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英雄奪還編 後編

七章 第十六話 バーロンガムの混乱

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巨帝、ウォール・ダイハードの治める国バーロンガム。巨人族が住むこの国には芸術的とも言える巨大な建物が立ち並び、それらが生み出す壮観はバーロンガムの象徴である。
しかし現在、活気を失ったその国の景観は破壊され静謐がたちこめていた。

「····グハッ–」

多くの者が地面に横たわりまさに血の海と言った状況。
地面に膝をつき血を流していたのはダイハードであった。
現れた敵は僅か二人。大天使に加えてたった一人の機人族である。
しかしこのたった一人の機人族により巨人族の兵団は壊滅させれたのだ。
そうして他の巨人族は血を流しその巨体を地面に伏せていた。

ダイハードの他に意識があったのはウォール・オーダリ。ダイハードの一人娘である。

(すまねぇッ—親父····私を庇ってるせいで)

致命傷を逃れていたオーダリだったが死という運命はすぐ近くまで来ていた。激しい体力の消耗により視界は薄まり、相手の動きに注意することは愚か意識を保ちその全力を出すことも厳しい状況であった。

「ここまで堕ちていたか。期待外れも甚だしい」

そう冷たく言い放ったクドルフは以前にこの場所へ訪れダイハードに傷を負わされた大天使である。大天使としてのプライドを傷つけられたクドルフにとってこの場所に訪れたのはある種の復讐であった。

「下界の民ッ—如きがッ——このッ—私にッ—!!」

「やめろッ—! どけ親父ッ!!」

オーダリを庇い身体に何発もの蹴りを入れられていたダイハードは無言のまま下を向いていた。
父親が侮辱され、目の前で血を流してる。その状況を理解しつつ何もできない自分にオーダリは絶望していた。

(違う····私が邪魔なんだ。私がいるから親父が全力を出せてねぇ)

ダイハードの契約する『意思のある武器』はグラダリアという名を持つ人間にとってはあまりにも巨大な金槌である。
しかし現在ダイハードは武器を持っていない。クドルフの策略によりグラダリアは一時的に封印されてしまったのだ。

「お前」

「な、なんだ」

「それ以上相手を侮辱することはやめろ。このまま続ければお前を敵と見なし排除する」

「····チッ」

クドルフは離れる際の反動でダイハードの身体を蹴り飛ばし少し距離を取った。

「親父····もういいから」

オーダリにとって今最優先すべきは自身の安全ではない。父親の命である。
巨人族最強と呼ばれている父親がまるで手も足も出ない、まるで雑兵の如く仲間が倒れていく。
そんな状況で願えるのはこれ以上誰も失わないことだった。

しかしダイハードはゆっくりと首を横に振る。
傷だらけの身体を持ち上げオーダリの頭は優しく撫でた後、目の前に立つ機人族を睨み付けた。

「巨帝よ、我と本気で戦う覚悟はあるか」

「覚悟など、とうの昔に出来ている」

「····そうか。ならば話ははやい。天使、武器を此奴の元へと戻せ」

「なっ、何を言っている。目的は巨帝をこちらに取り込むこと。これ以上時間をかけている暇などッ—」

「もう一度言う。戻せ」

「······クソッ—さっさと終わらせろ」

渋々承諾したクドルフにより封印は解かれ、グラダリアはダイハードの元へと戻っていった。

(すまんなダイハード、大天使の封印如きで)

(構わん、俺の不注意でもある)

(····これだけは言わせてもらおう。お主と共に滅びるのならばわしは一向に構わん)

(······そうか、感謝するぞ。ただ今日がその日では無い、俺にはまだ娘がいる。それに、お前と一緒に語したい相手がいる)

「オーダリ、離れていろ」

「······分かった」

「そこの天使。この戦いに一切の手出しをするな」

無論クドルフがオーダリを攻撃することはない。もしこの場で勝負に水を差すようなことをすればダイハードよりも先に死ぬのは自分であると理解していたからである。

「強き者よ。お前の名は」

「······モルガンだ。ゆくぞ、ウォール・ダイハード」

呼吸を整えたダイハードは全身の力を込めた。戦闘において力を抜き身体を楽にすることは重要である。
しかしモルガンを前に一瞬でも緊張感を解き防御を捨てることは危険であった。

そして、走り出した。顎を引き鋭い眼光でモルガンを睨みつけながら姿勢を低くする。
右手に持った巨大なグラダリアは解放されたように魔力を放ちダイハードを包み込む。
ダイハードは巨体でありながらも素早い。
軽々とグラダリアを振り回しモルガンの頭部に振りかざす。

モルガンの精密な機械で作り込まれた右目はその動きを追尾し素早く後ろに避けた。
地面は割れ、大小の岩石が空中を舞う。

「フゥ—」

グラダリアを地面に打ち付けたままダイハードは舞い上がった岩石に息を吹きかけた。
岩石は軌道を変えモルガンの身体へと吸い込まれるように向かっていく。

「ッ——」

強固な防御力を持つモルガンにとって飛んできた岩石を避ける必要はなかった。
しかし直前で何かを察したモルガンは岩石を弾く。
本能がそうしろとモルガンの手を動かしたのだ。

(····これは)

直前に感じた違和感。弾いた岩石からは予想を遥かに超えた質量を感じたのだ。

(意思の特性か。触れた物の質量を増大させ、それに加えて硬度を上げるといったところ。だが重さが増えれば今の軌道は不自然だ)

予想外の攻撃に少し姿勢が崩れたモルガンの視界の下から地面についていたはずの鎚が迫っていた。

「グッ——」

しかしモルガンの鋼鉄の足は鎚を軽々と弾き返しダイハードの顎を蹴り上げる。
意識が飛ぶ程の威力。衝撃は一瞬で広がりその波動は身体中を駆け巡った。

(起きろダイハードッ)

「ッ—!!」

グラダリアの声でダイハードは途切れかけた意識を無理矢理呼び起こし受け身を取った。

「メテオ・プラトン」

ダイハードの眼は天空の一点を捉える。そしてその眼力に応えるようにして何かが生み出された。
そこはまさに無の空間。ダイハードに応えたのは宇宙空間の一点であった。
無限とも言えるその空間に散らばる無数の結晶。その一部が魔力に応え寄せ集まる。
拡がり続ける宇宙においてその大きさは塵に等しい。
だがその塵は地上にとっては”隕石”と呼ばれる。

「ほう、面白い」

モルガンはその顔に小さな笑みを浮かべ大気圏を突入しながら轟々と燃える隕石を見つめた。

(隕石の硬度を変えるか? だが何故ここに撃ち込む。娘とこの国共々自爆する気か)

「ハァアアアア」

ダイハードの鍛え上げられた筋力は凄まじい覇気を放ちながらグラダリアを振るう。
しかしそこにモルガンはいない。グラダリアは空を殴り空気の塊が迫り来る隕石に迫ったのだ。

(間接的に金鎚と触れる場合でも変化を及ぼせるいうことか)

モルガンの推測は概ね正しいように思えた。たが少し、考えが甘かった。
迫り来る隕石は瞬きと同時にその巨大な姿を消し去り轟音は静まったのだ。

「大地よ、我が魔力に応えその身を振え」

モルガンが目の前の事象を頭で処理する前に突然地面が揺れ始める。
次第に激しくなる揺れを避けるため空中に飛び上がった。

(何が目的だ。この程度の力で)

しかし突然隆起した地面は空中に浮かんだモルガンを追尾するようにして動き始める。
地面だったものは細く太く、長く短く変形しながら無数の手となりモルガンを上へと追い詰めていった。

(もっと上だ。もっとッ)

絡まり合うこともなく伸びた無数の手は高速でモルガンを追尾した。
だがモルガンの飛行速度はその速度を遥かに凌駕する。
正確さ、素早さ、反射神経そして桁外れの空間認識能力により現状態でのダイハードが相手をできる範疇を超えていたのだ。

「この程度では当たらんぞ。我を楽しませろ」

モルガンは挑発によりダイハードの更なる強さを引き出そうとしていた。
同時に湧き上がってくる妙な違和感を放ったまま。

(先程の隕石は。ただの陽動とは思えん。それに先程から空中で妙な魔力が渦巻いている)

更に高度を上げるが地面から伸びた手は際限なく伸び続ける。
遥か上空のモルガンを掴もうとするその手の数は減るどころか枝分かれし更に増えていった。

(魔力の無駄遣い、他の目的があると考えるべきか。硬度、質量それだけでは無いとすれば····誘導されている)

「ッ———」

その考えが頭を過った時、真下から猛烈な熱波が押し寄せ身体中が熱気に包まれた。

「—フッ」

モルガンは自然とその能力を賞賛してしまった。再び現れた”隕石”は重力に従い落下して行くことはない。
重力に抗うようにしてその”隕石”は天高く舞い上がっていた。

(大きさも同様ということか。隕石を我と衝突させる直前に視認できぬほどの大きさまでに縮め軌道を上に変えた後、我を上に誘導させた状態で大きさを元に······いや更に大きくしたのか)

「——見事」

隕石は再び轟々と燃え上がりながら天空を満たす。
そして感嘆とも言える感情に包み込まれながら、モルガンは嬉々とした笑みを浮かべた。
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