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英雄奪還編 後編

七章 第二十六話 現れ始めた前兆 <挿絵あり>

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バルハールに数多いる天使の軍団。
しかし三人を除いたその全員がただの傍観者と化す。
目の前で行われる三対三の戦闘は異次元なものであった。
だが三つの戦闘は互いに干渉し合うことなく空中に無数の衝撃波を生み出す。

「フンッ逃げてばかりですね。老いましたか祖龍」

サリュエラの魔力弾は高速で飛空するゼステナを追尾していた。
だがその攻撃をものともせずゼステナは嘲笑った。

「お前の攻撃が遅いからさぁ。ただ飛んでるだけなんだけど狙ってたの?」

空中に軌道を描くサリュエラとゼステナは戦闘中に煽り合う。
互いに全力を出してはいないものの移動速度は凄まじいものであった。
龍のよう変化したゼステナの爪は空を掴むようにして空中を自由自在に移動し空を支配する。

(へぇ、メイルもやるじゃないか。大天使と互角みたいだね。あとおっさんも)

戦闘中横目に見えたメイルとネフティスは単騎で大天使と渡り合っていた。
しかし二つの戦闘も互いに全力は出さず余力が残した戦いを行っていた。
だがそれでも、常人にとってその戦いは目で追えない。

(長期戦も面倒だな。下手に魔力をぶっ放しても避けられたら無駄だ)

「地に伏せろッ」

空中にいたサリュエラに重たい重力が加わり一瞬硬直する。
空を蹴り瞬時に距離を詰めた追撃。
しかし硬直はすぐに解かれ鋭い爪は軽く受け流された。

(チッ、このババア魔法耐性どうなってんだよ)

「無駄ですよ祖龍。あなたの魔法はこの程度なのですね」

「僕まだ本気出してないし、調子に乗るなよおばさん」

「おばッ——ならばあなたもでしょう!」

現状態での実力はほぼ互角。しかし煽り性能はゼステナの方が上回っていた。

(魔力単体での戦闘は無意味。なら····)

「······賢明な選択です」

巨大な爪をしまい拳へと切り替える。
龍の爪に比べれば拳の殺傷能力は低い。
しかし込めた魔力は均一に広がりその拳は凶器となる。

(心地良いよ、ジン。大好きな君の魔力はきっと僕のとうまく混ざり合う)

ゼステナにかけられたジンの強化魔法。
その魔力は全身を巡りゼステナの身体は喜びの声を上げていた。
ゼステナの持つ炎のような深紅の魔力。それを拳に上乗せし融合させる。
その様子をサリュエラは静かに見つめ注意深く警戒した。

「よし、上手くいった」

拳を鳴らし魔力はさらに激しさを増した。
燃え盛るような魔力。
サリュエラといえどもその魔力を消し去ることなど出来ない。

ゼステナはニヒッと笑い瞬時にサリュエラの間合いまで近づく。

獄炎鳥グラン・ヴァードッ!!」

下から突き上げられた拳はサリュエラの頬を掠めすぐさま二打目を放つ。
密度の高い魔力は少し触れるだけでも皮膚を焼く。
いなすことも出来ず魔力で反動をつけて回避した。
空を切ったその拳は炎を放ちサリュエラは背後から高熱を感じ取る。

「チィッ、無駄なことを」

ゼステナの肩を抑え動きを制止する。

「ッ————」

しかし激しい熱を感じすぐ様突き放した。

「あれ、こんな熱も耐えれないの?」

「調子に乗るなッ——」

サリュエラは両手に魔力を球状に凝縮させ回転を加える。
一体の天使が持つ総魔力量を遥かに凌駕するほどの魔力量。
瞬時に込められたその膨大な魔力は球の中心に向かう引力が働いていた。

「フゥ」

そっと息を吹き込み球はゆっくりとゼステナに向かう。

「———? 攻撃のつもりかよ」

超高速で行われる攻防においてその球はあまりにもゆっくりと動いていた。
ゼステナはその魔力を無視し獄炎鳥を続ける。
だが———

「なッ——」

突然、ゼステナの身体はピタリと動きを止めた。
魔力は消えることなく何故か身体のみが動かない。
サリュエラの放った魔力の球はゼステナの運動エネルギーを吸収したのだ。

(球が原因か)

すぐ様、魔力で衝撃波を生み出し球から距離を離す。
魔力弾で球を爆撃するがその衝撃も全て吸収され放った魔力弾は全て霧散した。

「低脳なようですね」

そう言いサリュエラは球を手元に戻した。

(衝撃吸収····だけじゃ無さそうだな)

「フゥ」

サリュエラは息を吹き込み球は再びゼステナに向かった。

「おッ——」

しかし球がゼステナに向かう直前、視界に何かが飛び込んできた。
飛び込んだその人物は球に衝突し動きを止め、一瞬その場に空中で静止する。

「大丈夫かいメイル?」

魔力を解除し吹っ飛んできたメイルを抱えた。

「す、すみません。直接受けてしまいました」

メイルが相手をしていた大天使はサリュエラの隣につき落ち着いた様子を見せていた。

「サリュエラ様、相手の戦力を考えるに呪帝の奪取は容易かと」

「そのようですね。あまり時間をかけたくはありません。その者が長き生を終える前に呪帝を差し出しなさい」

「まあ確かにメイルが死ぬのは嫌かなぁ。でもおっさんはまだ戦ってるし、何よりアイツを渡せばジンが悲しむ」

「はぁ、お主がどう思おうとも構わぬがわしにも目的がある」

ため息を吐きネフティスは相手の大天使と共に近づいた。
互いに傷は見られずこの場で戦力差が明らかなのはメイルのみである。

(ネフティス様ご無事でッ——)

その時、ネフティスの元へと魔力波が飛んできた。

(お主らどこに飛ばされておる。)

(私たちは全員城内に飛ばされたようで、敵はおりません。すぐに向かいます)

(要らぬ、その場で周囲に警戒しておけ)

「ネフティス、他のやつは無事かい?」

「そのようだ。気にすることはない」

そしてその時、ゼステナはあることを思い出した。

「あっ、そういえばまだ言ってなかった。君達は魔力波が使えないんだったね。僕がいいこと教えてあげるよ。お仲間の大天使は一人堕ちたよ」

「············はい?」

ゼステナの言葉は周りの天使達にも聞こえ動揺した声が広まった。
二人の大天使も硬直し、サリュエラも眉をひそめる。

「倒したのは、僕が知っている中で一番強いヤツさ。信じないなら帰って確かめるかい? 名前は······忘れちゃったや」

サリュエラ達にとってゼステナの言葉は信頼のできるものではなかった。
しかしこの戦争状態において完全に否定する証拠も無い。
天使達は得も言われぬ焦燥感に駆られ明らかに落ち着きを失っていた。

「その虚言、許されませんよ」

サリュエラは苛立ちと共に再びゼステナを睨みつける。

「まあどう考えるかは任せるけど、彼女の強さを考えれば当然かな」

サリュエラは球を手に引き寄せその身体に膨大な魔力と闘気を放った。

「へえ、まだやるのか」

「············」

「············」

両雄睨み合う、その時だった。

「ッ———!?」

周囲の温度は急激に低下し静かに雪が降ってきた。

「あらゼステナ、こんなところにいたのね」

「あっ、クリュス姉!」

ゆっくりと降りてきたのはクリュスであった。
その姿を確認しサリュエラの顔は曇る。

「どうされますか、サリュエラ様」

「············」

先程ゼステナと戦い敵ならサリュエラもその強さは認めていた。
だからこそこの状況において最良の取れる選択肢は一つ。

「引きましょう、あの姉妹は世界一厄介です」

「へへ、良い判断じゃないか」

その後サリュエラ達は何も言わず、雪の降る中静かに消えていった。


*************************************


現在、モンドの中に移された集会所。
クレースは珍しくジンから少し離れ鍵のかかった総合室でルランと話していた。
勿論、会話内容は秘匿。二人の顔は真剣であった。

「すまねえな、できるだけすぐに話は終わらせる」

「構わない、それで何の話だ」

「お前にだけジンの死因を話しておきたい」

「死因を? 何故だ」

「お前なら最悪未来に影響が出ても打ち消せるからな。それに説明上、言う必要がある」

「······分かった」

息を呑み、デュランの言葉を待つ。
この状況はクレースにとって恐怖であった。

「あの子の死因は呪いだ」

「······そうか。とは言ってもネフティスのところへ頻繁に行っていたから察しのいいゼフなら分かるだろう」

「まあそうかもしれないな。だが具体的なその呪いについては分からないはずだ。その呪いは悪魔が生み出した最悪の呪い。発動が困難だが対象者は完全に呪いを消し去らない限り必ず死ぬ」

「悪魔の······呪い」

「断言は出来ないが呪いは俺のいた世界線からこの世界のジンへと干渉を開始する。これは確証ではない。だが万に一つでも起こってはならないことだ」

「····もし起これば」

「この世界で、死が近づいていることを示す。今はそうとしか言えない」

ルランの言葉に勿論嘘は一切感じられない。
だがその言葉を嘘だと思いたかった。
クレースは感情を抑え、ルランに耳を傾ける。

「そこでお前にはジンに呪いの前兆が現れるか確認してほしい。勿論俺も最大限の注意を払う。具体的に言うと、一番初めに見られた症状は瞳が紫になる。もし干渉が始まっているのならば粛清が本格化した今の時期に現れる可能性が高い。だがこれはあくまでも可能性の低い干渉が起こった場合。もし何も起こっていないのならこの話は忘れてくれ······話はそれだけだ。あの子の元に行ってやってくれ」

「······分かった」

クレースは立ち上がり扉の鍵を開ける。
目的地は明白、ダイハード達の治療を行っていたジンの元だ。

(きっと大丈夫だ)

そう自分に言い聞かせながら歩く速度は速くなっていた。
鼓動がはやくなっているのを感じつつもジンの居場所を聞きモンドの中を歩いた。

(そう、あの子は私より強い)

治癒をしていたジンの後ろ姿を見つけ喜びと共に緊張感が胸を満たした。
必死に魔法をかけている様子。
愛らしくも近づくにつれ足取りは重たくなる。
話しかける前に少し息を整え肩にソッと触れた。

「······ジン」

「あっ、クレースどうしたの?」

嬉しそうに振り返ったその顔を見つめ胸を撫で下ろした。

(紅い瞳。大丈夫だ)

安心と共に嬉しさが込み上げていた。

「これで大丈夫だよ。しばらく無理はしないでね」

そう言いジンは再びクレースの方を向く。

「何かあった? ちょっと顔色悪いよ」

「いいや、問題ない」

「そっか、ならよかった。そろそろ料理作らないとね。みんなお腹空かせて帰ってくるよ」

「そうだな。私も一緒に作ろう」

少しぎこちなく返事し前に立ったジンに手を握られた。

「一緒に頑張ろうね、クレース」

その声に安心し、振り返ったその顔を再び見た。

「ッ———」

言葉は喉に引っ掛かり血の気が引いた。
信じたくない現実は避ける手段もなく迫ってくる。
抱いた感情を全て抑え、その手を強く握り返した。


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