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英雄奪還編 後編

七章 第三話 二人の祖龍

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会議が終わってから皆がそれぞれの役割を果たし始める中、集会所の自室に座りゼステナとゼグトスの三人で話をしていた。パールはガルに預けて部屋には三人だけだ。内容としては龍帝といつ接触し協力を得られるようにするか。その前に龍帝という人がいることは知っているけれど実は名前も知らない。二人とクリュスはかなり昔からの知り合いということだけ先程聞いて分かっただけなのだ。

「龍帝の名はニルギス。私達と同じく祖龍の一体です。奴は大陸の北東を住処としており普段は人型で暮らしております」

「そうそう、それとアイツは性格的に舐められやすいんだよね。龍帝のくせに思考が人間寄りなんだよ。だからきっと誰かの頼み事とかは断れない奴なんだ。ましてやぼくから言えば絶対に承諾するよ」

何故かは分からないがゼステナはわざとらしくゼグトスの顔を見た。ゼグトスはすかさず睨み返すがゼステナは依然余裕な表情を浮かべたままだ。

「何かあったの?」

そう聞くとゼグトスは不意を突かれたように分かりやすく固まった。

「ゼグトスとニルギスはよく喧嘩してたからね。ニルギスが感情を爆発させる時なんてゼグトスと喧嘩する時かブチギレる時くらいだからさ。だから本当さっきは驚いたよ、ゼグトスからあいつに会いに行こうなんて言い出すからさあ」

「少し口を閉じていてはどうですか」

「あっれ~? どうしたのかな? もしかしてジンにいいところ見せたいからって勢いで言っちゃったのかなあ?」

そしてゼステナはまたニヤニヤと笑みを浮かべながらからかうようにゼグトスを見た。今回はゼステナの勝ちのようだ。

「でも安心してジン、あいつは子どもに気持ち悪いぐらい優しいから。きっと大丈夫だよ。ぼくが直接予定をこじ開けておくように言っておくね」

「分かった。それじゃあよろしく」

子どもという単語に少し引っ掛かったが確かに何年もの時を生きるゼステナからすればそうなるのかもしれない。でも龍帝の件はひとまず何とかなるはずだ。

「そういえば祖龍だけで女神を追い払ったって言ってたけど、その時はどんな感じだったの?」

「まあ······そうだね。あの時は悪魔との戦争で地上が巻き込まれる形だったから仕方なく手を貸してあげたんだけど、討伐したわけじゃなくて追い払ったっていう感じだね。いやあ、あの時のぼくの活躍ジンにも見て欲しかったなあ」

「あの時は悪魔との戦いに戦力を割いていましたから、女神はいましたが比較的数は少なかったと思われます」

「正直、ぼくが強いと思った奴は前戦った時のトキワぐらいの強さだね。トキワって本気出せばもっと強い?」

「うん、少なくとも前みたいに私が簡単に止められはしないかな。その強いと思ったのは女神のこと?」

「そう、それと女神は全員で八人いるからね。帝王が八人いるのもそれが理由だよ」

「······ここまで話が進んでから言うのも何だけどさ、どうにかして止められないかな。ネフティスさんやメイルさんは怪我しちゃったけどまだ誰も死んでない。武力で解決する以外にどうにかできるならしたい」

「うーん、ジンの望みはできるだけ叶えたいけど、目的のパールを具体的にどうしたいかによるなあ。パールの持っている力が欲しいのか、何かの生贄に使うのか、具体的な目的がはっきりとしないうちはどうしようもないかな。こっちの話を都合よく聞き入れてくれるとも思わないし」

「やっぱりそうだよね」

私は、みんなのおかげで王様になれた。まだあまり時間は経ってないけれど、ここまでやってこれたのもみんなのおかげだ。だからこそたった一つだけ私ができること。全員安全に楽しく暮らしてもらうことだ。この戦争で一人でも死んでしまえば終わりなのだ。

「ジン~?」

その時開いたままの扉からクレースが入ってきた。

「それにクレースがいるから、戦力には問題ないだろうね」

「龍帝の件はどうなったんだ?」

そう言いながら座っていた椅子から持ち上げられてクレースの膝の上に座り直した。

「ゼステナから伝えてくれるんだ。具体的にはどうしよっかな、できるだけはやく頼めたりする?」

「そうだな、いっそのこと何も言わずに言ってもいいと思うよ。ニルギスの所へは一瞬で転移できるし、あいつ魔力波知らないからさ。多分大丈夫だよ。明日行こう」

「明日? 急に大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、あいつ女には絶対に怒らないから」

でも今日も同じことをしてたからまあいっか。

「ああそれともう一つ、この国に張る結界なんだけど大天使までなると簡単に入られてたからどうにかしたいんだ。私も結界を張るのは苦手で」

「確かにクリュス姉の結界は範囲が限定されるし上空からの攻撃に備えるとなると必要か」

「······」

「どうしたのクレース?」

「前にいたんだ、この国の北西に一人で結界のことばかり考えていたやつがな。結界······マニア?のような意味の分からんやつだったが····というか正直全体的によく分からんやつだったが一度行ってみるのもありかもしれないな」

「分かった、それじゃあニルギスさんの所にいった後そのマニアさん?の所に行こっか。それにしても外すごい賑やかだね」

「ジンの命令だからな、全員張り切るのも無理はないだろ」

その時窓を強く叩く音とともになんとシリスが顔を覗かせ、顔を見るなり窓をこじ開けて入ってきた。

「ジン——!! 来たぞッ、面白そうなことやってるな!」

何故いるんだとツッコミを入れたかったが一瞬のうちに抱きつかれていた。

「おいシリス、ぼくの女だぞ」

「知らぬわ」

「ほら、落ち着いて座って」

「うん」

「ベージュさんに言った?」

「······ううん。でもいいのだ、私は帝王だからな!」

「じゃあ後で一緒に謝ろうね。ところでシリスは他国から支援要請受けなかったの?」

「ベージュに丸投げしたから大丈夫だ!」

清々しいほどに自信満々な様子だ。まあ仕方ないよね、私も同じようなことしてるし。
ともあれその日から全員で来るべき時のための準備を始めるのだった。



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龍帝の治める国はニルファームと呼ばれ大陸の北東に位置する大国である。当然のことながら立場上龍帝に会うことがことができる者はほとんどいない。祖龍でありながら帝王でもあるという世界で唯一の存在である。それ故ニルギスはその姿を実際に見たことのない多くの者に酷く恐れられているのだ。しかし、本当のニルギスは違った。

「いやあそのだからね、ゼステナちゃんとクリュスちゃんの魔力があの場所から消えたからさ。今どうしてるか気になるじゃん? ラウムちゃんもあいつらと仲良かったじゃん? 俺も久しぶりに会いたいなあってさ。分かるでしょ?」

純白に血のような真っ赤な髪が少し混ざった髪をしたニルギスの見た目は数百万年もの間生きてきたにしては若かった。年相応の威厳はあるもののその見た目だけを見れば寿命という概念を持つ人と何ら変わりはない。

「きッ—しょく悪いな、冗談は存在だけにしろ」

光沢のある銀髪で端正な顔立ちをした女は寝そべるニルギスの前で蔑み見下すような視線を飛ばしていた。名をラウムという。ニルギスを前にしても一切萎縮せずそれどころかニルギスを威圧していた。魔力量はニルギスと同程度、ラウムは正真正銘ニルギス達と同じく祖龍の一人なのだ。

「え—っ!? 俺に死ねってこと?」

「それな」

「それな!?」

「はぁ····そんなことよりも女神の野郎共がまた攻めてくるぞ。今回私は手出ししないが、お前は何か手を打てよ。帝王だろ」

「でもなーどうせ前みたいにさらっと終わるよ。うん! ダイハードあたりに丸投げしよう!」

「ちなみにメイロードは向こうについたらしいぞ」

「えっ—嘘、そんなこと初めてじゃん。メイちゃんが向こうに······まあ操られたんだろうなあ、メイちゃん優しいし」

「······どうした? 顔気持ち悪いぞ」

「ゼステナちゃんとかのこと喋ってるとあのーなんだっけあの黒紫の嫌な奴、思い出しちまった」

「ゼグトスならどこかの草原で暮らしているらしいぞ、かなり前の話だがな」

「あーあー聞きたくない······ん? 今誰かが俺のことを話してた気が、もしかして誰か俺に会いたがってる?」

「寝言は死んで言え」

しかしこのニルギスの勘はすぐさま現実になるのであった。
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