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英雄奪還編 後編

七章 第十一話 虚ろな緋帝

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緋帝アルファーム・メイロード。女は史上初のヒュード族の帝王である。
その女帝が治める国は地上の天界「ラピルス」と呼ばれ大陸の国で唯一天空に存在する。ラピルスに住む種族はヒュード族のみであり集団での戦闘能力もさることながら空を完全に支配する個々の力により平和な国が築かれていた。
それに加え帝王であるメイロードは主に大陸の東に最高峰と呼ばれる武術の一つとして伝わる超克ちょうこく流の開祖であり、その洗練された体術は武の極地に届き得るほどなのだ。
しかし現在長きに渡り安寧の地を築いていたこのラピルスは空に溶け込むほどに静まり返っていた。

メイロードは天生後もラピルスの地にいた。自身の民を何においても最優先に考えるその優しさと帝王という絶対的な地位にも驕らないその謙虚な姿勢から民に愛されていたメイロードも今ではほとんど喋らなくなった。玉座に座り虚ろな目で一点を見つめるばかり、このようになったのはメイロードが天生してからであった。
いつもとは違うその様子に周りにいた者達も声をかけるがメイロードは何も答えない。帝王であり天生体となったメイロードには食事も睡眠も必要にならない。日々何をすることもなく銅像のようにその場に存在していたのだ。

「今回この地が粛清の影響を受けないのはメイロード様がいらっしゃったからだ。何もしていない私達に口を出す権利など一体何処にある」

「し····しかし、あの御様子では天生した天使により完全に心が支配されていると言っても····」

「分かっているッ····だが今の私達に何ができるというのだ。覚悟を決めた主を否定することなどただの冒涜に過ぎん」

「············」

メイロードのいる玉座の場所から離れた大部屋に配下の者たちは集まり話し合う。だが当然いつも嬉しそうな顔で皆を見渡していたメイロードはその場所にいなかった。主とまともな会話が出来ない今、これからの行動は自分達で決めなければならない。不安が消せないこの状況で配下にとってメイロードという頼れる存在が如何に大きなものであったのか全員身を持って感じていた。 

そんな最悪の雰囲気の中、ある一人の女が静かに口を開いた。

「私は······メイロード様が女神側についただなんて思えません」

「ラミリア····それはお前の幻想でしかない。形はどうあれ、私達はあの方に守られたのだ」

「······でしたら、メイロード様は地上にいる者を見捨てたと仰るのですか」

「ラミリアッ!」

「····私は、あの方がどれほどお優しい方なのか知っています。地上にいる民をあの方が見捨てるのでしょうか。勿論私達と同じくヒュード族もいるのです。前回の粛清であってもメイロード様は他の帝王様と手を取り戦われました。そんなメイロード様が大陸を見放されるなど·····やはり私には信じられません」

ラミリアという女は長きに渡りメイロードの元に仕えていた。そして誰よりも主であるメイロードを理解していたのだ。だからこそ今回のメイロードがした行動を理解出来ないでいた。彼女の知っている主ならば今自分達が何をすべきなのかを頼りがいのあるその声で言ってくれる。ラミリアはそう信じていた。

「それは····メイロード様が私達のことを寵愛してくださっているからであろう」

「いいえ、違います。メイロード様は私達と同じように地上に住む方達を愛していらっしゃるのです。だからこそ、絶対にあの方は命の価値に優劣などおつけになりません。あのような御様子でもメイロード様から溢れ出る優しい雰囲気は何も変わらない、そうは思いませんか。······だからこそ私は今私達がやるべきことが何であるのかようやく理解出来ました」

その言葉に周りにいた者たちの注意は一気にラミリアへと向かった。
ラミリアの顔は何かを決心したようで一度全員の顔を見渡した。

「私達全員、大陸の皆様の味方をしましょう」

「なッ—何を言っているんだ! それこそメイロード様に対する冒涜であろう!!」

ラミリアのたった一言で部屋の中はざわついた。ラピルスに住むヒュード族にとってメイロードの意向は絶対である。今までずっと盲目的になろうともそうしてきたのだ。

「もう一度よく考えるんだラミリア。メイロード様が女神に味方したことでこの地は救われる。それに聞いたであろう、あの機人族でさえ女神側についた。今回の粛清でまともにやっていても勝てないのは明らかだ······確かにあの方を信じたいお前の気持ちも十分にわかる、それは私達も同様だ。だが現実を見ろ、私達があの方を裏切るような真似をしてどうなる。私達に被害が出ること、それが一番あの方の避けたいことでであろう」

「違います。もし今メイロード様がこの場で話されるとするならば、きっとこう仰るでしょう」

ラミリアは立ち上がれ、その顔に小さな笑みを浮かべた。

「ぶちかませ」



*************************************



場所はモンドの中、広い部屋の一つの真ん中でパールは魔法の特訓を行なっていた。パールにとっては大好きなジンに一対一でかまってもらえる幸せな時間。何かを学ぶ際には自身から意欲的に学ぶことが重要であり同時にその意欲というものが一つの壁である。しかしパールにとってはそれが一番簡単だった。頑張れば頭を撫でて褒めてくれる、出来なくとも何度でもつき合ってくれて側で見てくれている。それ故パールは日を追うごとに自身の持つ魔力を使いこなしていった。魔力操作は既に意のままになりその小さな体に眠る膨大な魔力も暴走させることなく自身の意思により全て制御できていたのだ。

「パール、その魔法は本当に必要になった時しか使っちゃだめだよ」

「うん、そうする」

パールが使用できるようになった魔法は『アモル・アエテルヌス』という魔法らしい。鬼幻郷で初めて発現したこの魔法も今ではパールの力で完全に制御できている。どうやらクシャルドが言うにはこの魔法は女神のみが使用できる七つの最上位魔法の一つらしいけど天使のパールが使えているから正直よく分からない。確かに威力は絶大で前に一度暴発した時には止めるのが大変だった。

「どうしたの?」

「······もうジンとの特訓は終わっちゃうの?」

殺人的な上目遣いでジッと瞳を見られた。

「わたしまだ何もできない。だからまだつづけて」

「いいよ、ずっと一緒にいるから」

「······へへぇ」

「あっ、みんな出てきた」

「ガァウアアア!!!」

実はこのモンドの中に最近魔物が発生し始めた。理由は部屋の中が魔力濃度の高い状態になっているからだ。そのため魔物はいつの間にか自然発生し、多くの部屋に現れ始めたのだ。しかしボルはこうなることを予想していたようで······

「くぅううん······」

魔物はこちらを味方であると認識した状態で生まれてくるのだ。魔物が発生する部屋はどれも十分に生きていける環境が広がっている。それに理由は分からないが日に日に懐くようになってきた。外では危険な魔物だけどこの中では全員頼りになる仲間になるのだ。

「強いまものばっかり」

「あはは、ここはいつも使ってるからね」

パールの言う通り魔力濃度が高い分いつも魔法の特訓に使用しているこの部屋にはAランク以上の魔物も普通に存在している。勿論危険だが敵対はしない。会うたびに甘えてくるので可愛いらしい、何というか愛着が湧くのだ。

「ガルおいで、行こ」

「バゥ!!」

部屋を出てすぐの壁にもたれかかっていたクレースと合流した。何故か特訓の時だけクレースが部屋に入るとパールが怒ってしまうのだ。

「「うぉおおオオ——ッ!!」」

中を歩きモンド内のレストランに向かっていると右手にあった部屋の方から凄まじい雄叫びが聞こえてきた。

「な、何してるの」

「ああ、トキワがリンギルとエルダン相手に戦っているらしいぞ。見ていくか?」

「うん、ちょっとだけ」

「あっ、ジン!」

部屋に入ると観客は私達だけではなかったようでレイに加えてボルや傭兵のみんなもいた。
そして目の前にはかなりボロボロになったリンギルとエルダンがかなり疲弊した様子で立っていた。

「はぁ、はぁ······」

二人とも息遣いが荒く、傷ついている身体で武器を持っている一方でトキワは素手のまま無傷で平然と立っていた。

「二人とも大丈夫かな」

「両方かなりタフだからな。既に三回は叩きのめされているぞ」

「でもリンギルもエルダンもかなり強くなってルヨ。連携がいいカンジ」

二人とも限界に近い身体を何とか突き動かし再び目の前のトキワを見つめた。二人とも武器には意思が宿っており今ではラテスによる数値もかなり高く並大抵の相手に負けることはまずない。だが相手が悪かったのだ。

「あれ、ブレンドは······」

「ここにいるぜ」

その声は抱きかかえていたガルの毛皮から聞こえてきた。いつの間にか入り込んでいたのだ。

「ブレンド最強だから見てるだけ」

自信満々にそう言い切ったブレンドだったが流石に三人の戦闘に入るわけにはいかないのでトキワがうまく誘導したのだ。

「もう一回始めるぞ」

「待って、二人とも一度だけ回復させて」

「い、いえ俺たちは」

「ダメ」

トキワは素手だけど二人のダメージを見る限りは既に限界まできている。無理矢理二人に治癒魔法をかけ傷を完全に治し痛みを全て消し去った。二人の身体は完全に元の状態に戻り大きく伸びをすると今度はリラックスした状態で武器を手に取った。

「よし······行くぜ」

トキワは変わらず素手のままだが明らかに雰囲気は変わった。

「クシュん—」

そしてパールのくしゃみと共にリンギルとエルダンは動き出す。
エルダンは前方に走り出すとすぐさま練り上げた魔力を身体全身に纏わせた。

剛轟ゴウゴウッ—!!」

初めから力を解放した剛人族特有の魔力による特質変化。今までの特訓により剛轟の練度はさらに上がっていた。
それに加え金槌の部分ともう片方に斧が付いているという特殊な形をしていた武器はゼフの改良で金槌と斧の間に純度の高い鉱石で作られたチェーンが取り付けられた。金槌と斧の大きさは変わらないが今ではその並外れた握力でリーチの長くなったその武器を自身の手足の如く意のままに振り回すことが可能なのだ。

「リンギルッ」

後ろに走っていたリンギルはその声に合わせ空中を舞い瞬く間にエルダンのすぐ前方まで跳躍した。
まるで魔物ほどの跳躍力、抉れた地面を置き去りにしその勢いでエルダンの持っていた金槌の上に着地する。

「うぉらぁああアア——ッ」

リンギルの着地と同時にエルダンは『牙震ガシン』を振りかざす。
完全に互いを信頼しきることで可能な連携技。振りかざされた勢いのままリンギルの身体は真っ直ぐトキワの元へと凄まじい速度で向かって行った。
空中を超高速で移動しようとリンギルの姿勢はブレない。
空気抵抗を最小に抑えるために片手で持った大剣を進行方向と水平に構え速度を落とさず迫っていく。
トキワの間合いに入り『ゼーン』を前に移動させ勢いを殺すことなく振りかざす。

「クッ——」

しかしトキワは完全に見切ったように身体を後ろに反らせてその斬撃を難無く避ける。
空を斬ったリンギルは空中で上半身を捻り大剣を地面に突き刺して全ての勢いを回転力へと変えた。
大剣を軸とした超高速の回し蹴り。
その攻撃を予期したかの如く蹴りをガードしたトキワだったが右腕の死角から追撃するようにエルダンからの斧が右横腹に迫る。

「いいじゃねえか」

だが余裕な表情を崩すことなく斧の上に飛び乗るとリンギルを軽々と振り回しながらエルダンの顔面に蹴りを入れた。
堪らず吹き飛ばされた二人はすぐに受け身を取りリンギルは地面に手を当て魔力を流し込む。
地面は不自然に隆起しトキワの足元から出てきた大量のツタは両足に絡まった。

「おう、やるな」

力ずくでそのツタを引きちぎろうとしたトキワだったがそのツタは動けば動くほど複雑に絡まりトキワの動きを止めた。

岩の雨ロック・レイン

すかさず上空に手をかざしたエルダンによりトキワの真上には無数の鋭利な岩が現れた。

(魔力を、込めろ)

それらは上空に留まりつつ急速に回転し始める。その回転により岩の周りには風が引き起こるほど。回転力を増しながら確実に威力を上げていきさらに魔力を纏った。

「穿てッ——」

無数の岩は地上に降り注ぐ雨のように上空から無差別に降りかかった。
それと同時に急降下する岩の雨に合わせ二人は退路を完全に断ち切るためにそれぞれトキワの上半身と下半身に向かい武器を振り翳す。

しかしトキワの目は三方向からの攻撃を一瞬で追尾し周りの空間を把握した。

「バブル」

トキワは上半身に迫ったリンギルの大剣を片手でいなすとエルダンの強烈な打撃を弾き返す。
そして上半身を捻ると二人の巨体を投げ飛ばした。

「「ッ——!?」」

投げ飛ばされた二人はその視界からトキワの姿を消すことはない。だが目の前の光景を見て目を疑った。
勿論トキワの足にはツタが複雑に絡んだままであり無数の岩を避けることはできない。

「何故·······当たらない」

降り注いだ岩の雨はその場に立ったままのトキワに当たることはなかった。どれほど近くに降り注いだ岩の雨であろうとまるでその身体避けるようにして地面に大きな穴を開けていく。

『バブル』はトキワ専用の魔法であり具体的な効果はトキワに対する確率操作という反則的な魔法なのだ。
勿論岩の雨ロック・レインの攻撃範囲と静止したトキワの位置を考えれば直撃する確率が百パーセントである。つまり確率の改変に上限は無いのだ。

固まる二人を前にそのまましゃがんだトキワは平然とした様子でツタ燃やし身体の自由を取り戻した。

「よし、ジンを待たせたくねえからそろそろ飯行こうぜ。特訓はまた今度だ」

「······ふぅ、分かった。ジン殿をこれ以上待たせる訳にはいかない」

「待たせたなジン、終わっ——ジン?」

しかし先程いた場所にはジンに加えてクレースとレイもいない。

「パールの空腹が限界を迎えテタ」

「そ、そうか」

こうして若干の寂しさを感じながら特訓を終えたトキワ達もレストランへと向かっていったのだった。
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