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英雄奪還編 後編
七章 第九話 最強種
しおりを挟むクレースに連れられて北西にあるマニアさんの家まで辿り着いた。周りに人の気配はほとんどない。冬の寒さを感じる中少し道から離れた場所にその家はあった。クレースの言う通り家の周りには多種類の結界が張ってありインフォルでも結界の中に入れないことが分かるほど強いものだった。結界越しにいた女性はこちらに気づくと驚いたような表情で静かにそれでいて嬉嬉としてその場で足踏みをしていた。
「あの人?」
「そうだ。気づいている····な」
マニアさんは数秒固まったあと猛スピードで駆け寄ってきた、満面の笑みを浮かべて。内側から結界を通り抜け目の前まで来ると再び喜びを抑えるように足踏みを始めた。
「クレース!!」
「久しぶりだな」
クレースは興奮で震えているマニアを落ち着かせようと優しく頭を撫でた。
しかし様子がおかしい。目が回り顔が小刻みに震え始めていた。
「ぶふぉおおッ———」
「クレース!?」
「いや何もしてないぞ」
マニアは突然鼻から大量の血を出して倒れ込んだ。日常的に常人ならば死んでもおかしくないような習慣を繰り返してもなお平然としているマニアにとって気絶するという経験は初めてだった。クレースに撫でられただけでその無敗伝説は途絶えたのだ。
「す、すぐに運ぼ」
「分かった······コイツ血は足りるのか?」
二人のその声もマニアには聞こえることなく気絶した状態で家の中まで運ばれていった。
「····癒魔法をかけた方がいいかな」
「いいや大丈夫だ。コイツは死なない」
しばらくして徐々に意識が戻ってきたマニアの耳に聞いたことのある声が聞こえてきた。久しぶりの安眠、初めてひとりこの小屋の中で眠った日以来の幸せな睡眠だった。
「······クレース?」
マニアがゆっくりと目を開けると側にはクレースがいた。
「もう起き上がれるか?」
そしてクレースはもう一度マニアの頭に手を触れた。
「ぶふぉおおッ———」
「クレース!?」
「いや何もしてないぞ」
再び大量の血を噴き出したマニアだったが今度は直前で止まりなんとか意識を保った。
「久しぶり·····クレース·」
「ああ、変わらないな」
「クレース······いきなりだけど一つ頼んでもいい?」
「どうした?」
マニアは急に真剣な顔になりクレースの目を見つめた。息がかかるくらい近くまでクレースに顔を近づけマニアの鼻息は徐々に荒くなり始めた。
「ビンタした後、私の顔を好きなだけ舐め回して」
「もう一回寝てろ」
「ぶッ——」
「クレース!?」
「変態が」
しかし顔面を打たれたマニアは一切怯むことなく狂ったような顔でクレースに自分の頬を突き出した。
「も、もっとして」
何というかゼステナと同じ感じがする。マニアさんの家の中はギルバルトの研究室のようであちこちに努力の跡が見られた。そしてその後何とか落ち着いてもらい話をするところまでもっていけた。
「こんな間近でオオカミさんと可愛い女の子を見るのなんて初めてです····初めまして、先程は失礼を····」
「ううん全然いいよ、初めましてマニアさん。この子の名前はパールでこの子がガル、私はジンだよ」
「ッ———」
「······どうかした?」
「い、いえ!何もありません。よろしくお願いします。今お茶を入れますね」
マニアさんは手慣れた様子でお茶を入れ、パールとガルにはあたたかいミルクを出してくれた。
「今日はどうして来てくれたの? えっ!? 結婚の申し込み!? いいよ! 喜んで!」
「違う、一人で会話を進めるな。今日はお前に頼みがあってきた」
「私に頼み事?」
「ああ、女神が動き出したのは知っているか?」
「あっ、そうなんですか。全然知りませんでした」
「まあそうだろうな。それで、この国を守ってもらうためにお前の結界が必要なんだ」
「で、でもそんな危険なことにわざわざ関わらないでも······」
「いいや、必要なんだ。ジンはこの国の王だからな」
自信満々に言い切ったクレースにマニアは一瞬ぽかんとした顔で硬直した。
「え?え?え?え?····え?」
クレースとジンの顔を交互に見つめ最後には驚いた顔でジンを見つめた。
「まだ······こんなにちっさな子どもなのに?」
「うぅッ——」
「まあな、だが私が保証しよう。この子は立派な王だ。どこに出しても恥ずかしくないほどな」
「道理で南側からたくさん気配を感じるようになったんだ······いいんだけど、私にそんなことできるかな······」
「やってみないと分からないだろ。たとえ出来なくても誰も責めはしないし、私が何とかする。少なくとも、私はお前を認めているぞ」
「や、やります!!」
その言葉がただ嬉しくて聞いた瞬間そう答えていた。
(この人はいつもそうだ。私を認めてくれる)
「マニアさん、よかったら私達の住んでいる場所に来ない? 転移魔法陣で家ごと移動もできるよ」
「ほ、本当ですか?」
(きっと将来信頼できる仲間に逢えるから)
その時、マニアの頭にいつかの幽霊の言葉が過った。
「············」
(この生活から抜け出す時が来た。大丈夫、私はあの日幽霊さんに本当の意味で生かしてもらった。そうだ。私は幸せにならないといけない、あの人と約束したのだ。それに私はクレースに認められるような結界を作らないといけないんだ。そのためにもクレースが近くにいてくれないといけない)
「分かりました。よろしくお願いします······家は、ここに置いていってもいいですか?」
「······本当に、いいの?」
(この家から離れない限り、私は何も変われない気がする。嫌な過去を綺麗さっぱりと忘れるためにもここから離れなければならない)
「はいッ」
マニアは力強くそう答えた。
「それならすぐに来い、家なら半日もあれば作れる」
こうして新しいマニアという仲間と出会えたのであった。
しかしまだこの時の二人は知る由もない。
マニアという存在がこれからどれ程この粛清に影響を与えるのかを。
*************************************
大陸の北から海を越えて少し離れた場所。大きさは大陸の十分の一程度。「機械の地」と呼ばれるこの土地は大陸との関係を完全に断ち切った絶対不可侵領域である。
その理由はこの土地に機人族と呼ばれるその名の通り機械と人間が混ざり合ったような種族が存在しているからだ。この種族だけにはたとえ帝王であっても手を出すことはない。正真正銘、最強と言われるこの種族もまた大陸に干渉することはない。
天使族、悪魔族、共に最強と言われている種族であるが、機人族を知っているものならばその考えが如何に愚かなものなのかが理解できるほどなのだ。
そしてこの土地は唯一女神の粛清の際に影響を受けない場所である。
女神でさえ戦うことを避けるのだ。
だが今回の女神の粛清において世界のパワーバランスは大きく変わろうとしていた。
機械の地。女神「ファーレ」は地上に降臨し後ろには四人の大天使が控えていた。そしてその目の前には完全武装した機人族のもの達が威圧するようにその五人を睨んでいるという状況。いくら女神と大天使と言えどもこの状況で戦いを始めるということは自殺行為だと理解していた。
「私たちは目的さえ果たせれば構わない。最後には大陸を全て手にするがいい」
ファーレは今回の女神の粛清において機人族の力を借りる為話し合いに来ていたのだ。
「······断る」
「何故だ。お前達にとってここはひどく窮屈な場所であろう」
「我らはこの地で十分だ。我らの中には一人で帝王を抑えられるものなど十人以上いる。動けば大陸など奪うことは造作のないことだ」
”その者”から放たれるその強さは大天使までも萎縮させるほど。練り上げられたその闘気は大天使は疎かファーレにも容易に届き得た。
「更なる力が欲しくないのか?」
「我らは種の頂きにいる、お前達が我らの求める力などを理解できるのか」
「······開闢の意思を知っているか」
ファーレの言葉に機人族は一瞬興味を示した。
「開闢の意思······契約すれば常人とて帝王に匹敵する力を持つ····か。それをどうすると言うのだ」
「私達の目的が果たせれば、お前達にその一つを渡す」
「ファーレ様ッ」
堪らず控えていた大天使が声を上げた。開闢の意思が機人族に渡ることがどれだけ危険なことなのかを承知しているからだ。だが”その者”の表情は変わらない。ファーレの真意を伺うようにしてその眼を真っ直ぐと見つめ口を開いた。
「我らにそれほどの力を渡すほど。目的は何だ」
重くのしかかる圧とともに。控えていた大天使ですら何も出来ずに固まっていた。
ただ唯一ファーレは顔色ひとつ変えずその圧をいなし、静かにその問いに答えた。
「······最愛なる友を救うため」
その言葉に何の意図もないということは目の前で聞いていた”その者”も十分に理解していた。
「ほう······」
少し考え込むようなその様子を周りのものが見つめ、しばらくして静かに”その者”は口を開いた。
「我ら機人族が強さよりも優先させるべきことは何か分かるか」
「······検討もつかんな」
「人情だ。我らは完全なる機械ではない。だからこそ人としての美しき部分を大事にする······ならばお前のその気持ちを踏み躙ることなど何故出来よう」
”その者”の答えを聞いた機人族に何の反対意見もない。”その者”の言うことが絶対であり言っていることも最もなことなのだ。
「感謝する。私達女神も、全員この粛清に参加する。大陸全土を破壊しても構わない······目的を果たす」
その瞬間、かつてないほどの災厄をもたらす粛清が約束された。
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