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英雄奪還編 後編

七章 第五話 戦力把握

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場所はギルメスド王国。ラグナルクが去って以降魔物の暴走も止みしばしの安息の日々を得たこの国で、剣帝は帝王としての仕事に追われていた。

「······ん?」

「どうかされましたか?」

「いや、気のせいだ。報告を頼む」

「はい、メスト大森林での調査が終了致しました。特に問題は無く出現する魔物も以前のように落ち着きました。御命令通り林道での封鎖を一部解除する予定です」

「御苦労······すまねえが今ここに八雲の奴を全員集めてくれるか?」

「はい、了解しました」

ゼーラはベオウルフからの命令を疑問に思いつつも剣帝の玉座がある場所に八雲朱傘の者を全員呼び出した。

「いたた! 痛い! 痛いよ! ハルト君! 聞こえてる!?」

「黙れ、お前が魔力波を遮断していたせいで探す羽目になっただろ」

「構わねえよ、いるだけマシだ。全員、もう十分に動けるところまでは回復したかみてえだな。早速本題に入るがまずはゼーラ、昨日に言ってた件はどうなった」

「はい、他国からの支援要請ですね。大天使が現れてからはやはり各国とも早急な安全策を求めているようでして近々話し合いの場を設けたいという国もあります」

「俺はそんな国放っておくべきだと思います、正直敵の動きが分からねえですし」

「バルバダ君の言う通りだね! まあこの僕ッ! はどちらでもいいけど!」

ベオウルフの前にいた全員、ほとんど気持ちは同じだった。騎士にとって最も重要なことは自国の民を守り抜くこと。何を言われようと、何をされようともそれだけは何よりも優先するべき事項なのだ。
それ故話し合う必要はなく、この場で即座に答えの出る決断だった。

「······国民の安全を最優先に考えて、最悪の場合他国は見捨てることもやむを得ない······と言いてえところだが」

「······?」

「昨日の夜魔力波でジンに言われたんだよな、俺の国は今忙しいだろうから支援要請を受けてる国の対応は全部こっちに回してくれだってよ。そんなこと言われたら是が非でも譲るわけにはいかねえだろ。どれだけ俺が甘いか思い知らされたぜ。それにあいつらには借りがある。更に頼ってるようじゃただの恥晒しだ」

しかし全員の考えとは異なりベオウルフの述べた内容は全くもって逆の内容だった。

「もちろん、ここに住む民を蔑ろにするわけじゃねえ。ただの共闘だ、他帝王とも連携して女神の野郎どもを迎え撃つ。アイツらがいなければ今頃俺らはどうなっていた?」

「······確かに、ジン様達が居なければ、今頃俺はいませんね」

「ハハハ! 確かにそうだね!! ハルト君ボロッボロだったもんね!!」

「少しは包め」

「フフッ、流石レイの認めた方ですね。それでは····」

「ああ、大国だろうと小国だろうと平等に助けを求められた全ての国を支援対象に入れる。ネフティスによれば女神の粛清が始まるまではおよそ一ヶ月程度、おそらく粛清の開始と同時にラグナルク達天生体も動き出す。それまでに全ての準備を完了させろ。八雲朱傘を中心に各国への支援、加えて避難経路の確保、その他諸々は順を追って伝える。ボーンネルに一国も取られんじゃねえぞ」

「「了解ッ——!!」」

しかし動き出そうとしたその時、騎士が一人駆け込んできた。
八人に同時に見つめられた騎士は少したじろぎながらも息を整え口を開く。

「し、司聖教の方々の······」

「ん? アイツらこの状況で現れやがったのか」

「いッ、いえ。つい先程、教会前にて司聖教の方々の遺体が発見されました」

「遺体? 何人だ」

「全員です。死体の損傷が酷く、焼け焦げたような跡も確認されました」

「分かった、すぐに行く」

(仲間内で殺されたか? だが殺すなら何故今)

そう疑問に思いつつも発見された場所へと向かうと騎士が集まり辺りは騒がしくなっていた。
ベオウルフ達が来たことに気づくと全員道を開ける。

「これは······」

視線の先には律儀にも一列に並べられた司聖教が横たわっていた。
近くで確認すると全員皮膚の部分が黒く焦げ、手足を欠損しているものの姿もあった。

「裏切り者にはお似合いの最後だな、俺たちにこれだけ損害を与えたんだ」

「······どうかされましたか?」

「おそらくだが、こいつらは全員天生に失敗したんだろうな。見たことのある身体の状態だ。四肢の欠損に焼け焦げた皮膚、それに何よりも天使族の魔力を僅かに感じる」

「天生が失敗した場合はどうなるんですか」

「失敗した瞬間に天使は身体を抜け、器となっていた肉体は滅びるだけだ。おそらくだが全員天使との相性が悪かったんだろうな」

「どうされますか·······」

「仕方ねえな。最後の情けだ、教会の下に埋めておけ。それだけだ、それ以上は何もしなくていい」

冷たく言い放ったベオウルフの瞳はどこまでも暗かった。
もし生きた状態で再び現れていたならば間違いなくその手で始末していた。結末は同じなのだ。だが少し、ほんの少しだけ、心の中には悔しさがあった。もし自分が違う行動をとっていれば裏切られるということはなかったのかもしれない。だが男は後悔を抱えて生きるのではなく自身に対する戒めとして刻み込むことで今まで歩んできたのだ。
そして今回もまた、剣帝は確実な一歩を歩み出した。



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ニルギスさんとの話し合いを終えたその翌日、クリュスにある結果を教えてもらっていた。その結果とはクリュス専用の魔法である「ラテス」による数値だ。クリュスに初めて会った日に測定してもらったラテスによる数値はあくまでも戦闘能力を表す一つの指標に過ぎないというらしいが、現在のみんなの強さをある程度把握したいということで頼んでおいたのだ。

「お待たせしましたジン様、皆さんの測定結果が終了しましたが、どなたから見ていきますか?」

「そうだな~今は各部隊だけお願いしてもいい?」

「かしこまりました。それでは黒金の槌トールブラック所属の皆様から、こちらになります。見やすくするために集団の場合は平均値を表しているため多少個人差はありますがのでご理解下さい」

クリュスが手をサッと前にやると目の前に文字が浮かび上がった。

黒金の槌

幹部  ボル    ——測定不能—— 
構成員 エルダン   540万
    傭兵集団   120万
    剛人族      11万

「ボルさんは測定不能でして一億オーバーを表します」

「おお」
     
クリュスのラテスだとDランクの魔物が五千、Cランクは一万から五万、Bランクは十万から五十万、Aランクは100万から300万、Sランクは1000万から2000万程度だからBランク以上の魔物でも十分対応できるということだ。それにしても流石ボル、少なくとも単体でSランクの魔物五体以上の数値を持っている。剛人族と傭兵のみんなも初めて会った時に比べてかなり強くなっているので納得の結果だ。

「おそらく、この一部隊だけで数国は滅ぼせるかと」

「やっ、やらないよ!?」

「フフ、そう仰ると思いましたわ。では続きましてクシャルドさん率いる骸の軍団スカルドアーミー所属の皆さんになります」

骸の軍団

幹部  クシャルド     1320万
構成員 ハバリ         130万
    ギルス       120万
              骸族         6万7000

「おそらくですが、クシャルドさんは数値に加えて経験も豊富ですので実質的な強さはSランクを超える程と思われます」

この部隊はCランク以上の魔物に対応できるようだ。それに何より骸族の強い所はその不死性なのだ。耐久力は凄まじく四肢の欠損も実質的なダメージとはならない。かと言って戦いの時に無理を言うつもりは全くない、きっと傷付けば痛みを感じるはずた。それにしてもクシャルドの戦闘力はこの舞台の中でも群を抜いている。実際に戦っていた様子はクレースから聞いたけど、まだまだその実力は未知数という所だ。

「ジン、ルランが作ったホッとアップルジュースだぞ、いるか?」

「うん! ありがとう」

その時クレースとトキワ、それにゼグトスが入ってきた。

「何の数値だそれ?」

「ラテスだよ」

「あー道理でこの前測ったわけか俺も見させてもらうぜ」

「では続きましてトキワさん率いる炎の槍カサルランス所属の皆さんになります」

炎の槍

幹部  トキワ     ——測定不能—— 
構成員  ゼステナ    9700万
     リンギル         320万
             ガルミューラ     460万
     ヒュード族        80万

「おお、流石俺。確か一億オーバーだったな」

「みんな高いね、リンギルは元々強かったけどトキワが特訓してるからもっと強くなってる」

「ガルミューラこんな数値高かったのか、あいつもお前のところで特訓中か?」

「いいや、ただ戦闘センスが並外れてるってのは俺も思ってたぜ」

「ゼステナはまだまだ足りませんね、私が教育すべきでしょうか」

「あの子は戦闘時に数値が跳ね上がるのよ、きっとそんなこと言えば怒るわよ。次はギルバルトさん率いるガルドのカラクリになります」


ガルドのカラクリ

幹部 ギルバルト 740万
          機械兵    80万

「機械兵は一律でこの数値になります」

「機械兵だけでも集団ならAランクの対応も可能そうだね」

「ジン様、ギルバルトさんから一つ伝言がございます······『開戦までに数値を百五十万まで上げておきます』とのことです。私も協力させて頂きます」

「えっ······無理、しないでね」

先日からギルバルトの様子が凄まじいのだ。機械兵は言われた分必ず作ると言われたが『できるだけ』と言ってしまった。どうやら機械兵は基盤となる実機があれば、簡単に後からでも能力を上書きできるらしいのだ。なので今は実機の大量生産を急いでもらっているという感じだ。

「では続きまして癒す者ヒーリングズ所属の皆さんです」

癒す者

幹部   リエル  120万
     ルース       114万

構成員  エルフ族   52万

「特にリエルさんとルースさんの治癒魔法はかなり練度の高いものでした。数値を見たところ戦場に赴きその場で治癒魔法をかけることも十分可能なことかと」

「二人とも戦闘能力がかなりあるんだな。道理でリンギルも低姿勢なわけだ」

まだ先頭におけるこの治癒部隊の動きは決めていない。負傷者を安全な場所まで運び治癒するのか、もしくはその場で治癒するのか。だがやはり治癒魔法をかける際には安全な場所の方がいいのだ、そうでないと治癒部隊まで負傷してしまうことになってしまう。

「それでは最後に龍星群リュウセイグン所属の者になります」

龍星群

幹部   エルバトロス 8600万   (龍化状態—測定不能—)

構成員   ラルカ     7880万 (龍化状態—測定不能—)
      クリュス    9890万
        龍人族         1600万  (龍化状態 4800万)

「この部隊は戦力過多なので各部隊への魔力の供給も行いたいと思っております」

「凄い、これならSランクでも問題ないね」

「ラルカのやつこんな強かったのか」

「近々一億オーバーの場合でも測定できるようにしておきますのでもうしばらくお待ちください」

「ありがとう。そういえばクレースは測ったの?」

「ああ、測ったぞ」

「クレースさんは触れた瞬間ラテスが砕け散ったので数値を測定できませんでした······初めての事例ですので私にもよく分かりません」

「あはは、流石だね」

「この数値をゼステナに渡して具体的な戦略を練っていきたいと思います」

「うん、お疲れ様」

しかしこの時、まだ他国は知る由もなかったのだ。辺境にあるこの国に世界中を同時に相手取るほどの戦力が存在するということを。
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