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真実の記憶編

六章 第十一話 家族

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道具の世界ーユーズファルド。この世界では第四、六部隊による侵攻が行われていた。

「グラトニー、何故此処にいるんだい? 君はアルムガルドに向かうべきでしょ」

「····確実性を高めるためだ。それに目的は意思の確保、ニュートラルドはボスメルに任せて我らはグレイナル様の命令に従うだけでいい」

第四部隊の幹部は「テレシア」は魔族である、それに対して第六部隊の幹部「グラトニー」は唯一の人族だったものである。だがグラトニーの実力は幹部の中でも群を抜く。その実力は自我が強く、圧倒的な力を持つ他の幹部が唯一アルミラの強さに届き得ると認めた程なのだ。グレイナルの下につく前は大国で英雄とまで呼ばれたグラトニーはグレイナルの強さに脱帽し、その後迷うことなく自身の英雄としての名誉、人族としての誇り、その全てを捨て去り人成らざるものへと自身を変えたのだ。そして幹部の中で唯一『ドラグマ』という名の意思を宿す巨大な大剣を持ち、片方でその大剣を振り回すほどの並外れた筋力を持つ者である。

「目ぼしいものはいるが、選ぶのはお前に任せる」

今回、グレイナルにより意思の確保を命じられたのは武器を持たないグラトニー以外の幹部達の為である。魔族の魔力を纏った鋼鉄の爪や牙であろうとも、意思の宿った優れた武器には敵わないのだ。

「そういえばユーズファルドの奴が出てこれば侵攻を中止するのかい? 流石の君でも道具の王には勝てないよ、あれは別格だ」

「安心しろ、ヤツは今不在だ。それにアルムガルドはこの世界を維持するのにほとんど労力を払っている。それとこれをお前に」

そう言ってグラトニーは大剣の他に背中に持っていた物を取り出した。身長は二メートルを裕に超え、巨大な手に似合わず取り出されたのは細身の剣だった。その剣先は普通の剣とは違い不自然に歪曲しており、黒く光沢のある色をしていた。グラトニーからその剣を受け取ったテレシアは片腕で握りしめるとニヤリと笑う。

「へぇ、ピッタリだ。わざわざ用意してくれたの?」

「グレイナル様の命令だ。お前の魔力に呼応して大きさを変える。力を解放しても使用可能ということだ」

「どうも、使わせてもらうよ」

二人の部隊の数は合わせて十万を超える。それに加えその部隊は質も高い。属する魔物は最低でもBランク、上位の魔族も数千という単位で属していた。それでも完全にユーズファルドを掌握できなかったのは此処に住む道具の意思のレベルが高いことにある。ニュートラルドとは違いその大規模な軍団でも攻めあぐねていたのだ。

「それにしてもどうする? 予想よりも厳しそうだよ」

「一度俺が攻撃する、今から敵の真ん中をぶち破る」

「了解、一度軍の体勢を立て直すよ」

一度軍の前線を後退させ、代わりにその場所でグラトニーが立った。グラトニーは立っているだけでもその闘気と覇気が周囲全体を満たす。それに加えて『ドラグマ』を手に持ったグラトニーの雰囲気は引き気味になっていた軍の士気を一気に高めた。巨大な黒い鎧を身に纏うその巨体はドラグマを握った時から明らかに大きさを増していた。溢れんばかりの肉体が内側からその鎧を押し出していたのだ。

それは前方にいた意思達にも伝わり、グラトニーの圧に呑み込まれるようにして身体が止まっていた。

グラトニーの真紅に染まった魔力は巨大なドラグマの隅々まで行き渡り、両手に持ち替え大きく後ろで振りかぶった。

破炎・撃震咆はえん・げきしんほうッ——!!!」

抑え切れないほど凝縮された真っ赤な魔力はその一振りと共に解放の時を迎える。
前方目がけて振われたその大技は発動と共に地面を抉り取り、激しい高熱で待機中の水蒸気を蒸発させた。

グラトニーの持ちうる全魔力のおよそ六分の一を使用した大技。その威力を本人ですら信じて疑わない——

「ー雷震流、黒雷の轍こくらいのわだち

ーだからこそ、目の前の光景に息が詰まった。戦場で微かに、しかし耳に残るようにしてその声は聞こえてきた。本当に久しぶりに自分の技が止められる瞬間を目の当たりにし、グラトニーは夢から現実に引き戻されるような感覚に見舞われた。

自身の攻撃を止めたのは剣だが、正確には剣そのものではなかった。その刹那でグラトニーは見たのだ。確かに自身の一撃は剣ではなくその刀身に纏った黒い雷だけに押し返されていた。

ーすると、同時にある思考がグラトニーの脳裏に走り身体中が久しぶりの恐怖に硬直した。
もし、その刀身が直接当たっていたのならどうなっていたのだと。驚いていたのは隣にいたテレシアも同様である。初めてグラトニーの技がこうも簡単に弾かれるのを見たのだ。

そんな考えが頭の中を巡りながら、前方に現れた存在をジッと見つめた。

「お前達が頭か」

「····そうだ」

たった今、自分の攻撃が止められたばかりであったがグラトニーは平然とした態度を崩すことはない。静かに息を吸い目の前のクレースを観察した。

(コイツだ)

そして確信する。グレイナルに聞いた要注意人物、話は聞いていたものの実際に目の当たりにするとその考えは変わった。グレイナルよりも強い可能性がある存在。考えたくはなかったが、自然とその考えが頭に浮かんだ。

「テレシア、今此処でコイツを始末する。いや始末しなければならない」

「····ええ、分かっているわ」

横目で見たテレシアは表情だけ上手く隠しているようだったが、魔力の乱れから焦っているのは目に見えていた。

「俺の持つ全てでコイツを捩じ伏せる」

「来い、肉片」

二人は感覚を研ぎ澄まし、目の前のたった一人にその警戒心全てを捧げる。そうして、戦ってしまった。



*************************************



一方、ボーンネル。クレースの家から少し離れたその場所で立っていたのはグレイナルとアルミラの二人のみ。
対して先程まで目の前に立っていたデュランは吐血し、今にも途切れそうな意識の中、なんとか呼吸を整え立っていた。少し遠くでその様子を見つめていたジン達は立ち上がり、デュランの方へと走り出す。

「お父さんッ!!」

「ジン····駄目ッ——」

ルシアは後ろから必死にジンの身体全身を力強く抱き締めた。

「でも、このままじゃお父さんが!」

デュランは地面に剣を突き刺しなんとか立っていた。身体中に切り傷がつき片目は潰れ、横腹は血で染まっていたが明らかに人の体としてあるべき面積が小さくなっていた。その目は薄れ、だが真っ直ぐ前方にいるグレイナルとアルミラに闘志を飛ばしている。

「誇れ人間、それほどの深傷を負ってなお倒れないのは十分賞賛に値する。眠れ、これ以上お前と戦う気は無い」

「······これ以上先には、絶対に····進ませない」

この絶望的な状況においても、デュランの目は死んでいなかった。だがその闘志とは裏腹に身体は人としての限界を迎え、既に肉体はぼろぼろになっていた。

「お前にとって、その弱き者たちが何だと言うのだ。弱き者はすぐに壊れる。強くあり続ける為には弱き者を捨てろ。弱者はいつも、忌むべき存在だ」

「····何言ってんだよ。俺は何も、自分よりも、弱えヤツ全員を守ろうなんて··········言ってねえ。へっ、俺はそんな優しくねえよ。ただ娘も妻もコッツも、ガルも此処にいる全員が家族だからだよ。家族を、守らない理由が····何処にある」

デュランの言葉にグレイナルはつまらなそうな顔をした。

「それが、お前の死ぬ理由か······そんなつまらん情は捨て去れ」

グレイナルは天に向かい手を掲げた。デュランの真上には巨大な結晶が生まれその結晶は真っ赤に染まる。
そしてグレイナルの様子をアルミラは無表情で、だがどこか悲しげな様子で静かに見つめた。
上空の結晶は解放の時を待つかのようにその紅色は深くなっていく。

そしてグレイナルは虚ろな目で腕を振り下ろした。
結晶から地面に伸びた光はデュランの周りを囲い込むように円を描きだす。

超克の心理スペラ・ネイド

「お父さんっ······嫌ぁアア!!」

円の中に光が降り注ぎ、光を浴びたデュランの身体は一瞬硬直した後その瞳からスッと光が消えた。

 『超克の気』は限られた範囲にいる対象の精神に干渉する極級魔法である。この魔法を受けた者は初めに表面上にある感情の一切が消し去られ、結果として無意識の内に本能に近い考えに基づき行動をするようになる。どのような状況であろうとも、眠たければその場で眠り、空腹であればすぐにその欲求を満たす。つまりは複雑な考えを捨て、単純に何も考えず心の奥でしたいことをする廃人と化すのだ。

「お前はもう用済みだ。眠れ、己が本能のままに」

先程まで剣を突き刺し辛うじて立っていたデュランは、脱力するようにして膝から崩れ落ちた。

「デュランさん!!」

駆け寄り身体を支えたコッツにもデュランは目を向けない。焦点が合わないように、ただぼぉッと地面を見つめていた。

「しっかりして下さい! デュラン······さん」

しかしコッツはデュランの身体を持った瞬間、感じ取った。もう限界などとうに越えている肉体はコッツの腕の中で微かに震え、その役目を終えようとしていた。

「······次は、お前達だな」

「ッ———」

グレイナルの瞳に全員の息が詰まった。

そしてあまりにも自然な動作で前に掲げられた手からは真っ黒に染まった魔力弾がジンとルシア目がけて繰り出される。完全なるノーモーションでの攻撃、咄嗟にルシアは前に飛び込んだ——


「あなたッ——!!」


だがその刹那、コッツの腕からデュランの姿が消える。

「······グハぁッ」

デュランの剣は砕け散り、胸の近くに穴が開く。
突然デュランが視界に入り、グレイナルの瞳孔は大きく開いた。

(確かに光は浴びたはず。もうあの者に高速で移動する筋力など······)

「駄目なんだ······俺の命よりも····この二人は絶対にッ—」

確かにデュランは「超克の心理スペラ・ネイド」をその身に浴びた。自身の持ちうる表面上にある感情は消え去り淘汰された僅かな感情のみがデュランの中を満たす。ただ湧き上がる感情に従い行動していたのだ。

「本当に······お前は強い。誇れ、私はお前をこの生涯忘れることは無いだろう······だが、何故そこまでして家族とやらを守る。お前」

「····もう、お前が誰なのかさえ····俺には分からない。でもこいつらは、覚えている。俺の命より····大事な」

吐血し詰まりながらもデュランは言葉を紡いだ。そしてゆっくりと振り返り、ジンの顔を見た。

「ジン······今はお父さんが守るからな······お母さんと、後ろに下がっておけるか?」

「······イヤ····だよ」

その光景を見て、何故かグレイナルの心には無意識に苛立ちが積もってきた。

「人間、その最後の力でお前の大事なものを壊せ」

「ッ———」

デュランの身体は突然ピタリと止まる。

「おとう·······さん?」

「もう、お前の知る父はいない。”家族”とやらで殺し合え」

デュランは何かに悶え、その何かを抑えるようにして腕を掴んだ。

「あぁああッ——」

「さあ、殺し合え」

明らかに身体が支配されそうなことがその震えから容易に想像できた。

「逃······げろ」

奪われそうな意識の中、必死に抵抗する。

「っ———」

だが、ルシアは身悶えるデュランを優しく抱きしめた。ルシアもデュランの身体の状態など分かっていた。長年一緒にいた分、その苦痛は痛いほど伝わってきた。しかしその全てを受け止め、ルシアは血だらけの夫を抱きしめてそっと囁いた。

「後は任せて。生まれ変わっても、またあなたの恋人になりたい」

その目には涙が溢れ、今にもこぼれ落ちそうになっていた。

「············」

デュランの震えはその言葉で凪のように静まった。
そして立ち上がったデュランを見て、グレイナルは驚愕する。

「貴様、何をッ——」

「俺もだ」

次の瞬間、真っ赤な血が地面に飛び散りデュランは倒れ込んだ。ルシアはジンの視界を遮るようにギュッと正面から抱き寄せた。

「デュランさん!!!」

その場にはただコッツの叫び声が響き渡った。
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