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英雄奪還編 後編
七章 第二十二話 シュレールの共闘
しおりを挟む地面に大量の転移魔法陣が展開されバルハールにいた者達は別々の場所へ飛ばされていた。
「······完全に戦力を分断させられたようだな。トキワ、かなりまずい状況ではないか」
「まあ焦るな。ジンの強化魔法があるから全員しばらくは無事だ」
トキワとリンギルの二人は元いた場所から遠く離れた場所に転移していた。
飛ばされたのは二人のみ。否、敵がたった一人いた。
「標的を発見。私と戦え。これは命令だ」
転移魔法陣で全員を飛ばした張本人——バグが二人の前に現れていた。
トキワを指さしたバグからは闘気が溢れ右手にはトキワと同じく槍が握られている。
しかしその長さはトキワの持つ『炎』よりも一回り大きいものであった。
「············」
(おそらく普段からトキワと特訓していなければ手も足も出ないだろうな)
トキワと出会う前からリンギルは確実に強くなっていた。
ラテスによる数値は320万。Aランクを越えるほどの数値ではあるがリンギルの強さは数値で推し測れるものではない。日々トキワという絶対的強者を相手にしているリンギルは裕にSランクの壁を突破していた。
しかし、そんなリンギルにとっても目の前のいるバグはまた別格の存在であった。
(トキワ、そっちの状況は?)
その時、トキワの頭の中にゼステナの声が聞こえてきた。
(敵はさっきの機人族で俺はリンギルと一緒に飛ばされてみてえだ。そっちはどうだ?)
(ここにはネフティスとメイルだけだ。敵は女神が一人とその他大勢って言ったところかな。戦力的にガルミューラの場所が厳しいかもしれない。今ガルミューラと魔力波が繋がらないんだ)
(そうか······)
「トキワ、ここは俺一人に任せろ。お前はガルミューラ殿の元へと向かえ」
「ッ–—」
リンギルに二人の魔力波は聞こえていなかった。
ただその顔から感じ取り、全てを察したのだ。
(ゼステナ、その場所は頼んだ)
(了解、君のことは心配してないよ)
「······信じてるぜ兄弟」
「エルフのお前では物足りない」
「いいや、そんな事ないと思うぜ······もしかしてビビってんのか?」
バグとリンギルの戦力差は確かに大きい。だがトキワにとってリンギルにこの戦いを任せるのは時間稼ぎを目的としているのではない。リンギルの勝利を信じていたのだ。
「············」
煽るような顔のトキワに対してもバグの表情は変わらない。
「············貴様」
いいや、生まれて初めて煽られ対応の仕方が分からなかったのだ。
ただ身体の下から込み上げてくる怒りと屈辱で感情が満たされていた。
「······いいだろう」
その感情を無理矢理に抑え冷静になる。
そして目の前のリンギルを注意深く観察した。
「安心しろリンギル、お前は十分強い」
「····ああ」
バグの槍には意思が宿っていないもののリンギルの手に握られた『ゼーン』と比べるとリーチが長く強度も高い。
3メートルを裕に越えるその身長から体格的に考えてもリンギルは不利な立ち位置にあったのだ。
(久方ぶりの戦闘。戦場でしか体験できないこの感情が私は好きだ)
バグの背中からは複数の銃口が出現しその全てがリンギルへと向いた。
その全てが別種のものでありリンギルにとっては初めて見るものである。
「ッ–——!」
突然、リンギルの頬を弾丸が掠めた。
予備動作の無いその銃撃はリンギルの目で追うことも困難なものであった。
(発射のタイミングが分からんッ)
ゼーンを盾として使用しその弾丸を弾く。
だが銃撃の威力は凄まじく防いだ直後に衝撃がリンギルを襲った。
正確無比の激しい銃撃はリンギルに反撃の余地すら与えない。
衝撃で膝をつくと共に地面に手を当てる。
「大地よ」
「——?」
リンギルの魔力に地面は反応し勢い良く飛び出した植物が銃口の軌道をずらした。
「エルフの植物操作か」
しかし絡み合った植物には一瞬で炎が燃え広がり全てを消し去る。
(生半可な魔法では効かんか)
そして再び銃撃がリンギルを襲う。まさに銃弾の嵐。
(ゼーン、すまない。俺では衝撃波を消し切れない)
(構わない。私の意思は全てお前に託してある。行動しろ。私を信じろ。私がそうであるように)
(····杞憂だったな)
自身の頭をフル稼働させリンギルは状況を深く観察する。
(思考しろ····戦力差を埋めるためには考えて工夫するしかない)
ゼーンの言葉はリンギルの士気を上げるに十分過ぎるものであった。
ただ銃撃の威力が弱まることはない。
ゼーンで身を隠しながらリンギルは発射される銃弾を観察した。
(これだけ見れば速度と発射のタイミングは予期できる······ただどうすればいい。一発当たれば間違いなく致命傷。最悪の場合死に至る)
「一か八かだな」
立ち上がりゼーンを片手に持つ。
その一瞬、リンギルは深い集中状態へと入った。
迫り来る銃撃を己が反射神経と直感で避けながらバグに向かい走り出す。
バグとの距離はおよそ三十メートル。
一気に距離を詰めるには危険が伴う。
攻撃を行う最善の手段は”自身の肉体”ではなく手に持つ”意思”であった。
右腕の筋肉は隆起しリンギルの身体の一部かのようにゼーンへと力が注ぎ込まれた。
超高速での移動中に行う投擲。それは鍛え上げられた体幹により実現されるのだ。
全体重を乗せ、持ち得る力の全てを込める。
「はぁあああアアアアア——ッ!!」
疾風迅雷を体現したかの如く。ゼーンは凄まじい速度でバグの元へ一直線に向かった。
飛来するゼーンはたとえ銃撃の嵐であろうとも軌道すら変えることができない。
「歪め」
しかしバグに衝突する寸前ゼーンの周りの空間は歪曲しそのベクトルが変えられる。
「クッ——」
(空間を歪めたのか。であれば物理攻撃は·····)
ゼーンによる斬撃が無効化されるのはバグへダメージを与える手段が無いのも同然であった。
地面に突き刺さったゼーンの位置はリンギルからかなり離れる。
(リンギルッ——)
ゼーンからの危険を知らせる声。
投擲の反動でリンギルの意識がバグから一瞬離れる。
そしてバグはその一瞬を見逃さない。
一歩目の深く強い踏み込みからバグはリンギルの元へ詰め寄る。
「グハァッ—!!」
リンギルの空いた横腹にバグの拳が深く入った。
その拳は回転し威力を弱めることなく硬い筋肉をさらに深く抉る。
殴り飛ばされ宙を舞い激痛が身体中を駆け巡った。
地面へと叩きつけられる前に受け身を取ったリンギルの視界に再びバグが入り込む。
「······ほう」
拳が顔面にぶつかる直前、リンギルの手がそれをいなした。
「武器が無ければ戦えないわけではない」
「素手の戦闘か」
バグは手に持つ大槍を地面に突き刺し拳を構えた。
「試させてもらおう」
(······来るッ—)
呟きと共にリンギルの死角からニ撃目が迫る。仰け反り闘気を纏った拳は顔を掠めた。
次の瞬間、バグの連打がリンギルは襲う。銃撃の如き連打。
だが拳による猛撃は最小限の力でいなし素早く思い鉄拳はその動体視力で躱す。
以前のリンギルならばバグという強敵相手に素手で対抗など自殺行為であった。
トキワとの日々行っていた組手による影響が大きい。
絶対的な強者であるトキワとの組手はリンギルの集中力を磨き上げその潜在能力を引き出していた。
「訂正しよう、お前は強い」
拳は止みバグは少し距離をとった。
「だがここまでだ。そろそろ終わらせてもらおう」
そう言うと先程まで溢れ出ていたバグの闘気が凪のように静まった。
(魔力が弱まった······いいや、嫌な予感がする)
明らかにバグから感じ取れる雰囲気が変化しリンギルの心に違和感を生む。
そしてその違和感の正体はすぐさま明らかとなる。
「なッ——」
突如としてあたり一面に複数の魔力が出現する。
全て膨大な魔力量ではなく、しかしそのどれもが複雑で練度の高い魔力。
リンギルの視界に映ったのは大量の転移魔法陣であった。
(これほどの量を一瞬で。何の予備動作も見えなかったぞ······ゼグトス殿と同等か)
バグの姿は消え代わりに全ての転移魔法陣が光りだす。
(無理にゼーンを取りに行けば途中で攻撃を喰らうことは避けられない。しかし今、奴の魔力を感じることも不可能)
「ッ——」
意識外からの攻撃。
激しい痛みと共に身体は空を舞っていた。
「グウゥッ——」
受け身を取る間もなくバグの拳を顔面に喰らう。
骨が砕けるような音と口に感じる血の味。
地面に強く叩きつけられ本能的に強く息を吸う。
(まずい。一撃が重たすぎる······意識が····飛びそうだ)
幾つもの転移魔法陣を介した超高速移動。
その勢いと共にリンギルへは意識が飛ぶほどの打撃が降りかかる。
バグは突き刺していた大槍を取り出し先端をリンギルへと向けた。
(避けれんッ——)
空中から降りかかる必中の一撃。
大槍はリンギルに向かい地面に巨体が地に伏す轟音が響いた。
——しかし、倒れ伏した巨体はリンギルではなくバグであった。
背中から柔らかく包み込まれるような感触を感じ狭くなっていた視界に見慣れた顔が見えてきた。
「こんな時何て言うんだっけ······そうだ、ギリギリアウト」
「ぶ、ブレンド!?」
現れたのは普段の大きさとは違う、少し巨大化したブレンドであった。
「お前もここに飛ばされていたのか。助かった。だがお陰でアウトではなくセーフだぞ」
「ジンはどこ」
「見送って頂いただろ。それより····お前がやったのか」
地面に強く叩きつけられたバグは額から血を流し腕の節からバチバチと火花が散っていた。
多くの箇所に損傷が見られ膝をつきながら再生を開始する。
「ボルが言ってた。必殺、殴り潰す」
「そうか······ん? 身体が」
いつの間にか身体の痛みが和らいでいた。抱えていたブレンドが治癒を行っていたのだ。
「流石は木人族だな。もう少しで意識が飛ぶところだった」
バグは膝をつきながらのっそりと立ち上がりそう呟いた。
「リンギル、俺武器取ってくる」
バグを無視したままブレンドは地面に刺さったままのゼーンを指差した。
「だ、ダメだ」
治療は完全に終わっておらずリンギルの身体は少し痺れておりすぐには起き上がれなかった。
「任せな」
そしてリンギルを地面に降ろしブレンドは走り出す。まるで庭を駆けるような陽気な走り方。
ブレンドにとっては”生まれて”すぐジンに引き取られたため外の過酷な環境で生き抜いてきたわけではない。
それ故、突然誰かから殺意を持って襲われるなどとは考えもできないのだ。
トキワの訓練に参加していたもののそれはあくまでも安全が保証されたなかでの戦闘訓練。
殺意剥き出しのバグを前にしては経験不足と言わざるを得なかった。
「リンギルのぶーき。リンギルのぶーき」
陽気なブレンドの後ろから殺気に満ちたバグが迫る。
「ブレンドッ——!!」
リンギルの目に映るのはブレンドの無防備な背中。
(ガード無しに奴の攻撃を喰らえば即死するッ。俺が止めなければ······死など絶対にあってはならない。ブレンドの前に····間に合えッ——俺の身体。後のことは考えるな、引き出せッ俺の持つ限界をッ——)
リンギルはゼーンの近くまで来ていたブレンドを鋭く見つめる。
足に筋力を込めブレンドの方に向け強く一歩目を踏み出す。
(間に合えッ——奴の速度を凌駕しろッ)
——その時だった。
「ッ———」
目の前に広がっていたリンギルの視界がほんの僅か途切れる。
目を瞑ったわけでもなく誰かに攻撃されたわけでもない。
そして再び、視界が広がった。
「「ッ——!?」」
目の前の現象にバグだけではなくリンギル本人までも驚愕していた。
先程までバグの後方にいたリンギル。
しかし現在の位置はバグとブレンドの間。
そして右手に握られたゼーン。
超高速で移動していたバグが目の前で起こった出来事を処理するのに僅かな時間を要した。
「あれ、ぶーき」
そしてその僅かな時間を見過ごすことはしない。
頭で考える前にリンギルの身体は動き出していた。
(行けリンギルッ——)
「エルフの宝刀」
緑色の魔力を帯びた刀身へ吸い込まれるようにしてバグの右腕は切り裂かれる。
並外れた硬度を誇る鋼鉄の装甲。
だがゼーンは深く突き刺さりその右腕を切り飛ばした。
「——グハッ!!」
「ブレンドッ——!!」
リンギルの背後にいたブレンドは感じる。
闘気に満ちた雷声と身体を震わすほどの気迫。
「······今か」
そしてブレンドは突き動かされた。
その身体は更に巨大化しバグの巨体をも越える。
「必殺——」
(生体機能が著しく低下。防御モードへの移行が不可。動けッ——危険だッ)
バグの頭は混乱し警告音が鳴り響いていた。
だが時は既に遅かった。
「殴り潰す」
咄嗟に取った形だけの防御。
防御の上から激しい衝撃が大波のように伝わった。
「あぁあああぅアアアッ——!!!」
ブレンドの巨大な拳が衝突し地面には凄まじい轟音が響き渡る。
「·············」
「·············」
砂煙が舞い二人は同じ場所を見つめた。
「いなくなった······やったぜ」
見つめた先には転移魔法陣が微かな光を放ち、僅か数秒後静かに消え去ったのだった。
応援ありがとうございます!
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