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英雄奪還編 後編
七章 第二十話 呪いを宿す女神
しおりを挟むバーロンガムでの戦いが起こっていた最中。
ネフティスのいるバルハールに天からの鐘が鳴り響いていた。
バルハールは既に完全なる臨戦態勢を取っているという緊迫した状況。
トキワ率いる炎の槍は既に到着しネフティス達の元にいた。
「思ってたより多いな。アイツらあんたのこと奪う気満々じゃねぇか」
「フンッ、お主らがおらぬともどうにかなったわい。あの人間また要らぬことをしよって」
「失礼ですよネフティス様。それにトキワさんとゼステナさんは前回私達を助けて下さったのですから」
「そうだぞ呪帝、祖龍であるぼくに感謝しひれ伏すがいいさ」
「····フン、それほどあの人間が心配ならば帰っても構わぬぞ」
ネフティスの見透かしたような目にゼステナはすぐさま察する。
「チッ—勝手に乙女の心を読むなよ」
「駄目ですよネフティス様。でも分かります~ジンさんって一緒にいるだけで癒されると言いますか頼りになるけど守ってあげたい方ですよね~」
「······それな!」
僅かな言葉のやり取り。だがゼステナとメイルは確かに分かり合える存在になったのだ。
そしてしばらくすると地上の様子を見回っていたガルミューラ達が戻って来た。
「逃げ遅れた者はもういない。敵はまだ動いてなさそうだな」
「ああ。だが正直、この数が動くとなるとある程度被害が出ることも仕方ねえな。治癒担当も必ず必要になる。リンギル、今リエルとルースはどこにいる」
「確か今は部隊全員でバーロンガムに向かっている。暫くは応援を頼めそうにない」
「そうか、なら仕方ねえ。とにかくネフティスが取られれば俺らの負けだ」
「······動き出したぞ、備えろ」
地上にいたネフティス達の元へと近づいてきたのはたった一人のみ。
鋼でできたその顔には冷たい表情が浮かび、僅かな隙も見えない。
ネフティスから少し離れた場所に着地すると腕を組み堂々とした構えを取った。
「······此奴は」
「どうされましたかネフティス様」
(此奴、何も考えずに立っておるのか)
「機人族、名は何という」
「バグ」
「ッ——ネフティス様、あの者は」
「ああ、帝王殺しの機人族。まだ老いぼれておらぬようだな」
「帝王殺し······エルフの歴史でも相当昔の出来事として記載されているものだぞ」
「へへ、第一陣でこれかよ。人気者だなネフティス」
「あの敵は流石にまずいですね」
「時間をかけるつもりは無い。素早く我が任務を完遂する」
バグは冷たく無機質な声でそう述べる。
そして腕を組み立ったまま小さく息を吸い込んだ。
「お前だな」
バグはトキワを指差し、ジッとその目を見つめる。
「「グッ——」」
同時に突き刺すような威圧が前方に広がりその場にいた全員を包み込んだ。
その場にいた多くの者がバグの凄まじい威圧に気圧され身体の自由を奪われる。
凄まじい覇気により空中にいたヒュード族は一人残らず地面に降ろされた。
(お、お姉ちゃん身体が動かない)
(大丈夫だ····意識を強く持て)
突如として畏怖に包み込まれ筋肉が硬直した身体は恐怖で喉を震わすことすらできなかったのだ。
まさに選ばれし強者の威圧感。
覇気は上空にいた天使達にも影響し一瞬のうちに張り詰めた緊張感がバルハールを戦場へと変えた。
「ネフティス様ッ、このままでは兵が」
「わしが弾き返す。兵への影響はやむ終えぬッ——」
ネフティスはすぐさま自身の周りに結界を張り魔力を凝縮させた。
「無駄だ。呪帝······」
だがその刹那。バグは殺気を感じ取った。
特別強者と感じたトキワに向け放った殺気は数倍の強度で跳ね返り、バグへと直撃していたのだ。
同時にバグの圧は消え去り、動けなくなっていた者は急激な筋肉の緩和により身体が自然と震える。
「やるなぁ、お前」
トキワはその顔に余裕な笑みを浮かべバグを威圧し返していたのだ。
(全員戦闘に備えろ)
トキワの魔力波は戦場に広がり同時に眩い光が広がる。
突然、大きな揺れが起こり全員の足元に波打つような振動が伝わった。
前方も見られないほどの激しい光。
しかし多くの者が視界を奪われる中地面には転移魔法陣が展開されていたのだ。
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女神の粛清が始まる中、天界のとある場所にその女神はいた。
地上との全面的な戦争そして機人族が関わるという普段とは異なる粛清。
それにより天界が久方振りの緊張感に包まれている中その場所だけは静謐を湛えていた。
天界においてその場所は絶対不可侵である。
限られた者のみがその場に入ることを許されるまさに天界の聖地。
寝台の上でゆっくりと呼吸を整え女神は静かにあるものと闘っていた。
「······始まって······しまったのですね。今の私ではどうすることもできないのでしょうか」
小さく呟いたその声は細く弱々しい。
重たい瞼、身体中を巡る突き刺すような痛み。
時間帯によって身体の痛みは変わり酷い時では歩くことも立ち上がることも出来ずただ横たわり激痛に耐える他ない。視界は徐々に狭まり、指先の感覚は既に失われていた。
その原因は身に宿った呪いによるものである。
「もう····無駄な争いはやめてください。私はもう······粛清を望んでいません」
「······申し訳ございませんエメスティア様。今だけは貴方様の仰ることを肯定できません。貴方様はこの天界に必要な御方なのです。どうかご理解を、私の御無礼をお許しくださいませ」
「優しいですねアクア······ですが私の命は犠牲の上に立つほど大きなものではありません。それに私はまだ死ぬつもりなどありませんので、安心してください······」
「············」
「悲しい顔は見せないで······アクア。私の目があなたの顔を見れる間は笑顔でいてください。そうすれば、目が見えなくなったとしても私は笑顔のあなたを思い出せます」
「······はい」
アクアはエメスティアからの加護を受けた大天使である。
そしてほとんどの時間エメスティアの側に仕えている。
それ故大天使ではあるが未だ女神の粛清に参加していない。
アクアにとってエメスティアの安全こそが最優先事項なのだ。
「私は外で控えておりますので何かあればすぐにお呼びください」
部屋から出たアクアの周りには数人の護衛のみ。
天使の中でも最上位の地位に属するアクアと気軽に話すものなどおらず、何かを相談できる相手もいない。
それが彼女の心を何よりも圧迫していたのだ。
(私は······何をすれば正解なのでしょうか。ずっとエメスティア様に頼っていたので自分では何も決めることができません····自分が惨めで堪りません。エメスティア様にいなくなってほしくありません······ですが、尊敬するあなた様の覚悟を無駄にすることも出来ません······何故あなた様は····パール様のことをそれほど愛していらっしゃるのですか)
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