ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 後編

七章 第十九話 迷信は崩れ去る

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ボーンネルの上空から鳴り響く鐘の音。
その鐘の音は以前ギルメスド王国に天使の軍勢が現れた際鳴り響いた音と同様である。
しかしこの鐘の音は天に女神が存在するときのみ鳴り響く。

「来たみたいだな」

「間隔が短イネ」

いつの間にかボルと傭兵達が外に出てきていた。現在多くの部隊が出払っているため今ここにいるのは黒金の槌トールブラック、ガルドのカラクリ、癒す者ヒーリングズの三部隊のみ。でもゼグトスやレイなど部隊に所属していない仲間はいるため、戦力的には問題ない。

「ジン様、女神が一体と大天使が二体。大天使の一人は以前現れたナフカという者です。そして二体のメカを護衛につけた機人族が一人います。攻撃的な様子は見られません、どうやら話し合いが目的かと」

「分かった、ありがとう」

現れた六人は少し高度を下げながら此方へと近付いて来る。確かに敵意は無いようで武器はしまっており、威嚇するようなオーラも無い。でも魔力量で女神が誰なのかは容易に想像ができる。そしてその女神が前に出て此方を見つめた。もしかすると抱きついているパールを見ているのかも知れない。

「我が名はソフィエル・ファーレ。女神の一人である。其方がジンだな」

「うん。話しに来たんだよね」

今は戦争状態にあるため、下手に刺激するような真似をしてはいけない。
慎重な言葉選びが必要になってくるのだ。
だがどれだけ慎重に話をしても顔色は伺ってはいけない。
こちらが下に出た瞬間、王として私は負けだ。
現在いる三部隊はいつの間にか全員出てきておりその場にはかなりの緊張感が広がった。

「始まりを告げたあの攻撃、あれは私が放ったものだ。止めたのは其方か」

「うん」

「····お前か」

その言葉を聞いた途端、クレースが静かにキレていることが分かった。
今クレースが手を出さないのは話し合いという場にあるからだ。
だが相手を見る限り、単に話し合いに来ただけでは無いのかも知れない。
六人でも此方の戦力を削ぐほどの戦力を確かに持っている。

それと同時に何故か嫌な予感がした。何かしなければいけない気がしたのだ。
心配そうな上目遣いを浮かべるパールをこれ以上不安にさせるわけにはいかない。

「ゼグトス、パールを連れてモンドに行ってくれる?」

「······了解しました」

とは言ってもパールは顔を膨らませた後、抱きしめていた力がさらに増した。

「いやッ——」

「ぱ、パール。ほら見てガルも一緒に行ってくれるよ」

「ガゥッ—」

「いやぁあ、一緒にいるの」

「随分と懐いているようだな。天使、お前にとってこの者は何だ」

「ジンは私のお母さん」

「····何だと?」

「お母さん!!」

「違うッ····お前の母は、他にいるッ——」

「そんなのしらない。私にやさしくしてくれた天使は、私に話しかけてくれたのは····ミーナだけだったもん」

「····ミーナか。その様子ならば、天界にいた時に十分理解していただろう。お前に対する周りの冷たい態度を、お前を見る憎悪と軽蔑に満ちた目を。その理由が何処にあるのか、お前は知りもしないだろう」

「そっ······それは」

「私と話し合いに来たんだよね。私の子は関係ない」

「じん····」

「フンッ、本当に此奴の母親になったつもりか。何故此奴を子と認める。此奴はお前に害しか与えない、いずれお前は此奴を憎むことになるだろう」

「そんなのこの子がお母さんって言ってくれるから。私がパールの親を名乗るのにそれ以上の理由はないよ。それと、子どもが嫌いなお母さんなんているはずないもん······親は、理由もなく子どもを愛すから」

「······そうか、ならばもう話し合う必要は無い。力尽くで其奴を奪わせてもらおうか」

おそらく、話し合ってもどうにかなるような内容ではなかったのだろう。
今までの相手側の態度を見る限り、パールの安全はほとんど保証できない。
そして機人族は先程から動く様子は無い。でも今考えれば武力行使を行わないのにわざわざくるはずが無いのだ。

「パール、少しだけ待ってて」

(ジン様、機械兵は退避させますか)

(うん、お願いギルバルト)

ギルバルトは知っていた。
鬼幻郷で初めて見た時、全身に鳥肌が立つような衝撃を受けたその強さを。
だからこそ、この行動は逃げなどではなかったのだ。

「ファーレ様、お任せを」

そう言い前に立ったのはエミルであった。ネフティスを追い詰めた必殺の加護を有するエミルは右手にリボルバー拳銃——「ハート」を持っていた。既に弾は装填され三発当たれば即死の銃弾を誰に撃つのか見定めるようにしてエミルは余裕そうな表情を浮かべていた。

「モルガン様が強いと認めた者がいる。油断するな」

「「了解」」

加えて機人族も同様、臨戦態勢に入り魔力の渦が生まれていた。
護衛としてついていた二体のメカは一度この大陸から完全に姿を消した者である。
中央教会により付けられたそのランクはSランク以上。
通常のSランク級の魔物とは比べ物にならない強さを誇るメカは機械の島にその身を置いていたのだった。

エミルは嘲笑うかのような笑みを浮かべ、上空からハートを突き出す。

「だ~れ~にし~よ~か~なッ! 君だ! そこの獣人」

そして選んだクレースの眉間にエミルは標準を合わせた。
と、同時に隣にいたレイは少し興味深そうにクレースの顔を見つめた。
その理由は単純であり表情が何一つ変わっていなかったからだ。

「先に可哀想な君に言っておいてあげるよ。僕の弾を三発受ければ確実に死ぬ。まあ君に言ったところですぐ死んじゃうんだけどね」

「私一人と戦え、これ以上ジンを煩わせるな。もし自信が無いのなら全員でかかって来い」

「はぁ? 君は本気で言っているのかい?」

「メカの方は頭が良いようだな」

二体のメカはエミルの前に立つようにして自身の体にエネルギーを充填し始めた。

「おいファスナー。こいつらは邪魔だ、下がらせろ」

「ならばはやく片付けて見せろ」

「そうだな、私に三発撃ってみろ。避けずに当たってやる」

「ハッ——言ったね。確かに苦しまず死ねるからいいかもしれない」

(おいクレース、三発受ければ死ぬんだぞ)

何故かレイに不安はなかった。ただ今クレースが何をしようとしているのかが気になったのだ。

(これも特訓だ。少し見ておけ、私の持つ意思の力の一端を)

「······」

そう言われ、レイは食い入るようにクレースを見つめた。今まで自分がどれ程の鍛錬を積もうと、一端すら見ることのできなかった意思の力。目の前の勝敗など気にすることなく、ただクレースの動きを隅々まで観察する。
威雷は鞘に収まったままであり引く抜く様子も無い。それどころかエミルに宣言してから一切身体を動かしていないのだ。

「一発目ェエ!」

標準はブレることなく、クレースの眉間まで真っ直ぐ飛来した。
その時レイは弾道すら見ることなくクレースを見つめていた。
観察のみ集中しまるで時間が引き伸ばされたような感覚。
そしてその瞳には一瞬、僅かに光る黒雷が映った。

「ハァッ——!?」

クレースに弾丸が被弾してすぐ、エミルの声が響く。

「なっ······」

クレースのみを見つめていたレイですら目の前で起こったことに驚愕していた。
眉間に撃ち込まれた銃弾はまるで意味を成さないようにクレースと衝突した瞬間跳ね返り地面に被弾したのだ。

「フッ、フハハハハ!!!」

だがエミルは高笑いをし、顔に手を当てる。
エミルの瞳にはその数字が見えたのだ。

「馬鹿なのかい!? どんなトリックを使ったのかは知らないけど、君はあと二回当たれば死ぬ! ハハハハッ—カッコつけていたのに無様だね~!」

だがファーレやナフカは何処か違和感を覚えていた。
その場にいた者達の誰も焦りを見せていなかったのだ。

「さあ、二発目ェッ—!!」

再び、放たれた銃弾は弾かれ地面に被弾する。
そして同時にエミルは最後のカウントが迫っていることを確認する。

(ククク、クレース?)

(ああマニアどうしたんだ?)

(いや、その、遠くから様子を見てて。大丈夫なのかなって。ご、ごめんね。きっと大丈夫なんだろうけど)

(大丈夫だ。お前もこっちに来たらどうだ。聞きたいことがあったんだ)

(い、いいよ。人多いのあまり好きじゃなから。聞きたいことって?)

(天使の持つ加護のことだ。殺せば奪えるか?)

(う、うん。一応可能だけど天使の魂が天界に帰る瞬間、加護を与えた女神に所有権が移るから一瞬で上書きしないといけないみたい)

(そうか、なら——)


「おい獣人。どうした、あと一発で死ぬぞ~」

「さっさとしろ。お前、口調が腹立つ」

「なっ····どうやら本当に死にたいようだねぇ!」

「待ちなさいエミル、何か様子がおかしい」

「いいえ! 問題ありません! 私の瞳には確かに真実を述べていますッ—」

エミルは冷静な判断を失っていた。
目の前に瀕死と言える状態の敵がいる。
その状態においてファーレの言葉でさえエミルを制止するには足りなかったのだ。

「終わりだぁッ—!!」

死を意味する最後の弾丸にブレは無い。
放たれた二発と同様、クレースを確実に捉え跳ね返る。
再び地面に着弾し、エミルは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「さあ! これで君は死ねるよ。願わくばどうか安らかに······ん?」

その時突然、エミルの足元が光り始める。
見慣れない魔法陣、青白く光るそれを見つめつつ次にエミルの目に映ったのは赤い何かだった。
その赤色から血を連想したエミルは突如として身体に違和感を覚えた。

「大天使は地に堕ちない。馬鹿な迷信だったな」

「グハッ——」

真っ赤な血を吐き出しエミルは腹部を抑えた。
それは初めて見る自分の血であったのだ。
そして経験したことのないような痛みがエミルの身体中を駆け巡る。

「どうして······どうしてどうしてどうしてッ——!!!」

「ナフカッ」

「ハッ!」

エミルの身体は崩壊を始めた。
この加護を知っているからこそ、ファーレはエミルを見捨て次なる一手を打ったのだ。

(ここで失えば——)

ナフカに崩壊していくエミルなど視界に入っていない。
今ファーレとナフカが最も恐れているのは加護が奪われることであった。
通常、加護の持ち主が亡くなればその加護を与えた女神に所有権が移る。
しかし、死後の直後その情報は上書きが可能なのだ。
——だからこそ

(マニア、今だ)

(はい)

マニアの魔法陣は女神と大天使に焦りを生ませた。

「させるかぁああアアッ!!」

エミルの持つ加護の核となっていた胸の中心にナフカは手を伸ばす。
しかしその指先が核に触れる直前、魔法陣は障壁を張りナフカを外へと追いやった。

「あ····あぁ······」

エミルの身体は完全に崩壊し、呆気なくも風と共に散っていった。

「貴様ァあああアアアアッ———!!!!」

「待ちなさいッ、ナフカ」

「ッ——」

ナフカはファーレの声に何とか身体を止める。
先程起こった出来事がナフカの頭を巡り”傲慢”なナフカを止めたのだ。

「······すまぬが、結果の見えている争いはせん。退かせてもらおう」

その言葉だけを言い残し、ファスナーと二体のメカはその場を後にした。

「どうやら····貴方たちを甘く身過ぎていたようです······行きましょう、ナフカ」

エミルの死を見届けたファーレに焦りの表情はなかった。
ただ戦力の一角を失ったのは確かである。
そしてファーレは今回の目的を達成することの困難さを痛感していた。
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