
「だ、ダメだよクレース。これ以上は身体と理性が······」
「ッ———!?」
「イタッ———!!」
次の瞬間、マニアは自分の頭を目の前の机に思い切り打ち付けた。
頭と机がぶつかり合う鈍い音、それと同時にマニアの中にいる天使の悲痛な叫び声が響く。
「お、おいマニア何やってる。しっかりしろ」
「マニア!?」
マニアの奇行、一同その様子に驚愕していた。
だがマニアにとってはこれが平常運転なのだ。
「あれぇ、クレース。エッ、クレース!? えっ、無理 かっこいい····」
そう言うと再び顔面を叩きつけ鈍い音が鳴る。
「ウギャァア!」
そして再び天使の悲鳴がその場に響いた。
しかしマニアの悲鳴は聞こえない、天使のみ頭を打ち付ける直前に恐怖のあまり悲鳴をあげていた。
「じ、ジン。 マニアこわい」
パールは完全に引いていた。
マニアは頭から血を流していたが、頭を打ち付け起き上がりクレースの顔を見るたびに同じことを繰り返す。
頭だけでなく鼻からも血が出始め、目は潤んでいた。
「ま、待てマニア。お前血が出過ぎだ!」
クレースの心配をよそにマニアは止まらなかった。
「マニア、今お前は天使に取り憑かれてる。意識をしっかり保て」
「えっ、じゃ、じゃあ二人じゃなくて三人でするの? い、いや~私としてはクレースと一対一でやりたいというか。見つめ合いたいというか」
「勝手に私を混ぜるな!! お前の精神は支配したはずだぞ!! なぜ私に干渉できる!?」
「あっ、いえ。私はする方ではなくされる方が好みです」
「聞いてないわ!!······はぁ、はぁ」
この状況において精神を支配していたのはマニアの方だった。
「もう我慢ができなくて、身体全身が熱いというか。夜中に欲望を抑えるためにいつも同じことをやってるから気にしないで。あと七十回くらいすれば気絶するから」
「はぁ!? 七十回!? 何なんだよお前は!!」
マニアの言葉を聞いて天使から思わず本音が漏れる。
そしてマニアが再び頭を打ち付けようとした瞬間、その身体から天使が慌てるように出てきた。
「お、お前おかしいだろ!?」
「あら、天使自ら出てきたのね」
ラウムが現れた天使に手をかざすとその天使はすぐさま消滅した。
「少々強引な引き離し方だけれどもこれで大丈夫よ」
「取り敢えずここで寝かせるか。すぐに起きるだろ」
マニアを魔法で無理矢理に眠らせ果樹園でそのまま寝かせることにした。
ラウムさんによるとこの事例は初めてだったそうだ。
ともあれラウムさんにはここに残ってもらい結界の構築をしてもらうことになった。
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