ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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英雄奪還編 後編

七章 第十三話 歪んだ未来

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天生を終えたラグナルク達は天界にその身を置いていた。
失敗すれば死という結果に至る天生の成功率は決して高くない。
実際に全員が天生に失敗した司聖教は天使との相性が悪く、無惨な死を遂げたのだ。
しかしギシャルやベイガルといったラグナルクの配下は全員天生に成功し既に天生体として安定した状態になっていた。

「女神の粛清が始まると同時に我らも地上へと降りる。全員天生後の負荷は完全に無くしておけ」

「「ハッ—」」

天使をその身に宿す天生は強力な力を手に入れる代わりに身体が慣れるまでかなりの負荷がかかる。
天使との相性にも依るその重たい負荷は天生体として生まれたばかりの肉体からしばらくの間自由を奪う。
しかしその負荷から一度解放された肉体は天生前とは比にならないほどの力を宿すのである。

「ラグナルク様、初めはどこへと向かうのでしょうか」

「お前達にも始まるまでは伝えられない。ただ万全の状態にはしておけ、始まれば必ず戦闘には発展する」

「今のわたくし達ならば誰が相手でも敵でありませんわ、ねえ? ダーリン」

「いいや、油断は禁物だ。剣帝や序列一位のあの男にはまだ勝てる見込みなどない」

「もうダーリンったら、心配しすぎよ」

「クシャシャシャッ!! お前らは雑魚でも狩っとけ。俺が全部めちゃくちゃにしてやる」

ストレアのその余裕は高慢さから来たものではなく実力が伴っての言葉である。
天生体となったその強さは既に人の域を超えていたのだ。
ラグナルクは座ったまま、全員を見渡しおもむろに口を開いた。

「今一つ言っておく。そう遠くない未来、私が下す選択をただ信じて欲しい。たとえそれが、お前達の望んだ形でないとしても私はその選択を必ず下す。今お前達に”確定した未来”を告げるならば、その選択は間違ってなど”いなかった”」

まるで過去の出来事のような口振り、だが誰もその言葉を疑問視することはなかった。

「どのような御命令も何なりと。我らの命は貴方様とともにあります」

ラグナルクの言葉を否定する者はその場にいない。その命令は絶対であり、ただ盲目的に従っていた。それは全員がラグナルクに対しての恩を持っているからである。

その時、静かな気配とともにラグナルクの視界にある者が現れた。

「あれ、みんな集まってるじゃん。ヤッホー」

「あらあら、大天使様が来られるなんて」

「もしかして取り込み中だった? お邪魔ならどっか行くぜ」

「構わない、何か用か」

「そっか、粛清の日が決まったからこのトギ様が伝えに来たぜ。まあラグナルクは知ってると思うけど」

トギは大天使の一人であり普段は鼻から下をマスクで隠し目だけを見せている。
トギ様という一人称を使用しているがその性格は温厚で誰にでも気さくに話しかける人柄である。
しかしその素顔を知っているものは誰もいない。
最も距離の近い大天使であり、同時に最も得体の知れない存在なのだ。

「俺たちにも伝えていいのか? ラグナルク様だけで良いと思うが」

「大丈夫大丈夫、みんな味方なんだから大丈夫でしょ」

(許可もらってないけど)

「クシャシャシャッ! それでいつなんだ?」

「全体的に動き出すのは明後日からだとよ」

「随分急だな」

「みんなもそのタイミングで動き出すでしょ?」

「ああ、基本的に我らは別で行動させてもらう」

「いいぞ、気をつけてな。それじゃあ要件はこれだけだから、バーイ!」

(もう準備は完璧だ)

用が終わるとトギは静かに暗闇へと消えていった。

「どうかされましたか?」

「いいや何も無い」

女神の粛清が始まるまで二日。天界は来るべき戦争に向けてその全てをかけていた。
たった一人を救い出すために。その存在の欠落は天界に大いなる影響を与えていたのだ。


*************************************


熱気に包まれるゼフの鍛冶場。その奥の部屋には四人の人影があった。
先程までその熱気に包まれていたゼフはその手を止め、ルランの前に座る。このタイミングでのルランからの話ということでその場にいたクレースとトキワも内容は察していた。

「女神の粛清は二日後に始まる。今までの出来事を考えるに世界線が別でも始まる時期は同じだ」

「そうか····初めは何処から現れるんだ」

「時期は同じだが内容は全く異なる。今俺が伝えられる正確な内容は時期だけだ」

「インフォルは知ってるのか? ボルとコッツなら俺が伝えとくぜ」

「インフォルは知っている。二人には後で頼む。そしてここからが本題だ。ジンの死因はおそらくここでも元の世界線でも同じになる。だから一つだけ、粛清が始まって以降はジンから絶対に離れないでくれ。少なくとも一人は側について、天界には絶対に近寄らせないようにしてくれ。頼む」

「天界に?」

「ああ。何があっても天界には近寄らせないように。他のヤツにも何かしらの理由をつけてそう伝えてくれ」

「本当にそれで助かるんだな」

クレースの視線にルランの目は応えず下を向いたまま少しの間黙り込んだ。

「はっきりとは分からない、理由がそれしか見つからないだけだ。最悪の場合に備えて俺もできる限りのことはしている」

「今はわしらもできる限りのことをするしかないのう。敵の攻撃はボルの考えだけで上手くいきそうか?」

「それもあるが、ここにはマニアがいる。安心しろ」

「マニア····やはり素質はあったか」

「······どうしたトキワ? 聞いておきたいことがあるなら何でも言ってくれ」

「あいつが·······死んで、世界は平和になったのか。天界や他の国はどうなったんだ」

「確かに意味はあったぜ。ただジンがその命を代償に選んだ未来は俺たちにとってはあまりにも酷だった。それと頑張れよトキワ······色々とな。時間を取らせた、話はこれだけだ。俺はこの後少しネフティスの国に行ってくる」

「クレース、お前はできる限りジンから離れるな。戦力差がどうにもならねえ時だけ手を貸してくれ」

「そのつもりだ。だがおそらく敵はこちらにゼフがいるのを知っている。ウィルモンドが同時に侵攻される可能性もあるな」

「ゴールのヤツもおるが、今はあやつら兄弟もおる」

「そういえば、アイツも生き返ってたのか。それじゃあ私はジンのところへ行く」


「ッ———!!?」

——しかしその時だった。

ルランは突然立ち上がり大きく目を見開いたまま固まった。
走馬灯のように頭の中を駆け巡る見たことのない景色。
その突然の衝撃と焦燥感に駆られたまま一切身体が動かない。

「どうしたルラン、今から行くのか?」

その問いかけもルランの耳には入らない。

「違う、今日じゃない····」

寒気を感じるほどに身体中から汗が吹き出ていた。

「······まずいッ」

他の三人もルランの感じたその違和感にようやく気づく。
クレースは立ち上がり気配の感じる方向へと走り出す。
『威雷』はその意思に応えるようにクレースの動きを追尾しゼフの鍛冶場に大きな穴を開けた。
最短距離となるその道筋。
雷光の如くその道筋を辿るクレースの頭にジンの言葉が聞こえてきた。

(全員建物に入ってッ—!!)

空を見上げ、光と共に膨大な魔力が接近する。
そして同時に空中に飛び上がったジンの姿が視界に入ってきた。

「ジィンッ——!!!」

目を血走らせ、その名を叫んだ。

虚無ロード・ オブ・ヴォイド

昼の空に広がる雲一つない冬の青空。
その眩い光を包み込むように巨大な星空が広がった。
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