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真実の記憶編
六章 第五話 人 対 魔族
しおりを挟むアザール国で行われていた戦闘は国の南東から北東にかけて繰り広げられていた。トキワとボルの二人は事前に考えていた作戦通り南東から北に向かって順々に敵を蹂躙しつつ、アザール国の兵士たちの安全を確保していた。そして兵士は薄れゆく意識の中、誰かも分からない者に助けられ知らない内に戦況が好転していたのである。
「依頼人は誰ダッケ?」
「国からの依頼だが、ファラドニールってやつが依頼主だ。まあ話は後な、今日の夜までには帰るぞ」
「ワカッタ」
二人は素早く移動しながら息も切らさずに話していた。敵の陣形は予想していた通り最前線に魔物が配置され、後方から魔物への強化魔法と援護射撃による掃討という形がとられていた。さらに魔物はアブアラーネアやサラマンダーなどAランクの魔物でも面倒なものたちが群を為して侵攻していた。二人の作戦は至って単純であり、前線の魔物を瞬殺した後、後ろに控えている魔族まで一気に距離を詰めて叩くという作戦だ。
徐々に北上していくと二人の視界に戦闘中のアザール国の部隊が見えてきた。そこでは二人が通ってきた戦場とは違いアザール国の兵が優勢の様子だった。最前線では一人の女性が戦いその一人だけで戦況を有利に進めているようだったのだ。
「あの人だけで何とかなりソウ?」
「少しだけ話をする」
前線にいたその女性は”二強”の一人、ルカディアだった。ルカディアは近づいてくる二人の存在に気づいて振り返り一度攻撃の手を緩め少し距離をとった。そこまで単身で魔族数体と渡り合っていたのだ。
「あなた達は?」
「依頼でここまで来た。ファラドニールってやつはどこだ?」
「そ、そうでしたか。あいにくファラドニールは現在王都におります。ここは私に任せてお二人は北東に向かいつつ敵を迎撃してください」
「お前も一緒に来いよ、ルカディアだろ?」
「なぜ私の名前を?」
「情報収集が基本だからな。俺はトキワでこっちがボルだ」
「そうでしたか、来て頂きありがとうございます。ですがまだ敵がいますので私は後から追いかけます」
落ち着いた様子でルカディアは敵の方を指さした。
「これを一人でやっタノ?」
ルカディアのいた場所の周りには多くの魔物が力尽き横たわっていた。
「いいえ、私だけではなく多くの兵士のおかげです」
目の前にいた魔族は五体、すでに何体かはルカディアが撃破していた。
「少しかかりますが、後で追いかけます」
再び武器を構えたルカディアを制止し、ボルは前に立った。しかし魔族は首を傾げボルの格好を見て、困惑したような表情を見せた。
「そういやボル。お前武器は?」
ボルは寒さ対策のため厚着の格好をしていたが手には何も持たず素手の状態だった。
「わすレタ。気づかなカッタ?」
「ど、ドヤ顔で言われてもな」
「でしたら尚更私に任せてください。すぐに終わらせますので」
「ボク達は今日の夜には帰らなくちゃいけないンダ。ボク達を待ってくれている子がいるカラ」
「そ、それはいくらお二人といえども······」
だが、ルカディアから見てボルの後ろ姿はとても大きく、まるでこれから一人で国を相手取るようにも見えた。今まで見てきたもの達とは明らかに様子が違うかったのだ。
(人族······じゃない?)
ふとそう思った。ただそこには何の確信もない。
「······わかりました」
「なあ嬢ちゃん、北も敵はこのくらいか? 聞いてた話では二万はいたと思うんだが」
「おそらく北東の関所に集中しているのかと。あそこから通る道が王都への最短距離になりますから」
ルカディアは身体の所々が傷ついているようだったが、特に致命傷はなく回復魔法をかけ始めた。すぐに傷は閉じていき、鎧の損傷以外は消え去りすぐにほとんど全開の状態に戻った。
「さあ、私達もッ—」
ーグちゃ
ルカディアが武器を手に取ると後ろから嫌な音が聞こえてきた。そしてルカディアはその音を知っていた。それはまさしく、人が無惨にも力で押しつぶされる時の音だ。その嫌な音が耳に入ってきた途端、ルカディアの全身には鳥肌が立った。
(私が一人に任せたからッ—!)
「ボル······さん?」
しかし目の前の光景はルカディアの予想とは全くもって異なっていた。先程まで戦っていた魔族は五体とも血まみれで地面に倒れ伏し、真っ赤になった手を払いながらボルが近づいてきていたのだ。そしていつの間にかルカディアの顔は恐怖に染まっていた。そして思わず武器に手が触れ、後ずさっていた。
(殺される)
ルカディアは目の前のボルからなんとも言えないオーラを感じた。もう一度倒れ伏していた魔族達を見ると、ルカディアから見てもゾッとした。ルカディアの倒し方と比べると非常に残酷だったのだ。ずっとは見ていられないような原型を留めていない姿に寒気を感じてしまった。
「ボク味方ネ」
「し、失礼しました」
正直夢か現実か分からず、地面に足がついていないような感覚に見舞われたが大きく息を吸いようやく落ち着いた。
「あの、お二人はどこの冒険者ギルドに入ってらっしゃるのですか?」
「俺たちはどこにも入ってねえ。今回の依頼も報酬目当てだ」
「ですがきっとお二人ならどこのギルドでも大歓迎だと思いますよ」
「入ることは絶対にナイ。もうボクたちには忠誠を誓う人がいるカラ」
「そうでしたか、失礼しました。では、私たちも北東の関所に向かいましょう」
一方、ファラドニールとダイラドは王都からの最短ルートで北東の関所に辿り着いていた。ファラドニールは事前に自分の”地図”を見ていたことによりある程度の状況を把握し、多くの精鋭兵を送り込んでいた。だが、相手軍の侵攻は想像以上にはやかった。関所の大門から少し離れた場所に設置してある巨壁はかなりの損傷を受けており、いつ倒れてもおかしくないほどだったのだ。
「状況は」
「現在、前線の魔物による被害が大きく防衛に手一杯の状態です。どうやら強化魔法が付与された魔物のようで、並みの攻撃ではダメージを与えられません」
「強化種だけならどうにかなるはずだ」
「そうだな。前線にいる魔物の討伐を優先させてここへのダメージを抑える。負傷した兵士は下がらせ、動けるものは武器を取れ」
(おそらく、奥に別格の者がいる)
ファラドニールは北東の関所周りを拡大した地図を広げ、戦況を俯瞰した。地図には巨壁のすぐ近くに複数の魔物のシンボルが表示されていた。そして少し離れた場所には他とは比べ物にならないような強い光を放つ者がいたのだ。
「コイツは僕と君の二人で抑えて、ルカディアが来るまで時間を稼ごう。三人なら何とか出来るはずだ」
その時も、地図の中ではさらに味方の光が消えていた。ファラドニールは歯を食いしばり素早く戦場に出る。
「ハイエント」
ファラドニールは強化魔法を自身にかけ巨壁へとつながる土の階段を瞬時に作り出し、一気に巨壁の上まで駆け上がった。先程まで心の中で弱音を吐いていたファラドニールも実際戦場に立てばその表情は一変する。
ファラドニールの武器は背中に携えた巨大な大剣だ。意思は宿っていないもののその大剣はアザール国に伝わってきた名刀である。その一振りはAランクの魔物であっても容易く一刀両断する。
それに対してダイラドは武器を持たない。近接戦闘においては拳に魔力を纏わせ、遠距離では多種類の魔法を使用するのだ。
北東に配置していたアザール兵の数は全部で百五十万。南東から北東までの戦場において最も多くの兵を配置していたものの今となってはギリギリ動ける兵の数も七十万を下回っていた。一方で敵の数はほとんど減っておらず、前線にいる魔物が何体か倒れていただけだった。後方にいた魔族に至ってはほとんどダメージを受けていない様子だったのだ。
「行くぞ、ダイラド。他の者は私達二人への強化魔法の付与と遠隔からの援護射撃をしろ。ここの巨壁に流れ込む敵は最小限に抑える」
「「ハハッ!!」」
「フゥ······」
ファラドニールは大きく息をついて背中の大剣に手をかけた。
「「はぁあアアアア!!」」
雄叫びとともに二人は巨壁の上から飛び降りる。上空からの勢いのまま大剣で魔物ごと地面を叩き割り、一瞬にして地割れが広がった。
地面が揺れたことで魔物は体勢を崩し、奥にいた魔族も突然の出来事に呆気に取られていたが、魔物はすぐに体勢を立て直し一気に前方の二人に注意を向ける。
魔物の雄叫びが響き渡るとともにサラマンダーによる超高音の炎が二人を呑み込んだが、炎の中を突っ切り二人は次々と魔物を狩り始めた。魔物の数は未だに辺りを埋め尽くすほど存在しており、最低でもBランクの魔物の強化種だった。二人の陣形は至って単純だが、その動きと連携はいずれも洗練されたものだった。そして今の二人に死角はほとんどない、多数の魔物に囲まれながら圧倒的に不利と見える状況の中、二人は一切のダメージを受けることなく淡々と魔物を狩っていた。たった二人で不利だった状況を持ち直していたのだ。
だが二人は、この状況を有利だとは感じていなかった。
「様子がおかしい。後ろが一切動かない」
「そうだね。魔族は魔物を強化させているだけだ。取り敢えずは、コイツらを全てッ—」
「ダイラド! 後ろだ!」
言葉を遮り後ろに注意を促した。その言葉で後方からの敵の気配を感じ取る。
咄嗟に身体を捻ると地面から一本の大槍が飛び出してきた。槍は急速に回転し一瞬にしてルカディアの目の前まで迫っていた。
「魔拳」
無理に体勢を捻ったと思われたが、ダイラドはその捻りを利用し魔力を纏わせた拳で咄嗟に槍を受け流した。
大槍はダイラドの頬を掠め、後方へと通り過ぎた。
「動き出したか」
作り出した地図に目をやると、ファラドニールが警戒していた奥にいる別格の存在が動き出していた。
「無事か、ダイラド」
「ああ、問題ない。威力は受け流した」
とは言うもののダイラドの頬には少し血が流れ、誤魔化すようにニヤリと笑みを浮かべていた。
「ヒャヒャヒャヒャ!!!」
すると魔物が道を開け、甲高い笑い声とともに魔族が一人近づいてきた。
「あぁあぁ、やっとマシな奴が出てきたなぁ!」
「「ッ——」」
ボスメルは二人を見て、さらにその不気味な笑みを深くした。ファラドニールとダイラドの二人はその姿を実際に目の当たりにし、無意識のうちに最大限の警戒体勢を取っていた。二人の顔は険しく、拳を握る力が自然と強くなる。
ー勝てない。
攻撃を実際に目の当たりにしダイラドの心の中からはハッキリとその言葉が出ていた。喉に引っ掛かり、正直その言葉が出そうになっていた。だが口に出すことはない、今そんなことを言ってしまえば完全に負けを認めてしまうことになるからだ。
「ダイラド、いざとなればお前一人で逃げろ。お前とルカディアなら大丈夫だと私は信じている」
「······分かった」
ファラドニールの顔を見て、ダイラドもこんな所で綺麗事を言えるはずがなかった。その言葉を否定し、「自分も残る」と言うことはファラドニールの覚悟を否定することになるのだ。
二人が息を整えるまでボスメルは律儀に待っていた。そして二人は覚悟を決め、ファラドニールは大剣を構え、ダイラドは今自分ができる限界まで高めた魔力を拳に纏わせた。
この状況において、もう二人に「負ける」という選択肢はない。
じっくりとボスメルの動作を見つめ、両者は同時に動き出した。
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